11.最初の犠牲者は私だと思う
あの朝、あの通りにて得た経験は、早朝に寝ぼけて見た夢ではないか。
カシアはこのひと月の間に、あの日のことを思い出すと一度はそう考える癖が付いていた。
あの日は女性が現れてからは、あっという間に話がまとまった。
「嫌だわ、もう。相変わらず説明が足りないんだから。クロイがついに大人も拾うようになったのかと驚いてしまったわ。どうしてくれようかと策を練ってきたのに」
若草色のワンピースを着用し、長い髪を後ろで綺麗にまとめ上げて、美しく化粧をした女性は、どこからどう見ても街にいる若い女性の一人だった。
それが消したくもあの時はまだ消えない記憶にある女性の容姿とはまったく一致しなかったが、カシアはそれも忘れることにした。
素顔で絡まる髪を振り乱して、寝間着と思われる薄手の白いワンピースを半端に脱いだ状態の女性などは、カシアは見ていないのである。
「私のことも拾ってくださらないでしょうか?」
「ない」
ここでイースが黒髪の少女に掛けた言葉と早過ぎた黒髪の少女からの返答は、あの場にいる誰もが聞き間違いとして聞き流すことになった。
そうして女性はよく語り、騎士たちと話を付けていったのだ。
「あぁ、そうね。その子を抱いて、ここまで来て騒いだ男は、そこの茶色い髪のお兄さんだったわ。今日は他の奴らはいないのね?」
「被害はこの子だけではないわよ。うちの子たちはよく街で追い掛け回されているんだから。あなたが上司?どうにかしなさいよね」
「そいつとそいつの仲間に顔を覚えられないように、こっちは同じ子が続けて出て行かないようにして、日付や曜日も被らないようにして、服も変えてね、よーく気を付けていたのよ。なのにあいつら、店の側で待ち構えているというじゃない?最低よね」
「子どもを働かせるなですって?あんたたち街で子どもを見ていないの?どこの子どもだって親の仕事の手伝いくらいはしているわ」
「こっちは子どもたちに訓練をさせていただけよ。いつまでもここで籠っているわけにはいかないでしょう?子どもはすぐに大人になるんだから」
「は?孤児院?だからあなたたちには頼れないのよ」
「もう摘発したから安心しろですって?本気で言ってるなら、うちの子たちを騎士に助けて貰う日は来ないわね」
「それなら聞くわ。あなたたち、孤児院で育った大人を街で見たことがある?──」
あの日第三騎士団長のフライア・エリスロースは、一人の女性に言い負かされて、あの場から解散することになった。
第三騎士団の騎士らが起こした問題は、貧民街の三番口に続く通りを探せという命令からはじまってはいなかったのだ。
三番口に続く通りが騎士らに知られるきっかけは、騎士たちの最低な行動により偶然得た結果でしかなかった。
その最低な行動をしたのが、オリバー・コックスと同じ班の騎士たちだったのである。
オリバー・コックスは班の仲間の騎士たちと共謀して情報を隠蔽し、上官である第五区隊長ディラン・ハワードには、過去に記録されていた貧民街の三番口に続く通りを偶然発見したこと、その通りで恐ろしい魔道具に遭遇したことを報告した。
ちょうど王太子殿下から、騎士の巡回ルートに貧民街も含めよという通達を受けた後で、手柄を求めての判断だったに違いない。
オリバー・コックスと同じ班の騎士たちの狙いは、よく効くと街で人気のポーションの商売の利権だった。
はじめはポーションを売りに来る子どもを捕え尋問しようとしたが、いつも不測の事態が起こり子どもには逃げられてばかりだった。
ならばと後を追えば、子どもたちの前に知らない通りが出現することに気が付いた。
子どもが消えた通りが、かつてあったはずの貧民街の三番口に続く通りではないか。
オリバー・コックスらは愚かでもそのくらいは予測出来たようだ。
すぐに彼らは通りを探したが、あのポーションに関わる子どもがいない限りは通りは出現しないし、オリバー・コックスらが子どもに近付き過ぎてもこの通りが現れることはなかった。遠くから尾行しているときに限り、通りは出現したのである。
子どもを抱えていれば、自分たちも通りに入れるのではないか。
実行役が、オリバー・コックスだった。
唯一通りに入れた騎士という功績を持って、班長でもないのに、オリバー・コックスはあの日の計画に参加する騎士に選ばれた。
オリバー・コックスは、今までの彼にとっては遠い雲の上の存在だったフライア・エリスロース第三騎士団長と共に働ける身の上になったのだと、あの日は大分浮かれていたようだ。
そして彼らは正式に処分を受けた。
公式には貧民街の子どもの件は伏せられたが、彼らは余罪があり過ぎて、発表する処分理由には事欠かなかった。
主犯はオリバー・コックスの所属していた班の班長であった騎士となる。
この元班長は、貴族家の出身で、街で儲かる商売をしている庶民を見掛けるとあらゆる手段で脅迫、あるいは強奪して、実家の貴族家が多くの利を得るように働いた。
カシアの予測は外れてオリバー・コックスは貴族家の出身者ではなかったが、この班長の下に付いてからというもの、振舞いが大分変わっていたそうだ。
班長が実家の得た利益の一部を班の騎士らに分配していた理由は、謝礼と口止め料だったのだろう。
貴族の出入りする店で羽振り良く遊ばせていたのも同じ理由であろうが、オリバー・コックスとしては貴族の仲間入りをした気分だったのかもしれない。
その変えた振舞いも、もう二度と生かす時は来ないであろうが──。
『王太子殿下からの正式な依頼です』
第三騎士団内での処分が終わった頃、例の王太子の侍従が悪びれずにカシアに面会し、書類を渡した。
ご丁寧にも許可した者にしか見えないように魔法の掛かった書類だった。
『積極的にご協力いただけましたこと、お喜びにございました』
カシアはそう言った侍従の笑顔が、やれば出来るではないか、もっと早くやれ、と伝えているように感じたが。
称賛でも嫌味でもこの際どちらでもいいが、説明はしたいとカシアは思った。
侍従がはっきり言わないからには、カシアも曖昧に頷くことしか出来ない。
色々と思い出したのち、カシアは階下を想う。
依頼を受けたからには、あの部屋にまた足を運ばなければ……。
鬱々たる気持ちが増そうというときだった。
カシアの部屋に強い魔力が溢れた。
カシアはこの魔力をよく知っていた。
「イース団長!魔塔内を転移魔法で移動しないでください!いや、その前に人の部屋に入る前にはノックをしてですね……って着替えていらしたのですか?」
身綺麗な状態で現れたイース・アバランにカシアは思わずぎょっとしてしまう。
常人相手なら驚くところではないが、イース・アバランと思えば異常事態だ。
「孤児院の問題は解消しましたよ、カシア」
「は?」
「実家に相談しましたら、王太子殿下が動いてくださることになりましてね。建物も新しくしたのですよ。前の建物は、地下通路や隠し部屋が多くて、壊した方が早かったので。定期的に文官を派遣して、子どもの様子を把握することにもなりましたから、同じことは起こらないでしょう」
「はい?」
「ですので、カシア。行きますよ」
「はぁ?」
「手土産は用意してあるので心配には及びません。実家に相談しましたから、品物に間違いはないはずです。私が考えた手土産も持ちましたし」
「何を言って──」
こうしてカシアは、貧民街の三番口に続く通りに再び立つことになった。
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