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残念な天才魔術師団長の初恋  作者: 春風由実


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30.本領発揮?


 まだ早朝と言える時間だ。

 魔塔に滞在中の魔術師は少なくも、その強い魔力を感じた瞬間、彼らは一様に同じ考えを持っていた。


『一年振りに、団長が、副団長をキレさせた──!』


 魔術師たちは決める。

 今日は急ぎの用でもない限り、副団長のところに行くのはやめておこうと。


 そうして魔術師たちが自身の研究に向き合おうというとき、再び強い魔力を感じた。


『団長、今日は何をしてしまったのですか──?』


 皆が心に想ったが、口に出す者はいなかった。

 今日は魔塔で魔術師たちの研究が一段と進むことだろう。




 それから時は流れ、それでもまだ朝も早い時間と言える頃──。


「ほぅ。それでアバランは朝から片付けをしているのか。何ひとつ片付いては見えんがな──」


「それよりもエリスロース第三騎士団長。先触れより早く訪問するのはご遠慮いただけると有難いのですが?」


「すまない。それほど急いだつもりはなかったのだが。伝令役より私の方が早く着いてしまった。戻り次第あの部下は鍛えておく」


 朝から魔塔を目指したフライア・エリスロースは、敷地の入り口となる門に弾かれて、魔塔に近付くどころではなかった。

 一人魔剣で門に挑んでいたところを、カシアが無事に?回収してきたところである。


 そして二人が無事魔塔に入ったところで、フライア・エリスロースから今日訪問したいという旨の書簡が届けられた。

 あらかじめ登録せねば、何人たりとも受け入れないのが、魔塔の敷地であるはずなのだが。


 昨日のことがあるからには、カシアも一階にいた新人たちの前で魔術師団の副団長らしく偉そうなことは言えず、取り急ぎで三階のイースの部屋へとフライア・エリスロースを案内したところである。


 そして今、フライアは腰に手を当て、部屋の入口付近で呆れ返っていた。


「カシア、良かった、戻ったのですね。終わりが見えないのですが?」


 部屋の中から声が聴こえるも、カシアたちのいるところから人の姿は見えない。


「ご自身で頑張ってください、イース団長」


 やや声を張り、カシアは廊下から室内に声を掛けた。


「そんなっ!手伝ってくださるというお話だったではありませんか!」


「私は教えると言っただけですよ、イース団長」


「カシア、昨日から私に冷たくありません?」


「気のせいです」


 大きな声で掛け合う魔術師団の団長と副団長が余程おかしかったのか、フライアは腹を抱えて笑った。

 朝から元気な女性だなと、カシアは思う。


 カシアにとっては、うんざりする朝だった。大変疲れている。


 昨日の件が気になって、フライアも朝のうちに立ち寄り顔を見ておこうと考えたのだと、カシアは想像していた。

 カシアも同じ気持ちで、今朝はいつもより早く出勤してきたからである。


 自室でイースに会ったところまでは良かった。

 イースはどうやら昨夜別れたあともそのままカシアの部屋に留まり、ベッドも使いよく眠ったことを知り、カシアは安堵もしていた。


 問題はそれから起きた。

 やけに晴れやかな笑顔を見せた上官が、元気いっぱいという動きでカシアの腕を掴むと転移魔法を使ったのだ。


『ご相談したいことがあるのですよ、カシア!私の部屋に来てください!』


 言葉を掛ける前に転移しないで欲しい、と思えたのは一瞬。

 カシアは驚愕した。


『どうです!掃除もしてみたのですよ!隅々まで綺麗に出来ているか、カシアも確認していただけます?このあとは、家具などを置きたいと思っておりまして。まずはこの辺りにクロイと二人で座れるソファーを置きまして──』


 部屋が空だった。

 本当に空っぽだった。


 そうしてしばし思考を停止していたカシアは、聞き捨てならない言葉を聞いた。


『こちらにあった物は、備品室というのでしたか?四階の部屋に運んでおきましたので。まだ使える物ばかりですからね。どうぞお好きにお使いくださいと、皆様に伝えてくださいますか、カシア?』


 瞬間、カシアは飛んでいた。

 四階の備品庫として使っている部屋へと。


 そして備品庫の入り口から隙間なく埋められた物の山と共に、イースの部屋に戻っていた。


 カシアも転移魔法は使えるのである。

 ただ無駄に魔力を使いたくなくて、普段は使わないだけだった。

 そもそもイースのように申請せずに街中で転移魔法を使う男ではないから、使う場面もそうはないのだが。


 それからカシアは説教を開始した。


『いいですか、イース団長。私がこの部屋の惨状を放置してきたのは、それがあなたの部屋だからです』


 まだ敬語を使えた頃には、時折上官が『カシア、落ち着いて話しましょう』『話せば分かりますから』『誤解があるのですよきっと』と何度もカシアを宥めようと試みていたが。


『いいから聞け!物は自室だけに留めろ!他の部屋まで汚染するな!』


『物を移動して見えなくすることを片付けとは言わない!』


『整理整頓の前に、イース団長は物を減らせ!』


『捨てたくないなら、売るなり譲るなりすればいい!』


『整頓された備品庫に押し込んだら、誰も何も使えなくなるだろう!棚が見えないどころか、扉も開かなかったぞ!』


『譲りたいならせめて仕分けをしろ!この部屋でだ!団員たちに声を掛けるのはそれからだ!』


 もっと言った。沢山言った。日頃の鬱憤も混じった。

 カシア自身、何を言ったか覚えていないほど、ぐちぐちぐちぐち言った。


 気が付けばイースは床で正座をして、カシアの話を聞いていた。


 やがて言いたいことを全般伝え終えて、穏やかな声を取り戻したカシアは、最後に微笑んでこう言ったのだ。


『懐かしいですね、イース団長。まだ私が副団長になる前のことですよ。書類の書き方を手取り足取り教えて差し上げた頃を覚えておられますか?本日は部屋の片付け方を教えることに致しましょう』




 そうして今、物溜まりの中で、イースが半泣きで大量の私物を仕訳けているというわけである。


 匂いがないことだけは、カシアには嬉しい誤算だった。

 ただでさえ無駄に消費した魔力を使わずに済むのだから。


 そうだと思い出して、カシアはポケットに入れていた瓶を取り出した。

 フライアを迎えに行く直前に、飲もうと思っていたのだ。


 隣の女性にここで気を使うこともないだろう。


 瓶に口付け、中身のポーションをごくごくと飲んでから、カシアは平然とした顔でフライアに微笑み掛けた。


「お隣で失礼いたしました。この通りイース団長は元気ですから、ご安心ください」


「ふっ。別に心配などはしていなかったがな。あやつより貴殿の方が大変そうだ」


「えぇ、まぁ、いつものことですから。本日は他にご用件がありましたか?」


「昨日戻ったら気になる情報が入ってな。その話をしたかったのだが──」


 フライア・エリスロースは、イース・アバランの研究室に入る気が今日は起きなかったようだ。

 確かに朝から入る部屋ではないと、カシアは納得し、「では私の部屋に──」と言い掛けたところで、部屋の奥から大きな声が聴こえる。


「私を置いていくのですか、カシア!カシア!」


 まったく本人の姿は見えないが、確かにイースの声だ。


「イース団長は必要なお話ですか?」


「うーむ。いなくても平気ではあるか?」


「平気ではありません!私は必要です!エリスロース嬢、必要だと言ってください!それにそろそろ休憩しようと思っていたところなのですよ!カシア、どうか片付けを頑張っている私に、美味しい食事を出してください!」


 ここでカシアは眉を上げてしまった。

 あのイース・アバランが自ら食事を願うなど……本当に天変地異の前触れではないか。


 カシアはだんだんと恐ろしくなってくる。

 早朝の騒動は予兆に過ぎないのではないか──。


 だからつい、カシアはいつも上官に諭すこととは真逆に、上官の提案を否定するようなことを言ってしまった。


「この時間にお食事ですか?もう少し片付けてからにされてはいかがです?」


「今朝は早くに起きたので、お腹が空いたのですよ。私を休ませ、食べさせてください、カシア」


「どういう風の吹き回しか……エリスロース第三騎士団長はどうされます?」


「では軽食を貰おうか。昨日の果実水も気に入ったから頼みたい」


「私の部屋は食事処ではないのですがね……」


 不服そうに言いながらも、カシアは風の魔法で伝令を飛ばしていた。

 イースとフライアは、そんなカシアに笑顔を向けている。


 ただしイースの綺麗な笑顔は、誰にも見えていなかった。





読んでくださいまして、ありがとうございます♡

作者は片付けが得意ではありません。皆様はいかがでしょう?

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