32.次代の王に好かれぬ者たち
カシアには瞬間的に思い浮かんだ人がいた。
それを口にするかどうかを迷ううち、先に上官がフライア・エリスロースの問いに聞き返していた。
「拷問は済んでいるのですか?」
微笑を崩さずにさらりと聞いたイースに、フライアは少しの驚きも見せなかった。
一方でカシアも上官の言葉に驚いてはいなかったが、急に疲れがどっと出てきたように感じて、自身の額を押さえてしまう。
後でポーションをもう一本飲んでおこうと、カシアは決めた。
「拷問までは必要ないと考えた。軽く脅しはしたがな。あれは本気で知らないという態度だったぞ」
「どうして拷問せずにそうだと分かるのです?」
「直感だな」
「あなたの直感ですか。ならば私も信じましょう」
フライアとイースは不仲に見えてきたが、長い付き合いもあろうし、実は信頼関係を築けているのだろうか。
気になったカシアは、額から手を離して、二人をこっそり観察するつもりにあったのに、すでに二人はカシアを見ていて、それぞれと目が合ってしまった。
「うちでは目立った行動があったとは聞いていないが。これまでに怪しい動きはあったか、フォッシル魔術師副団長?」
カシアたちも、情報を隠蔽して報告を上げることに際して、口を閉じよと命令だけして事実を知る彼らを放置してきたわけではない。
第五区隊内で不祥事があったということで、まずフライアは第五区隊所属の全騎士をしばらく監視するよう部下に命じた。
一方でカシアもまた個別で動いていた。
調査が終了し自由になったディラン・ハワードら騎士たちの監視を一人で出来る範囲ながら行っていたのである。
発言は禍の元になる。
という格言が、遠く東方の国にあると教わったのは、カシアがまだ幼いときのこと。
カシアは最近その格言通りの体験をした。
彩り溢れたあの場所で、嫌だと言ったことを、まさかすぐに実行することになるなんて……。
おかげでカシアは、貧民街の視察も含め、ここしばらくは本当に忙しく過ごしてきた。
だからそう、今はとても幸せそうに食事を取る上官を、一人の部下に全て押し付け長く引き籠もり続けたうえに、朝から余計な仕事を増やしやがったこの上官を、カシアが心から恨めしいと感じても仕方がなかったと思われる。
カシアは腹立たしさを込めて上官をひと睨みしたあとに、フライアにはこう言った。
「私も未熟な身でして、常時監視していたわけではありませんが。街で誰かと接触している様子も、魔法が行使された気配も、どの者にも見られませんでしたね」
同隊員の不祥事もあり、極秘案件に関わった後だから、怪しまれる行動は慎めと、フライアがしばしおとなしく過ごすように言い含めてあったからだろうか。
見えない権力に怯えた騎士たちは、仕事が終わるとさっさと自宅や寮の部屋に戻り、彼らは皆一様に私的な時間を大人しく過ごしていた。
「覚えているのが一人だけとなれば、怪しいのはディランとなるが……問題は奴が王家の犬であったとして、私に咎める権利はないということだ」
犬とは酷い言い様だとカシアは思うが、こういう態度を最初から隠さなかったから、カシアはフライア・エリスロースを短期間で信用することが出来た。
「では、うちで拷問することにいたしましょう。ねぇ、カシア?」
そんな綺麗な笑顔で馬鹿なことを言わないでくれ。
カシアは今まで溜め込んできた疲れと、朝からの疲れを重ねて、盛大な溜息を吐いていた。
「イース団長。騎士が王家に忠誠を誓っていることに、何の問題もありません」
むしろ王家に対し情報の隠蔽を謀るカシアたちの方が問題なのだ。
それをイースは分かっているのだろうかと、カシアはここで疑ってしまった。
「それに……仮に彼が王家の犬であるならば、我々には何も出来ないことになります。この段階で手を出せば、かえって状況は悪化することになるでしょう」
魔術師にも出来ないことがある。
いいや魔術師だから、出来ないことがある。
カシアが引き籠もるイースを放置し、天才魔術師に頼ることなく一人で動いてきた大きな理由もそこにあった。
「厄介なことになってきたな。こうなると私はすでに外されたかもしれん。悪いがこの先は、情報を遅れてしか入手出来ぬかもしれんぞ。いや、それで済めばいい方で、最悪は──第三騎士団からの追放だな」
団長という職にあるフライアもまた、騎士団でままならないことは多く、今までも苦労してきたことだろう。
その最後がこんなことになっては、感情としてやりきれないものがある。
「そんな顔をするなよ、フォッシル魔術師副団長。まだ少しは平気だろうが、王太子殿下が即位された暁にはどうせ私は排除されることになる。おそらくは即位後すぐに辺境地にでも飛ばされよう」
「まさか……公爵も、小公爵も、そのようなことをお許しにはならないでしょう?」
「我が弟も殿下とは相性が悪くてな。弟自体もどうなるか分からん。あれは父を好いてくださる陛下のように、甘いことはなさらないだろう。私は特に蛇蝎の如く嫌われているからな。すぐにでも団長の職を解いて、遠くにやろうとするだろうよ。そこはアバランも同じか?」
そういえば王太子もまた二人と同年齢か。
カシアがそれを思い出していると、イースが驚いたように聞いた。
「私は王太子殿下に嫌われていたのですか?」
「貴様がその調子だから嫌っておられるのだろうよ。そうは思わんか、フォッシル魔術師副団長?」
「黙しておきます」
フライアは豪快に笑ったが。
笑いごとではなく、イースの覚えは良くないであろうし、カシア自身も王太子からはあまり好かれていないと認識している。
王族の中でも特に傅かれることが好きな御方だ。
忠誠心もろくに見せず、思うように動かぬ魔術師全般、嫌っているのではないか。
現王は温厚な人柄であり、魔術師団にあまり興味がない様子だが、王太子が王となった後に何か手を加えてくる可能性は、カシアも考えていた。
ただし……そうなった場合に大半の魔術師が魔術師団を退団するだろう。
生涯魔術師は辞められないとして、嫌な想いをしてまで魔塔で飼われ続ける理由はない。
そうして魔塔から現在いる魔術師を一掃したあとに、気に入りの魔法使いたちで魔術師団を形成するつもりかもしれないが。
その先は……さすがにそこまで愚かな王太子ではないと、カシアは願っている。
「しかし、あの貧民街への執着は、私にも不気味に思えていてな。昨日の件も考えるに、はじめからご存知だったのではないか」
笑いを止めて、大真面目な顔に戻ったフライアが言えば、カシアも静かに頷いた。
周りにあれだけ吹聴していたら、失敗に終わったときに困るのは王太子だ。
それなのに王太子は『私の代で貧民街を綺麗にする』と周囲に言い続けている。
歴代の王が出来なかったことを、あのプライド高い王太子があえて実現前に口にする理由は何か。
カシアも気にしていた。
「先に知っていたから何だと言うのでしょう。クロイに手を出すことなど、私が許しません」
「貴様が許さんでも、あの子は自分で自分の身を守れるだろうよ」
確かにそうだ。
こちらが気を回したことは、すべて余計なお世話でしかないのかもしれない。
それでもカシアたちは、王家にクロイの存在を知らせないように隠した。
それもはじめから無意味なことであったのだろうか。
「いいえ。クロイは私が守ります」
カシアの上官は、真剣な顔でそう言った。
上官から感知する魔力に一切の揺れがないことに、カシアは安堵する。
昨日のような異常事態は、もうイースに起こらないと思って良さそうだ。
そうして名が出れば、今まで不自然に触れずにいた会話が始まった。
「確かめるか、アバラン。フォッシル魔術師副団長」
皆が密かに考えていた部分へと最初に切り込んだのは、フライア・エリスロースだった。
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