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残念な魔術師団長の初恋  作者: 春風由実


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18/21

18.組み合わせれば未来はより怖れるものへ


 カシアとエリーは真面目な会話を続けるために、隣で一人盛り上がり話し続けるイースを無視した。

 ぼそぼそと時折聴こえてくるクロイの声も気に留めないようにした。


 しかしエリーが我慢ならない事態が起こる。


「なぁ~ん」


 想定しない音を聞き、カシアも思わず横を向いた。

 いや、横を向くまでもなく、テーブルの上に立つ白猫の姿は見えた。


「クロイ!この子を室内には入れないでといつも言っているでしょう!」


 白猫の身体が半分消えかけると、それもエリーは慌てて止めた。


「魔法は使わなくていいから!窓から出せばいいの!」


 何にも動じない猫は、もう一度「なぁ~ん」と鳴くと、エリーが開けた窓から自分の足で出て行った

 それからエリーは扉から部屋を出たが、すぐに戻ると濡れた布巾でテーブルを拭いていく。


「まったくもう。客もいて、これから子どもたちの食事だっていうのに──」


 怒りながらまた部屋を出たエリーは、今度は盆を抱えて戻って来た。


「お茶が冷めてしまったでしょう?新しいのをどうぞ」


「お気遣い感謝しますが、こちらも飲みます」


 カシアは手付かずだったカップの茶を、少々礼には欠けるが、ぐいっと一気に飲み干した。

 確かに中身は冷めていたが、冷めていても少年の淹れたお茶は美味しかった。


 庶民が好んで飲んでいる薬草茶の一種である。

 貴族はあまり口にするものではないが、カシアはこれを気に入った。


「あの子の淹れたお茶は美味しいでしょう?人に振る舞うのが好きみたいで、将来は料理屋で働きたいと言っているのよねぇ」


「そうでしたか」


「あの子は出て行く意思があるみたいだから。頑張ってくれると嬉しいわ。今ね、料理屋をしている知り合いと交渉中なのよ」


 カシアは有難く、エリーの淹れた温かい茶もいただく。

 同じお茶だが、温度の違いか、それとも淹れた者の違いなのか、先より深い味わいがあった。

 これは熱でより香りが立っていたせいもあるだろう。

 温かいうちに飲んでおけばと、カシアは少年の善意を受け取れなかったことを申し訳なく思った。


 特に意味はなく、カシアは隣に視線を送る。

 イースは少年の淹れた茶に手を付けなかったが、エリーが新しく置いたカップにも手をのばそうとしなかった。

 クロイとのお喋りに夢中で、茶には意識が向かわないのだろう。


 少年のお茶をすぐに口に出来なかった理由も、イースがいきなり本題を話し始めたせいだった。

 本当に困った人だと、カシアは改めて上官を評価する。


 そんな部下の気も知れず、イースは嬉しそうに語っていた。


「その素材を組み合わせて白さを出すことは難しいでしょう。あの猫のように白くしようと思えば──やはりクロイも試されておいででしたか。えぇ、そうですね。あの香りは誤魔化せないでしょう。人を倒す威力のある香りですからね。消してしまうことは出来ますが、それですとまた別の問題として──」


 カシアはイースの独り言から、あの黒猫の姿をした魔道具が、生きた白猫をモデルにして作られたというところは理解した。

 猫に近い手触りを重視して作成したら、素材の組み合わせで色が黒くなってしまったと。

 イースの発言における『人を倒す威力のある香り』という言葉がとてつもなく気になったカシアであったが、あえてそれも聞き流すことにした。

 せっかくこのような綺麗な家の中にあるのに、あの部屋の惨状を思い出したくはなかったからだ。


 それなのにカシアの上官ときたら──。


「今日は色々とお持ちしたのですよ。クロイと試したいことが沢山ありますからね。まずはこちらをご覧ください」


 今度はカシアが黙っていられなかった。


「イース団長!他人様の家に来て、何を広げているのですか!それもこちらは食事をするテーブルだと聞いたばかりでしょう!今すぐそれをしまってください!元のように包む!」


「なんです、カシア。急にそのように──「いいから早く仕舞え」」


 まだ呑気に話そうとする上官の言葉を遮ったカシアの声は、とびきり低く出た。


 渋々という様子だが、イースはテーブルに広げたものを元の風呂敷へと包んでいった。


 匂いがないからと、油断していたことをカシアは強く反省する。

 イースが膝に抱えていた荷物は、魔法を掛けた風呂敷で包まれていたから無事だったのだ。


 イースが風を操ったおかげで悪臭は室内で飛散しなかったが。

 エリーが無言でまた窓を開けて、これを有難いと思ったカシアは、魔法の風で窓の外へと匂いを運び上空高くで散らして、代わりに外からは新鮮な風を取り入れた。

 

 何事もなかったように、部屋には茶の香りと、石鹸の香りが戻り、そこに焼けたパンの美味しそうな香りが混じり合う。


 そこで上官までもが何事もなかったかのように呑気に言い出したときには、カシアは額を押さえてしまうのだった。


「あぁ、そうでした。皆様で食べていただこうとお持ちしたものがありまして。手土産というものですね」


 あのような酷い臭いを放つものを取り出した直後に言うことだろうか。

 カシアはこの上官にもさすがに少しの常識を教えなければまずいのではないかと考え始める。


「イース団長。広げる前に中身は何かお聞きしても?」


「心配不要ですよ、カシア。実家に聞いて選んだものですからね。王都では美味しいと評判の店だそうで、今朝のうちに店にあった焼き菓子をあるだけ買ってきました」


 店には後で詫びに行こうと、カシアは決めて。

 はぁ~っと深いため息を漏らし、エリーに向けては「申し訳ありません」と謝ったとき。

 エリーはもう肩を揺らして大笑いをしているところだった。


「カシアさんも大分大変そうね」


「えぇ、本当に。この方はいつもこうですからね」


 先程風呂敷から出て来たものは、どれも問題であったが、一番まずかったのが魔獣の骨だ。

 どんなにきちんと処理をしてもいつまでも悪臭を放つことで有名なそれを、余所様の家の中で、それも食事で使うと聞いたばかりのテーブルの上に、広げる愚か者が自分の上官だという事実に、カシアは久しぶりにイースに関することでショックを受けている。


 この魔法使いとしては天才の上官は、カシアにその埋められぬ能力の差による嫉妬心や劣等感を抱かせる前に、常識知らずによる底知れない絶望感を与えてくるから。


 だからカシアは、余計な念を抱くことなく、こんなに長い間このイース・アバランと付き合えてきたのかもしれない。


 そしてカシアはここで増えた嫌な予感に戦々恐々としていた。

 

 イースの前で、あのまずい物々に、クロイが目を輝かせていた姿を視界に入れていたからである。

 これからは絶望の瞬間が頻繁にやって来るのではないか。


 エリーはともかくとして。

 それはクロイとはこれから長く付き合うことを確実視していたからこそカシアが抱いた怖れだった──。






読んでくださいまして、ありがとうございます♡

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