第53話:消えたくない
本当に大切な言葉ほど。
人は、最後まで言えない。
言ってしまった瞬間。
全部終わってしまいそうで。
怖くなるから。
静かだった。
さっきまで崩れ続けていた世界が、今だけ不自然なほど静まり返っている。
空は白と黒が混ざり合い、不安定に揺れていた。
未完成の世界。
その中心で、“境界核”が脈打っている。
まるで心臓みたいに。
ドクン。
ドクン。
その音に合わせるように、空間が震える。
リナは動けなかった。
ゼルの言葉が頭から離れない。
――あれを壊せば、この世界も消える。
つまり。
アッシュも。
リナは拳を握る。
震えが止まらない。
アッシュは静かに境界核を見ていた。
驚くほど落ち着いた顔だった。
「……壊せば終わるんだな」
ゼルが頷く。
「ああ」
「選定も、崩壊も、すべて終わる」
アッシュは小さく息を吐く。
「シンプルで助かる」
リナがすぐに叫ぶ。
「助かってません!!」
声が響く。
アッシュが振り返る。
リナは涙を堪えながら睨んでいた。
「なんでそんな平気そうなんですか……!」
アッシュは少し困った顔をする。
「いや、平気ではねぇよ」
「じゃあなんで……!」
リナは途中で言葉を止める。
怖かった。
答えを聞くのが。
アッシュは少し黙ってから、小さく笑った。
「……終わらせねぇと、お前が泣くからだろ」
その瞬間。
リナの呼吸が止まりそうになる。
涙が一気に溢れた。
「……そんなの……」
違う。
そんな理由で。
勝手にいなくならないでほしい。
リナは俯いたまま言う。
「私は……」
声が震える。
「そんな終わり、望んでません……」
白い世界が静かに揺れる。
ゼルは何も言わない。
アッシュは空を見上げる。
空は崩れていた。
もう時間がない。
境界核の鼓動が速くなっている。
『……修正開始……』
黒いノイズが再び広がる。
未完成の景色が崩れ始める。
ゼルが低く言う。
「決めろ」
アッシュは前を見る。
境界核。
壊せば終わる。
全部。
それで世界は助かる。
でも。
リナは泣く。
アッシュは小さく笑う。
「……参ったな」
今までなら迷わなかった。
誰かを守るためなら、自分が消えることくらい。
普通に選べた。
でも。
今は違う。
リナの言葉が残っている。
“一緒に帰りたい”
その言葉が。
消えない。
リナは涙を拭いながら前へ出る。
「……聞いてください」
アッシュが見る。
リナは震えていた。
怖い。
でも、逃げたくなかった。
「私は、世界を壊したくないです」
小さな声。
でも、ちゃんと届く。
「でも……」
アッシュを見る。
「アッシュさんが消えるのも嫌なんです……」
世界が揺れる。
感情に反応して。
空に色が混ざる。
夕焼けみたいな赤。
アッシュは静かに聞いている。
リナは続ける。
「だから……」
涙を流しながら。
必死に笑った。
「一緒に探しましょうよ」
「そんな終わりじゃない方法」
アッシュの目が揺れる。
ゼルが静かに目を閉じる。
「……可能性は低い」
リナはすぐに返す。
「ゼロじゃないんですよね」
ゼルは答えない。
それが答えだった。
アッシュは苦笑する。
「ほんと、お前諦め悪いな」
リナは泣きながら笑う。
「アッシュさんほどじゃないです」
その瞬間。
世界が脈打つ。
未完成だった景色が、一気に広がる。
空。
風。
街。
誰かの笑い声。
“普通の未来”が、形になり始める。
黒いノイズが後退する。
『……未定義……』
境界核が激しく揺れる。
ゼルの表情が変わる。
「まずい……!」
次の瞬間。
核から黒い衝撃が放たれる。
空間が崩壊する。
アッシュが咄嗟にリナを庇う。
「伏せろ!!」
轟音。
世界が裂ける。
リナは目を閉じる。
だが――
衝撃が来ない。
ゆっくり目を開ける。
そこには。
前に立つアッシュがいた。
でも。
体の半分が、消えていた。
リナの顔から血の気が引く。
「……え……」
アッシュは立っている。
だが輪郭が崩れている。
右半身がノイズみたいに薄れている。
それでも。
笑っていた。
「……ギリ、セーフ」
リナの涙が止まらない。
「なんで……」
アッシュは少しだけ苦しそうに息を吐く。
「守りたかったからだろ」
その言葉。
あまりにも真っ直ぐで。
リナは声も出なかった。
ゼルが静かに言う。
「存在維持が限界を超えている」
アッシュは苦笑する。
「聞こえてるって」
でも。
もう長くない。
それは誰の目にも明らかだった。
世界が揺れる。
崩壊が近づいている。
それでも。
リナはアッシュの手を掴む。
消えかけている、その手を。
そして泣きながら言った。
「……消えないでください」
アッシュは一瞬、目を見開く。
リナは俯いたまま続ける。
「私は……」
息を吸う。
震えながら。
それでも。
ちゃんと伝える。
「アッシュさんと生きたいです……!」
世界が、止まった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、アッシュとリナの感情が真正面からぶつかり合う回でした
特にラストのリナの言葉は、この世界そのものに大きな影響を与える重要な一言となっています。
次回、物語はいよいよ最終決戦、そして“結末”へ向かって進んでいきます。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




