20.第三騎士団長フライア・エリスロースの訪問
「頼もう!!!」
魔塔の外で威勢よく響く女性の声がしたとき、カシアは処理していた書類を置いて、立ち上がっていた。
自室を出て、トントントンと軽やかに階段を下りていけば、辿り着いた一階で新人の魔術師二人が戸惑っているところだった。
今年魔塔に来たばかりのこの男女は、次の新人が入るまでこの場所で魔術師団の受付係として従事することになる。
彼らを見たカシアは、イースが魔術師になったばかりの頃を思い出してしまった。
魔術師として認められた年度は、カシアの方が先だ。
単に三年分だけカシアの方が早く成人したからという理由である。
魔法の才に秀でていても、王家が魔術師として認める年齢は成人後と定められていた。
かつてその制限がない時代に色々と問題が生じたせいで決められた制度で、イース・アバランのような天才にも特例は認められなかったのである。
王家が特例を口にしていたところで、イースの生家である侯爵家は黙っていなかったであろうともカシアは思うところであるが。
あの変人上官は、あれで実家では大層可愛がられている。
どんな天才魔法使いでも、どんなに早く団長職に上り詰めた名の知れた魔術師であっても、どんなに常識知らずであろうとも、侯爵家では可愛い末っ子の三男なのだろう。
両親だけでなく、兄二人に、嫁いだ姉も、イースを大分可愛がっているという話はカシアも聞いていた。
うちとは大違い……などとカシアは感傷に浸らない。
苦労人カシアも、愛されて育っていないわけではないから。
それに先日あの場所で見た光景を思い出してしまえば……カシアはもう二度と自分の生まれや育ちに不満を感じることは出来ない。
色に溢れた建物に囲まれたあの場所の子どもたちも、カシアの目には大分幸せそうに映った。
確かにあの時あの場所で彼らは幸せだったかもしれない。
それでも彼らはそれぞれに辛い過去を抱え、移動した孤児院では職員が苦労する面もあるという。
二人の新人魔術師がやっとカシアに気付いた。
カシアやイースより若くはあるが、カシアたちとは異なり、成人してから数年経ってから魔術師になった二人だった。
「カシア副団長!良かった。ちょうどお呼びしようと思っていたところなのです!」
「何故かずっと外で叫ばれておりまして。私たちはどうしたらよろしいのでしょうか?」
外からは「頼もうぞ!!!」という声がまた聴こえた。
魔塔の表玄関となる両開きの扉は開かれており、外は丸見え、彼女の叫ぶ姿も今はカシアからよく見えている状態にある。
魔法が掛かるあの扉は、彼女が来てから開いたはずだ。
来訪者として登録してあれば、対象者が目のまえに立ったとき、勝手に開く仕組みになっている。
なのに何故彼女は中に入ろうとせず外で叫んでいるのか。
彼女の手続きをしようといつもの場所で待機していた新人魔術師の二人は、相手も相手であるからには、どう対応していいか分からなかったのだろう。
それで二人はカシアを呼ぼうと考えたところだった。
ここで団長を呼ぼうとはまったく思い至らないところは、彼らが魔術師団にすっかり馴染んだ根拠となる。
魔術師団では、何かあったらまず呼ぶのはカシア・フォッシル副団長というのは、魔術師たちの共通認識であった。
「団長という職に就く人間は、総じて常人には理解出来ない種の者たちなのでしょうか」
カシアは思わず呟いたが、戸惑う新人の二人をこれ以上困らせてはならないと思い直して、彼らには優しく言った。
「後のことは私がしよう。君たちはいつもの業務に戻っていい」
新人は受付係と同時に、魔術師団の事務的な書類の処理や、備品の管理を担当している。
さらにそれとは別にそれぞれに自分の魔法の研究を継続していた。
だから魔術師団では、新人とて忙しいのである。いや、新人が副団長の次に忙しいかもしれない。
この魔塔で過ごす大半の魔術師が、自身の魔法の研究に勤しんでいるわけだが、それで忙しいと思っている者は少ないだろう。
魔術師たちが忙しい、嫌だと思うときは、共通している。
仕事が入ったときだ。
多くの魔術師はカシアが仕事を振ると一度は嫌だと言う。
カシアだって自分の研究だけをしていたいと願っているというのに。
なんて勝手な……。
ここでは愚痴る相手もいないカシアは、開いていた扉から外に出た。
急な眩しさに目を細め、顔を上げれば、空は快晴。
なんと気持ちのいい日だろう。
視線を下ろせば、目のまえで赤髪が燃えており、空の青色との対比が美しかった。
「エリスロース第三騎士団長。扉はずっと開いておりますよ。どうぞ今後は外で叫ばず、中にお入り下さいね」
「おぉ!フォッシル副団長が来たか。息災だったか!」
「色々とありましたが元気ですよ。エリスロース第三騎士団長も元気が有り余っているようですが。今日のご訪問はお約束されていたのですから。魔塔の前で決闘を挑むように叫ばないでいただきたい。うちの新人たちが困ります」
ここ最近顔を合わせる機会が増えて、カシアはフライア・エリスロースという女性に慣れた。
今ではこうして気安い言葉も掛けられる。
フライア・エリスロースは新人たちに手を上げて笑い掛けた。
「それは悪いことをしたな、君たち!ごきげんよう!魔塔に来ると力が漲ってしまってな。誰が来るかと待ち構えたくなるんだ。どうだ、フォッシル魔術師副団長。私と一戦交えてから話すとしないか?」
「遠慮しておきます。時間もありませんので、中へどうぞ。今日も私の部屋にご案内しますね」
慣れたことは確かだが、カシアはこの女性の理解を放棄しているので、その為人をよく知ったわけではない。
フライア・エリスロースの分からない言動を深追いし頭を悩ませないで済んでいたのは、自身の上官に長く鍛えられてきたおかげだろう。
「ところでアバランはどうしている?息災か?」
「イース団長は──」
カシアの意識が魔塔の三階に向かう。
あれだけ動き回っていたイースは、ここしばらくは部屋から出て来る気配がない。
「なんだ、まだ落ち込んでいるのか?」
「どうでしょうか。部屋から出てきませんので、何も分かりません」
カシアのその言葉が突き放しているように冷たく聴こえただろうか。
フライア・エリスロースの眉が一度上がって、だがそれはすぐに元の位置に戻された。
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