10.二人目の犠牲者
「それは……深い意味はありません!隊長も知っているでしょう?常日頃から五区の悪さする子どもたちをよく叱ってきましたから。子どもを一人でも見ると、ガキ共と言ってしまうのです」
オリバー・コックスは、捲し立てるようにそう言った。
第五区隊長ディラン・ハワードは、冷静に問い返す。
「私たちが守るべき対象をガキと呼ぶことも問題だがな。どうせ無意味になるから、それはいい。オリバー・コックス。それでは、黒猫の件はどうだ?何故見た事実を報告しなかった?」
「それは……申し訳ありません。恥ずかしいと思いました。猫などに負けたと思われたくなかったのです」
「お前は報告を怠り規律違反を犯すことよりも、己の矜持を守れないことを恥と思うのだな?」
「申し訳ありませんでしたっ!」
オリバー・コックスは勢いよく頭を下げた。
第五区隊長ディラン・ハワードは、ふぅっと息を吐いてから、指示を出す。
「オリバー・コックス。この場では動くことを禁じる。許可なく発言することも許さない」
「なっ!どうしてです!ディラン隊長!」
「命令だ。聞けぬならいい。お前たち、拘束してやれ」
「はっ」
「え、いや、お待ちください。命令に従います!従いますから!拘束はしないでください!」
ディラン・ハワードは部下に冷たい視線を投げたあと、フライア・エリスロースに向き直って首を垂れた。
「申し訳ありません、フライア団長。正確な報告を上げられなかったことは、偏に私の管理能力不足に尽きます。部下一人掌握出来ず、大変申し訳ありません。どのような罰も受け入れる所存です」
「確かに問題だが、謝罪はあとでいい。まずは状況を確認する。お前も含めた罰はそれからだ」
「はっ」
ディラン・ハワードに倣い、後ろの騎士たちも頭を下げていた。
「少年よ、私からもお願いをしよう。誘拐について説明して欲しい」
「フライア団長!」
「そいつは命令が聞けぬようだぞ、ディラン」
フライアが言うと同時に、今しがた左右の騎士から両腕を掴まれていたオリバー・コックスは、ロープで身体をぐるぐるに巻かれ、地に転がっていた。
一見太さのあるしっかりとした普通のロープに見えるが、あれは魔法が掛かった特殊なロープで、特に第三騎士団の騎士たちが悪人の捕縛に使っているということをカシアは知っていた。
魔術師団が作成し、騎士団に卸している魔道具だからだ。
口にもロープが巻かれたオリバー・コックスは、魔術も封じられ苦しいであろうに。
悔しそうに地から少年を睨みつけていた。
愚かな騎士だと、カシアは純粋にそう感じる。
「少年。話してくれ。そこの少女は誘拐犯だと言い、君はこいつが君を捕まえたと言った。君とうちの騎士の間に、一体何があったのだ?」
フライア・エリスロースが問うと、少年は一度少女に視線を送ってからフライアに視線を戻して、納得するように頷いた。
「確かに誘拐犯の行動だよな。子どもを攫って、大人を脅してんだからよ。クロイは少ししか話さねぇくせに、いい言葉を──。べ、別に俺は誘拐されてねぇけどな!子どもじゃねぇし!大人に攫われたりはしねぇよ!」
本当に普通の子どもだ。
少年は一人憤りながらなお言った。
「そこの騎士は、街で俺を長い草で捕まえて、ここに運んだんだ!酷い奴だろう!」
「少年は街で悪さをしたか?」
フライア・エリスロースのこの質問に、少年はますます機嫌を損ねていく。
「はぁ?何もしてねぇよ!だから騎士は嫌なんだ!何も聞かずに俺たちが悪いと決めつける!俺たちが何をしたってんだよ!いつもいつも追い回しやがって!!!」
「いつもだと?──いや、すまない、確認のために聞いただけで、君が悪さをしたと思い問い掛けたわけではないのだ。君たちが悪いと決め付けるようなこともしないから、どうか落ち着いて話してくれ」
ふんと鼻を鳴らした少年は、「俺はいつも落ち着いてるし!子ども扱いするなよな!」と不貞腐れるように言い捨てた。
大分子どもらしい子どもだと言えるが……やはりこれほどに少年が素直な態度を見せられるのは、少女が側にいるからだろうと、カシアは考える。
普通の街の子どもは、騎士を見れば萎縮するものだ。
騎士が街の警備を担当していることもあったが、そのもっともな理由は、第三騎士団も貴族の出自の騎士が多いからである。
庶民は貴族に歯向かえばどうなるかよく知っているため、庶民の子どもは騎士の話は素直に聞くようにとその両親や周りの大人たちから幼少期より躾けられている。
カシアはそれほど街に出ないが、騎士ではないカシアにだって、庶民は相応の対応をしてくれた。
オリバー・コックスはどうだろうか。
カシアはオリバーの顔を知らなかったが、庶民というには所作が綺麗過ぎるようにも感じられる。
しかし態度には貴族らしさがない。
気が動転しているから、貴族らしく振る舞えない可能性もあったが──下級貴族の出自だろうか。
「気分を害させたようで、すまない。子ども扱いもしないようにするから、もう少し教えてくれ。いつもと言ったが、少年はいつも街で何をしている?」
「なんだよ、俺がただ街を歩いたら悪いってか?」
「そのような意味はない。確認のために聞いているだけだから、普通に答えてくれ」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい少年に、イースは突然に横から尋ねた。
「街にはどんな御用で向かわれたのですか?」
「そりゃあ仕事だよ。なのに騎士の奴らは、いつも俺たちを捕まえようとするんだぜ?」
「いつもですか、それは大変でしたね。何故彼らはあなた様を捕まえるのでしょう?」
「それは俺たちが聞きたいことだぜ。俺たちはクロイの作ったポーションを運んで、代金を受け取って、おつかいもすませてさ。身綺麗にしていくし、問題なんてひとつも起こさず偉いっていつも言われ──あっ!」
「いい」
少女の声だった。
「良くないぞ、クロイ!なぁ、エリーも呼んでくれよ。クロイだって、こいつらとは俺よりエリーが話した方がいいと思うだろう?」
少女の黒髪がまた揺れた。
今度のカシアは、構えることが出来た。
しかし少年の声掛けは遅かった。
「あ、待った。先に声を掛けるんだぞ、クロイ。そうしないと──」
「ぎゃああああああああ!!!──何すんのよ、クロイ!先に声を掛けなさいっていつも言ってるでしょう!それも私は今──きゃあああああ!見てんじゃないわよ、変態どもがっ!クロイ!今すぐ部屋に戻して!今すぐよ!間違えないで!私の部屋よ!元居た場所に戻しなさい!!!」
けたたましい叫び声と甲高い女性の怒鳴り声が消えたあと。
貧民街の三番口前の通りには、静寂が訪れる。
その静けさは痛いほどに──。
私は何も見ていない。
カシアは決めて、記憶を消した。
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