17.悪い人間は誰か
「街にいる騎士たちに期待はしていなかったのよ。孤児院もろくなものではなかったし。真っ当な預け先を見付けられないなら、王都を出て行こうかともクロイと話していて。だけど今の騎士団長さんがとても厳しい方だと噂に聞いたから」
「確かに厳しい人ではありますね。ただ──」
魔術師団は少数精鋭だが、騎士団は違う。
特に第三騎士団は、他の騎士団よりも多くの騎士を抱えていた。
あの生真面目なフライア・エリスロースでも、末端の騎士にまで気を配ることは出来ないだろう。
王都の騎士団は三つの部隊に分かれている。
王族を護衛する第一騎士団。
王城を守る第二騎士団。
王都の治安を維持する第三騎士団。
その役目の違いで、第三騎士団は問題ある騎士を抱えやすく、カシアの耳にもたびたび不祥事の話が届いていた。
フライア・エリスロースが団長に就任してからは、多少は良くなっていると聞くも、上にはいい顔だけを見せて普段は別の顔を持つ部下はどこにでもいるものである。
言葉に詰まったカシアを救うように、エリーは言った。
「別にあの赤髪のお姉さんを責めてはいないわよ。うちの子たちに近付いてきた騎士たちが悪いのだわ」
「騎士の起こした問題の責任は、団長にありますので」
「そう?悪人がいない組織なんてあるかしら?」
魔術師団でも問題を起こす魔術師がいないわけではない。
ただしカシアが副団長になってからは、魔術師が処分されるほどの大きな問題は起きていなかった。
小さな叱責ならばカシアも何度もしてきたが。
最も多くカシアから叱責に匹敵する言葉を受け取っているのが、魔術師団をまとめるはずの団長であるからには……カシアはたった今自分で告げた団長の責任とは何ぞやと考え込む。
このひと月は珍しく動いていたけれど、それも一人勝手に行っていたことで、イース・アバランのそれは魔術師団をまとめる団長の働きぶりではなかった。
だいたい副団長のカシアに報告も連絡もないのだから。
団長という職をイースがどのように自覚しているかもカシアには分からない。
「それに赤髪のお姉さんを責めるくらいなら、国の王様を悪いと言わないとね」
「王陛下をですか?」
虚を突かれて、カシアは眉を上げ言った。
「何を驚くのよ。王都は王様の土地で、騎士も王様のものなのでしょう?騎士の迷惑だけの話ではないわ。クロイは王都でこれだけの子どもを拾ったのよ?」
「……そうですね。それは我々の落ち度です。大変申し訳ありません」
王都は王家の直轄領だから、カシアに直接の責任はないけれど。
貴族であり、そして魔術師団の副団長として、一人残されて生きていくことが困難な子どもが王都に存在してきたとすれば、それに対しての責任は自分にもあると、カシアは信じる。
だからあっさりと謝罪の言葉が口に出た。
エリーはそんなカシアを見てくすくすと笑ってから言った。
「カシアさんも貴族でしょう?らしくないのね」
「それはよく言われます」
「あはは。まぁ普通の貴族なら、私たちがこんな風に気安く話し掛けただけで怒り出すわね」
しばらく笑ったあと、エリーは問題の騎士たちの話題に触れた。
「あいつらは、クロイのポーションが余程気に入ったのね。こっちは子どもたちに街歩きの練習をさせているというのに。かえって私たちが失敗する機会を増やしてくれちゃって。いい迷惑だったわよ」
「彼らは正しく処分されました」
「それは良かったけれど。これで街にいる騎士は変わるかしら?」
必ず、と告げることが、カシアには出来ない。
フライア・エリスロースが激怒して、部下である騎士たちを律し、第三騎士団の体制を見直していることはカシアも聞いていた。
それでもエリーが言ったように、悪だくみを考える騎士は今後もいくらでも出て来るだろう。
第三騎士団は、第一、第二騎士団とは違って、貴族出身の騎士と平民出身の騎士たちが混在している。
しかも庶民と接する機会は他の騎士団とは比較にならないほど多く、さらには上昇志向ある騎士らにとっては希望の職場ではないこともあって、精神的な問題を抱える騎士が多くいた。
フライア・エリスロースがいくら清廉潔癖な団長だったとして、これから末端まで律することが出来るかどうか。
カシアはそれをやれと命じられても、達成する自身がない。
「騎士なら出自関係なく働けるでしょう?うちの子たちにも騎士を目指しなさいと言えたら良かったけれど」
騎士に憧れる庶民の子どもは多くいると、カシアは聞いたことがあった。
それは実態の伴わない噂話だったのか。
エリーに聞いてみると、カシアには意外な言葉が返って来た。
「子どもが憧れる騎士さまもいるにはいるみたいよ。だけどそういう騎士さまって、王都のいいところにしか現れないわけよ。私たちが出歩くような場所にはねぇ」
貧民街に近い地域は、王都でも治安が良いとは言えない地域だ。
治安のよろしくない場所を残していることも、第三騎士団の怠慢と言えてしまうところではあるが。
庶民からも人気が出るような、貴族出身の、見目もいい、若い騎士たちは、あえて危険がない場所に配属されているのだと思われる。
彼らは治安維持という仕事もそこそこに、騎士然として街を練り歩いているだけだろう。
そして時期が来れば、第一、第二騎士団へと移動するのだ。
王族の近くに配置する騎士は、当然尊い生まれの者に限られるから。
それはかつては団長職にも取り入れられた仕組みだ。
何年も第三騎士団長の職に留まるフライア・エリスロースが、貴族としておかしいのである。
カシアはあえて話題を変えた。
騎士団については、専門外で、確実なことは何も言えないからだ。
「エリーさんたちは子どもたちの将来をどのように考えて来られたのですか?」
「どこかで雇って貰うのが一番いいと思っていて。だから私たちは、子どもたちがある程度大きくなったところで、街歩きの練習として、おつかいを頼むわけよ。街の人たちとの顔繋ぎも兼ねてね。ただねぇ」
エリーは頬に手を当てて息を吐いた。
「親がいない子に街の人たちは厳しいわ。そのうえ街を守る騎士にも頼れないでしょう?だから外に出ても私たちがこっそり守るようにしてきたのよ。それがこんなに良くないことになるとは思わなくてねぇ」
「守り過ぎたということでしょうか?」
「そうね。クロイがいつも起きる前に問題を排除したから。さぁ一人立ちをしなさいと言って送り出したら、あの子たち街が大嫌いになって戻ってきちゃって」
急に自分に都合の悪いことが起きるようになった。
ここにいれば、嫌なことなどひとつも起きなかったのに。
そう思えば、すぐさま元居た場所に戻りたくなる気持ちは、カシアにも易々と想像出来た。
「私たちを手伝うとか、子どもの世話をするからと言うけれど。それだといつまでも誰も出て行かないでしょう?子どもは増え続ける一方だし。クロイもさすがにきつくなっていたわ。だから断ったのよ。もう何度も断ったわ。ここのことは忘れて外で生きなさいと言っているのに。あの子たちは聞いてくれなくてね」
一人前になることを祈り、送り出した子どもたちは、三番口に続くあの通りに住み着いてしまったというわけだ。
何かあってもまだクロイが守ってくれると信じているから、カシアたちが通りに突然現れても、騎士たちが通りでどれだけ騒ごうと、彼らは廃墟のようなあの建物の中に留まり、様子を見ようと出て来ることもしなかったのだ。
カシアは少し考えてから言った。
「その子たちを孤児院の職員にするのはどうでしょうか?人を雇う余力は、まだいくらもあります」
「それはあの子たちと話して欲しいわ」
「会ってくれるでしょうか?」
「私かクロイがいたら出てくるわよ。そこまでは付き合うわ」
それが自分たちの責任の終わりだと、エリーが断言しているようにカシアは聞いた。
読んでくださいまして、ありがとうございます♡




