15.大人同士で話しましょう
カシアは室内に魔力が増えたことを感じなかったが、それでも黒髪の少女は部屋にいた。
しかし──。
「クロイ!あんたはまず湯浴みと着替えよ!!!」
少女の様子は以前会ったときとは違っていた。
ぼさぼさに乱れた黒髪に、前回と同じに見える上下真っ黒いその服もよく見ればヨレヨレとくたびれていて。
そして例の部屋程ではないが、独特の強い香りが部屋を満たした。
これは薬草の交じり合った香りと思われる。
──同類。
既視感を覚えたカシアは、同時にエリーに向けて仲間意識を育んだ。
子どもたちの世話をしながら、この少女の面倒も見ているとしたら、それは大変だろうと少しの尊敬も抱いて。
エリーが黒髪の少女を強引に引き連れて部屋を出ていった。
取り残された少年は、「嘘だろ、俺を置いていくのかよ」と零したあとに、袖でぐいぐいと目元を拭ったあと、振り返ってキッとイースを睨みつける。
敵認定されてしまっては、この先がやりにくい。
カシアは二人の女性が戻ってきたら、少年にどうして退室願おうかと考えていたというのに。
「そのままでよろしかったですのに。クロイ様はいつも美しいのですから──」
イースの呟きも、カシアは聞かなかったことにしたのに。
「美しいものを待つ時間もまた楽しいものですが。さて、待つ間に、あなた様にはお伝えしたいことがございます」
イースが少年に言葉を掛けたときには、カシアも額を押さえていた。
カシアは今、上官を黙らせたい。
「なんだよ、兄さん!まだ言う気か?俺はどこにも行かねぇんだから、これ以上話しても無駄になるぜ!」
「まだ何も言っておりませんが。そうですか。それではあなた様と大人同士のお話をすることは諦めます」
「はぁ?何を言って」
「大人ならば、自分が知らずに守られていたという話を気にするものだと思いますが。あなた様は聞かないのでしょう?ならば、あなた様はお子様です」
「ばっ馬鹿にするなよ!俺はもう大人だ!子どもじゃねぇ!」
額を押さえたカシアが目を見開いていたのは、少年の大きな声に驚いたからではない。
イースがしようとしていることに、カシアは心から驚いていた。
「では大人として話しましょう。あなた様はこれからも、クロイ様に守られ、クロイ様にご負担を掛けて、ここでこのまま暮らしていくおつもりですか?」
「ごふたんって何だ!」
そこからだったか、と思ったカシアは、額から手を離すことが出来ないでいた。
「負担とは……何でしょうか、カシア?」
自分から会話を始めたのだから、すぐに諦めないで欲しいとカシアは願ったが、きちんと上官の意思には答えてしまうカシアである。
もうこれは長年の経験から得た条件反射のようなもの。
上官に常識的な何をいい聞かせても、それは無駄な時間になると分かっているから。
「はぁ。そうですね……身体を酷使する、いえ、魔法をずっと使うことで、身体が疲れてしまうと言えばいいでしょうか。クロイ様は常時複数魔法を展開……ここでは常にいくつもの魔法を使われているようですから、身体はいつも疲れていると思われます」
カシアがすんなりと少年向けの言葉を選べなかった理由は、カシアの周りにいる子どもたちが貴族の子ばかりだったからである。
貴族の子どもたちは幼い頃から高度な教育を受けているために、言葉をよく知っていた。
少年くらいの年齢にもなれば、魔法についての学習も始めているから、少年の知らなかった『転移』や『結界』という言葉も理解出来てしまう。
だからカシアは、自分の知る子どもたちの場合の何歳児に向けたように話せば少年が理解出来るのか、簡単には判別出来なかった。
一般的に貴族は市井の子どもたちと長く触れ合う機会がないし、それは貴族かつ魔術師団の副団長であるカシアも同じである。
良かったことには、少年はカシアの言葉を理解してくれたようだ。
「あのクロイが疲れることなんかあるか?」
「まぁ、ポーションを飲んでいるでしょうし。子どもたちに疲れを知らせるようなことはしないでしょうね」
「俺は子どもじゃねぇよ!」
「そうですよ、カシア。あなた様は、子どもではありませんよね。ですので、私と大人として話しましょう。あなた様はこれから先もずっと、クロイ様を疲れさせながら、クロイ様に守られていてもいいと、そのように思っていますか?」
「俺はクロイが疲れていいなんて思っていない!それに俺は守ってくれなんて言ったことはないし──そうだよ、そもそも俺はな。あと三年もしたらここを出ることになるんだ。だからそれまではここに居たって──みんなもここにいるのに、なんで俺だけに言うんだよ!」
少年は子どもだ。
今にも泣き出しそうな顔を見てしまえば、これ以上はやめておこうと、常識的な大人ならば思うところだろう。
しかしカシアの上官は、子ども相手にも容赦がない。
「あなた様が大人だから聞いているのです。クロイ様だけではありませんよ。エリーさんのことは、どうお考えですか?お一人であの数の子どもたちの面倒を見られているのでしょう?大変なことだ思いますが、あなた様はこのままでよろしいと思っていましたか?」
「エリーのことは、俺たちはいつも沢山手伝っているし!エリー一人で何でもしているわけじゃねぇ!それにあいつは、残って手伝うと言った兄さんや姉さんを追い出したんだ。だから大変だとしても、エリーが悪いんだよ!」
子どもらしい主張だとカシアは思ったが、少年を微笑ましく見ていることはカシアにも出来なかった。
黒髪の少女の負担具合はカシアには想像出来ないが、エリーの負担については相当だろうと分かる。
上官も許せなかったのだろうか。
いつも温厚なイースには珍しく、その眉間に皺が寄っていた。
「エリーさんがお一人ですると言ったから、エリーさんはどれだけ苦労しても構わない。あなた様はそう仰るのですね?」
「俺はそんなことは言っていない!それに苦労なんて。俺たちがいると楽しいって、エリーはいつもそう言っている!」
「そうですか。あなた様はやはりお子様でしたね。大人ならば、言葉を鵜呑みにせずに、大切な方に苦労を掛けない方法を考えるものですから──」
「そこまでにしてちょうだい」
少し前から近付いてきていることは分かっていた。
そしてその歩みが扉の近くで止まったことも知っていた。
だからカシアも上官を止めなかったのだ。
魔法は使われなかった。
それでもいつまでも異質だったのは、エリーの後ろにいる少女だけ、生体反応は読めるのに、体内に魔力が一切感じ取れないこと。
しかしこの違和を覚えているのは、ここではカシアだけなのだろう。
イース・アバランが少女の内にどんな魔力を見ているのか。感じているのか。
気になったカシアが隣を見れば、イースは真直ぐに少女の顔を見詰めていた。
その瞳に熱が籠っていることを、真横で目撃したカシアはもう否定出来ない。
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