21.開けてはいけない扉
カシアには見えない結界に閉ざされたあの場所。
カシアがはじめて通りに立ったときには、確かにそこに人の気配や魔力を感じ取れていて、想像してきた貧民街がそこにあるものだと、それは二度目に転移させられてあの通りに立ったときにも、カシアはそうだと思い込んでいた。
ところがひとたび結界を通り抜ければ、色の溢れる美しい街並みと、身綺麗な姿で駆け回る子どもたちが目に入って──。
カシアがもう貧民街と呼ぶことのないあの場所を思い出すとき。
今や考えることは、結界、およびあの場所に辿り着く通りに掛けられた魔法のことだった。
子どもたちの問題をもうカシアが気にしなくなったのは、すでに解決済みであったから。
あの場所にいた子どもたちの多くは、孤児院へと移った。
全員とはならなかったけれど、気が変わればいつでも孤児院がその子らを受け入れることになっている。
そして──あの通りは閉ざされた。
天才イース・アバランが転移をしても、あの場所はおろか、あの通りにも転移出来ず。
通りがあるだろう場所に最も近い街中にしか辿り着けなくなったのだ。
クロイが最初のときに「想定外」と言ったことを、カシアは覚えている。
想定していなかった事態にも対処出来るよう対策を取られてしまったのではないか。
カシアはそれを予測出来ても、その魔法理論を構築することは出来ないでいた。
闇魔法は特殊であるが、魔法を展開する際の術式などの理論は変わらないはずで、あれ以来常にカシアの頭を悩ませている。
カシアは確かに魔術師であった。
イース・アバランも同じようにクロイの魔法について考えているのではないか。
だから引き籠っている。
天才を理解出来ないカシアもそんな予感は持っていた。
転移が失敗した日、イースはすぐには諦めなかった。
何度も転移を試みて弾かれると、今度は魔法で通りの出現を目指したが、それも無理だと分かると、通りがあるだろう場所に向かって、いつまでもクロイを呼び続けたのである。
しかしその日あの通りは出現しなかった。
イース・アバランが諦めたときにはもう日が落ちて、赤い空が闇に包まれようとしていたが、イースはカシアを街に置き去りにして、一人転移して消えてしまった。
気配からイースが部屋に戻ったことは、カシアが自力で魔塔に戻ってから知ったこと。
それからイースは、一度も部屋から出て来ない。
しかし魔術師団では、誰もイースを心配してはいなかった。
団長が部屋にひと月、ふた月と籠ることはいつものことだったからだ。
カシアは少しは気にしていたが、あの件の処理と普段の仕事に追われ忙しかったこともあり、あれから一度も顔を見に行くことはしていない。
だから報告もまだだ。
子どもたち、あの場所、あの魔道具、闇魔法使い。
結論から言えば、カシアたちは子どもたちの存在以外のすべてを無かったことにした。
三番口に続く通りを見たと証言したあの騎士たちは、手柄を求め虚言を報告した者に設定。
どうせ諸々の罪で罰せられ、二度と騎士になることのない彼らの発言の信ぴょう性は最初からとても低く、彼らが本当のことを言ったと信じる者が出なかったことは、処理の都合上大変よろしいことで。
魔法を反射する黒猫の魔道具なんてものも、彼らが注目を集めようとした虚言であって、はじめから存在しないことになった。
彼らの嘘の調査に当たった、魔術師団長イース・アバランと、第三騎士団長フライア・エリスロースは、偶然にも調査の過程で彼らが誘拐し隠していた子どもたちを発見。
保護したその子らを孤児院に預けようとする際に、またしても偶然にも孤児院の問題を発見した。
子どもたちが酷い目に合うような仕組みは即刻変えねば。責任感ある二人の団長は協力して動いて、第三騎士団は正常化、孤児院は安全な場所に、街には治安が戻された──。
という筋書きで、カシアは先日報告を上げたところだ。
それまでの間にフライア・エリスロースとは何度か会い、口裏を合わせたわけである。
フライア・エリスロースが、カシアが思っていたほどの清廉潔癖な人間ではなかったことは、カシアが今回の件で苦労せずに済んだ部分だ。
カシアにはフライア・エリスロースを自分の考えに沿うよう説得する自信は、今もない。
それは今この瞬間もそうだ。
「はっ。いい気味だな。だがしかし面白くない」
嫌な予感がした直後、カシアはすでに魔法で風を操っていた。
「先にアバランの部屋に案内しろ、フォッシル魔術師副団長。第三騎士団長たるこの私が、アバランに丁寧な挨拶をしてやろう!」
「それも遠慮しますよ、エリスロース第三騎士団長。イース団長のことは放っておいてよろしいので。さぁ、早く。私の部屋へ──」
「この階だろう。なぁに、気にするな、フォッシル魔術師副団長。貴殿はそこで見ているがいい。手出しは不要!」
どうしてこうなるのだろう。
カシアが思ったときには、イースの部屋の金属の固い扉が蹴り飛ばされていた。
ノックをする、中の声を聞くまで待つ、という概念はないのか。
貴族令嬢だよな?
本当にどうしてこうなるのだろう。
カシアは頭を抱え、風の魔法で自分をよく守り、行く末を見守った。
「うわっ。なんだこの匂いは!!!」
時折鼻を押さえながら、自分で破壊した扉をどうにか戻そうとしている姿に、思わず笑ってしまったカシアは酷く後悔することになる。
振り向いたフライア・エリスロースの目が据わっていた。
「フォッシル魔術師副団長?いい魔法を使っているな?」
それは女性とは思えないとても低い声だった。
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