31.不可解な事実
果実のような甘さを含んだ紅茶の香りが、カシアの部屋に広がっている。
「今さら確認しろと言ってきたのですか?」
スコーンにたっぷりとジャムを塗りながら、カシアは怪訝に眉を顰めてそう言った。
カシアの前では、椅子を離してお互いに距離を取り席に着いたイース・アバランとフライア・エリスロースが、同じく軽食を取っている。
イースは野菜を挟んだパンを、フライアは肉を挟んだパンを食べていた。
二人共に庶民風に手掴みでパンを食べているが、相変わらず所作美しく食事を取る人々である。
「昨日私が不在にしている間に、あの侍従が騎士舎に来たそうでな。『貧民街三番口に続く通り』と『魔法を反射する魔道具』を見た者がいれば名乗り出るよう騎士たちに周知しろと、口頭のみで指示してきたということだ。そして私が居ぬ間に副団長により実行されていた」
今回の騒動を無理やりに収束させたカシアとフライアは、最初からそう上手くことが運ぶとは考えていなかった。
「彼らはどうしていますか?」
まず第一に、クロイたちの目撃者が騎士団に残っている。
あの日フライアに伴って出動した第五区隊長ディラン・ハワードとその部下だ。
ディラン・ハワードは直属の部下の監督不行き届きということで謹慎処分を受けたが、今はその謹慎も明けて、第五区隊長として仕事に復帰していた。
ディラン・ハワードの部下で、処分されたオリバー・コックス以外の、あの日あの通りにいた騎士たちに関しては、調査中は取り調べるため自由を制限されていたが、問題を起こした騎士らと所属する班も違っており、街で悪さをしてきたオリバーらとは関わりがないと判断されたあとは、特にお咎めもなく解放された。
なお団長であるフライア・エリスロースも、さらには副団長も、騎士団で問題が発生したということで、半年分の減給処分となっている。
この二人に関しては、半年減給したからなんだという話になるから、罰でもなんでもないのだが。
経歴に傷がついたことに、第三騎士団の副団長が激怒したという話はカシアも耳に挟んでいた。
「ディランならば、昨日のうちに私の元に来た。上はすべてご存知だから、そのまま口を閉じておけと命じたが──」
フライアは、あの日付き従った部下に対し、その日のうちにあの通りで見たこと聞いたことは口外しないようにと厳命していた。
その後彼らに対しては、フライアは一貫して同じように言い続けている。
フライアがあたかも上からの正式な決定があったという態度で、ディラン・ハワードら関係した部下に対し、団長として正式な命令を下したのは、カシアたちがエリーの家を訪れてから数日後のことだった。
クロイたちの存在も含め、貧民街の三番口に続くあの通りで経験したことはすべて忘れろ。生涯口にするな。
守らなければどうなるか──私でもお前たちを守ってはやれぬぞ。
平然とフライアが部下にそう言ってのけたとき、部下たちは団長の背後にそれは恐ろしい権力を感じただろう。
黙する理由など問う者は一人もなかった。
それはしかし、何も不自然なことではなかったはず。
区隊長程度なら、王族や高位貴族からの指示など知らず現場に出ていることが多いし、それ以下ならば言わずもがな。
上が公表しないと決めたなら、彼らは理由を知らずとも唯々諾々と上官に従う立場にある。
だたし、それは絶対というものではない。
上が直に接触してきたとき、話が変わるからだ。
末端の平騎士でさえ、上官の命令に従わなくていいときが訪れる。
だからフライアも、そしてカシアも、上手くいかない可能性を重々に考えて動いてきた。
最悪の場合には、自分たちが立場を失うことも想定している。
二人がこの件に部下を関わらせないのもそのためだ。
フライアがやむを得ず部下を動かす際にも、偽りの理由を告げるか、何も告げないかのいずれかに徹し、部下には不利益を与えないようにしている。
「問題はその後からだ。私から口頭で説明した方が安心するだろうよということでな。ディランの部下たちも一人ずつ呼び出したのだよ。そこでおかしなことになった──」
ここからフライア・エリスロースの声が低く落ちた。
あの日あの通りにいたはずのディラン・ハワードの直属の部下である第五区隊に所属する騎士たちは、フライアの前で一様に困惑の色を見せたと言う。
「何の話ですか、と来たぞ。魔術師としての意見を問おう。二人はどう考える?」
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