第54話:君がくれた未来
ずっと、生きる意味なんて分からなかった。
消えてもいいと思っていた。
誰かのために終われるなら、それでいいと。
でも。
“生きてほしい”って言葉は。
思っていたより、ずっと重かった。
世界が止まっていた。
白と黒が混ざり合う空。
崩れかけた街。
不安定な風。
その中心で、リナの言葉だけが残っている。
――アッシュさんと生きたいです。
アッシュは何も言えなかった。
胸の奥が、痛い。
今まで感じたことのない感覚だった。
誰かに必要だと言われること。
失いたくないと言われること。
それが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。
リナは涙を流したまま、アッシュの手を握っている。
消えかけた手。
触れている感覚も、もう薄い。
それでも離さない。
アッシュは小さく笑う。
「……ほんと、ずるいな」
リナが顔を上げる。
アッシュは困ったように続けた。
「そんなこと言われたら、帰りたくなるだろ」
その瞬間だった。
世界が、大きく脈打つ。
未完成だった空に、色が走る。
白だけだった世界に、“青”が混ざる。
ゼルが目を見開いた。
「……固定率が上昇している……?」
境界核が激しく揺れる。
黒いノイズが空間へ広がろうとして――
止まる。
『……理解不能……』
初めてだった。
“それ”が、迷っている。
アッシュは静かに境界核を見る。
「お前さ」
小さく呟く。
「最初から間違ってたんじゃねぇの」
『……』
「世界を守るために、全部切り捨てる」
苦笑する。
「そんなの、誰も笑わねぇだろ」
世界が揺れる。
リナの感情。
アッシュの願い。
二人の想いが、未確定世界を書き換えていく。
ゼルは静かにそれを見ていた。
「……可能性を固定しているのか」
普通ならありえない。
だが、この世界は未完成だ。
だからこそ。
“願い”が、現実になる。
アッシュは一歩前へ出る。
体が崩れていく。
足元がノイズになる。
でも止まらない。
リナが叫ぶ。
「ダメです!!」
アッシュは振り返らない。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです……!」
涙声。
アッシュは少しだけ笑う。
「聞けって」
静かな声だった。
リナが息を止める。
アッシュは境界核を見つめたまま言う。
「俺、多分さ」
少し考える。
「最初、生きる気なかったんだよ」
リナの胸が締め付けられる。
アッシュは続ける。
「消えてもいいって思ってた」
「誰か守って終われるなら、それでいいって」
空を見上げる。
崩れた世界。
でも今は違う。
「でも、お前がさ」
小さく笑う。
「帰りたいとか、一緒に飯食いたいとか」
「くだらねぇこと言うから」
リナの涙が止まらない。
アッシュはゆっくり振り返る。
その顔は、少しだけ優しかった。
「生きてぇって思っちまった」
その瞬間。
世界が、光に包まれる。
境界核が激しく揺れる。
『……矛盾……』
黒いノイズが崩れていく。
未完成世界が、“答え”を選び始めている。
ゼルが低く言う。
「今なら届く」
アッシュが頷く。
境界核を見る。
「終わらせる」
リナが目を見開く。
「待って……!」
アッシュは静かに笑う。
「安心しろ」
「今度は消えるためじゃねぇ」
そして。
境界核へ手を伸ばす。
世界が震える。
未確定の未来。
無数の可能性。
その全部が、アッシュへ流れ込む。
苦しそうに顔を歪めながら。
それでも、前を見る。
「……選べよ」
小さく呟く。
「誰かがいなくなる未来じゃなくて」
光が溢れる。
黒いノイズが崩壊する。
境界核にヒビが入る。
リナが叫ぶ。
「アッシュさん!!」
次の瞬間――
世界が、砕けた。
眩しい光。
音が消える。
時間が止まる。
そして。
最後に。
アッシュの声だけが聞こえた。
「――またな、リナ」
白に飲まれる。
全部が消えていく。
リナは必死に手を伸ばした。
届かない。
それでも。
泣きながら叫ぶ。
「嫌だぁぁぁぁぁぁっ!!」
その叫びと同時に。
世界に、“朝”が訪れた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ラストでは、ついに世界そのものが大きく変化しました
次回は最終話。
三人が選んだ未来の先に何が残ったのか、その答えが描かれます。
最後まで見届けていただければ幸いです。




