12.そこは別世界
貧民街の三番口から出て来たのは、前回カシアがここに来たときに会った少年だった。
今回の少年は、普通に自分の足で歩きカシアの前に現れた。
少しほっとしたカシアである。
「よぉ。兄さんたち、本当にまた来たんだな。今日は何?」
「またあなた様にお会い出来て嬉しく思います。クロイ様にお会いしたいのですが」
「は?エリーじゃねぇの?エリーが俺に迎えに行けと言ったんだけどな」
右手で頭を掻いて自分でボサボサにした髪型を、また自分で直すように今度は両手で押さえ付けたあと、少年は「まぁいいや」と呟く。
「とりあえず兄さんらは、エリーのところに連れて行く。クロイはどうせ出て来ねぇだろうし──ほら、早く。ついて来いよ。俺だって忙しいんだからな」
大人みたいなことを言って、少年は出て来た道を戻って行く。
イースが続き、カシアもその後に続いた。
明確に何かが変わった瞬間は、通りの左右に立つ灰色の旗を越えた後だった。
しかしカシアは、何がどう変わったかという部分を説明出来ない。
それは三十年以上生きて来たカシアにも、経験のない感覚だった。
感覚が平常に戻るとすぐに、視界に色が溢れる。
通りから三番口の中を覗いても、灰色の土と土埃くらいしか見えやしなかったというのに。
王都の街中と変わらない、いやカシアの知る王都のそれ以上に、美しい街並みがそこにあった。
中央には陽光がよく注ぐ明るい広場、その広場を囲うようにして様々な色をした平屋の建物が並んでいる。
子どもたちが壁を塗ったのだろうか。色違いで並ぶ建物は、それだけで絵画のように美しかった。
煙が出ている建物は中で調理中だろうか。
広場には子どもが溢れ、水場もあるようで水遊びを楽しんでいる子どもたちもいるし、大量の洗濯物が干されているエリアもある。
それぞれの建物の奥には、大きな樹々が育っていて、何かの実を付けている樹もあった。
三番口から広場を抜けるようにして道が一本続き、その先に畑があることもカシアは確認する。
他には道がないようだから、この場所の端はあの畑と思えば良さそうだ。
貧民街とは何だろうか。
カシアもここでは驚きを隠せずに、まるで初めて王都に来た異国からの観光客のように、念入りに周囲を見渡してしまう。
予想と違い過ぎる貧民街は、もはや貧民街と呼ぶに値する場所ではなかった。
外にいる子どもたちだって、それぞれに綺麗な衣服を纏っていて、痩せ細っている子もおらず、貧しさを感じる部分がない。
ここはひとつの街だ。街として完成している。
カシアの感想である。
しかしひとつだけ街としておかしなことは、大人の姿が見えないことだった。
背の高いイースとカシアは、よく目立つ存在であっただろう。
広場にいた子どもたちも、カシアたちが入って来たことに気付き始める。
しかし子どもらは、遠巻きに見ているだけで、カシアたちに声を掛けては来なかった。
困惑はしているようだが、怯えは見えず、出て行けと騒ぐ子どももない。
それだけ守られて育ってきたということ。
カシアもここで複雑な想いを抱き始める。
この場所で育った子どもたちは、はたして街で暮らしていけるのだろうか。
そしてこの場所を王族が目にしたら……何を想うだろう?
カシアは今までとは違う理由で、依頼された仕事を嫌悪した。
葛藤を抱えたカシアが先を歩く上官の背を眺めれば、イースはカシアとは違って周囲を観察することはせず、どこか一点を見詰めている。
自然にカシアも、その視線の先を追った。
遠くにある畑を見ているかと思ったが、イースは畑の横の建物を熱心に見詰めているようだ。
広場を囲う建物とは雰囲気の異なる、石造りの小さな家だ。
あの少女が、あの中にいるのだろう。
カシアは少女の気配を読めなくも、イースの行動からそう予測して、それが正しいと思えていた。
少年が立ち止まったのは、煙が出ている建物の前だった。
「エリー、連れて来たよ!もういいか?──は?俺がこいつらに茶を出すのかよ。──やるよ。別にやらねぇとは言ってねぇし。接待は大人がすることだからな。──どこでって、街では普通に話すことだぜ!──もうそんな言葉を使うなって、なんでだよ!俺は大人なんだからいいだろ?」
これだけの子どもがいたら大変だろうと、カシアは同情した。
「ほら、早く。入れよ、兄さんたち。そっちの部屋で座っていてくれな。俺が茶を出してやるぜ。俺の淹れた茶は美味いと評判だからな。期待していいよ」
イースとカシアが、建物の中に足を踏み入れる。
そこもまた、貧民街の中にある建物の内部とは、とても思えない室内だった。
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