13.当然断られた
食事場所と思われる大きなテーブルのある部屋に案内されて、イースとカシアは隣り合う椅子にそれぞれ腰を下ろした。
天板がつやつやと輝くテーブルは、普段からよく磨かれているのだろう。
床にも塵ひとつ落ちておらず、カシアにはこの部屋もまた貧民街内の家の中とは思えなかった。
色に溢れた屋外とはまた違って白一色に塗られた壁は、一段とこの部屋の清潔感を引き立てて、この場所を貧民街と呼ぶなとまで主張するよう。
出窓に置かれた花瓶には、小ぶりの黄色い花が一輪差してあって、富民とまでも言わなくも、ここは王都で豊かに暮らす者たちの家であると諭されるようだった。
そして絶え間なく届く小麦粉の焼けた香りが、貧民街の否定と共に、カシアの空腹を刺激する。
イースが動かなければ、昼食を持ってあの部屋に向かう予定だったことを、カシアは思い出し、横を見た。
そこでカシアは、隣に座るイースが大きな荷物を抱えていることに気付く。
先まで持っていただろうか?
否。
どうせ魔法で運んだのだろう。
カシアは中身については気にしなかった。
考えたところで、最近の上官の心の内はとても読めない。
せっかく上官と会えたのだからと、少年がいなくなった室内でカシアは言った。
「イース団長。今ここで言ってしまいますが。仕事の依頼がありました。仔細説明しますので、魔塔に戻りましたらお時間をいただきたい」
「この場所の件でしょう?」
「……団長は誰から聞いたのですか?」
最近イースが魔塔をよく不在にしていることは、カシアも知っていた。
転移魔法使用時の大きな魔力を何度も感知していたからだ。
そしてイースがらしくない動きをしていたことも、カシアは聞いている。
あのイース・アバランが政治に関わり始めたと、貴族社会ではもっぱら噂になっているということは、カシアの耳にまで届いていたから。
「聞いたのではありませんよ。私が言いましたから」
美しい顔でにこにこと微笑んでいる上官を酷く恨めしく思うイースだ。
イースがここ最近好き勝手動いてくれたせいで、カシアは仕事が増えているし、そのうえイースの思惑を詮索しようとしてカシアに近付く厄介者まで増えている。
どうせカシアにイースは止められないけれど。
せめて話をしてから動いてくれ。カシアは切に願う。
カシアが詳しい説明を上官に促そうというときだった。
「兄さんたち!茶を淹れたぜ!エリーも来たぞ!」
少年の溌剌な声が響く。
その少年の後ろから、先日三番口の前で出会った女性が現れた。
綺麗に化粧を施したその顔を見て何も思い出さなかったことに、カシアはこっそりと安堵する。
なかったことにしたあの記憶は、よく消せたようだ。
「本当に来たのね。クロイなら出て来るか分からないわよ」
「お久しぶりです、エリー様。お元気そうで何よりです」
「お邪魔しております、エリー様」
イースが立ち上がり頭を下げたので、カシアもそうした。
ここではただの訪問者。それに身分もこの場所では意味を持たぬだろう。
「私たちに様は要らないと言ったでしょう?落ち着かないのよ。普通に呼んでちょうだい」
「普通とはどのように呼べば「ではエリーさんとお呼びしてよろしいですか?」」
イースが問い掛ける声に被せて、カシアは言った。
先日は会話に入る気が起きなかったけれど、今日は違う。
新しい仕事が入ってしまったからには、この場所の者たちと親しくなっておいた方がいいというそれは、魔術師団の副団長としての判断だった。
「それでいいわ。今日は何用?もうすぐ子どもたちの昼食の時間だから、手短にお願いしたいわね」
「お忙しいところ、事前にお伺いもせずに訪問してしまいまして。それも昼食時に──」
今度は逆のことが起こった。
お詫びするカシアの言葉が上官に遮られてしまったのだ。
「孤児院を綺麗にしてまいりました。皆様でそちらに移りましょう」
カシアは深く息を吐いた。
上官が残念な男と呼ばれる所以を、久方ぶりに目の当たりにしたからだ。
丁寧な言葉を使う柔らかい物言いが、とても優しい人間を想像させるけれど。
実際のイースは他人に興味なく、人の機微にも酷く疎く、少し話せば人々は勝手にした期待を裏切られ、残念に思う。
上官を不憫な人だと思う気持ちは、カシアも抱いてきた。
しかしその上官に振り回される自分はもっと不憫であるとカシアは思うのだ。
ここで相手を怒らせてしまっては、この後の仕事が酷くやりにくくなってしまう。
「イース団長。エリーさんには私から説明します。孤児院の件は、資料の通りでよろしいですね?」
「私は資料を見ていませんから、なんとも言えませんが。間違いがあれば訂正しますよ」
上官のいつもと変わらぬ笑みが今日は一段と忌々しく感じるカシアだった。
「つまりですね、エリーさん。孤児院の子どもたちが、もう二度とどんな犯罪にも巻き込まれないように整備をしまして、安全な場所に変わりましたので、ここにいる子どもたちは孤児院に預けてはどうかというご提案なのです」
カシアは出来るだけ、相手を刺激しないように、言葉を選んでいく。
「もちろん、こちらを出て行けとか、移住することを強制するような、そのような話ではありません。あくまでご提案ですので、気楽に聞いていただきたいのですが」
エリーの眉間の皺が薄らいでいったから、少なくとも反発はされていないのだろう。
それでもカシアは気を抜かず、新しい孤児院についての説明を終える。
拒絶はエリーからではなかった。
「嫌だよ!俺は行かねぇ!ここにいる!」
事前に少年に席を外して貰うよう頼まなかったことを、それを出来る間がなかったとはいえ、間違えたと思うカシアだ。
カシアは少年に向けて出来る限りの優しい笑みを見せると言った。
「安心してください。行きたくない者を無理やり連れて行くことはありません。大丈夫だから──」
「あなたはこれからもクロイ様に負担を掛けて生きるおつもりですか?」
「「は?」」
少年とカシアの声が重なった。
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