第52話:崩れゆく境界線
終わりが近づくほど、人は本音を隠せなくなる。
怖いもの。
失いたくないもの。
本当に守りたかったもの。
全部、最後には剥き出しになる。
世界は、脈打っていた。
未完成の空。
不安定な地面。
生まれかけては崩れる景色。
その中心で、黒いノイズが広がっている。
“未確定”を否定する存在。
それが、この世界を壊そうとしていた。
リナは息を切らしながら立っている。
さっきの干渉だけで、全身が重い。
この世界では感情そのものが力になる。
つまり――
心が削られていく。
アッシュは前を睨んでいた。
輪郭がまた薄くなっている。
左肩はほとんど透けていた。
それでも立っている。
「……しつこいな」
小さく吐き捨てる。
黒いノイズが蠢く。
『……不完全……認めない……』
世界が軋む。
空が裂ける。
せっかく形になり始めた景色が、また崩れていく。
リナが拳を握る。
「……っ……」
悔しい。
何度作っても壊される。
まるで、“希望そのもの”を否定されているみたいだった。
その時。
ゼルが前へ出る。
アッシュが目を細める。
「おい」
ゼルは静かに黒いノイズを見つめる。
「そろそろ話しておくべきだな」
リナが顔を上げる。
ゼルは少しだけ目を閉じて――
「これは、元々“世界を守る機構”だった」
アッシュが眉をひそめる。
「……は?」
ゼルは続ける。
「境界の崩壊が始まった時、この世界は“安定した未来”だけを残そうとした」
「曖昧な可能性を切り捨てて」
黒いノイズを見る。
「完全に固定された世界だけを残すために動いている」
リナの顔が強張る。
「じゃあ……」
「私たちが間違ってるんですか……?」
ゼルは首を横に振る。
「違う」
静かな声。
「これは“正しい”」
「だが――」
少し間を置く。
「正しさだけでは、人は生きられない」
空気が止まる。
アッシュは小さく笑う。
「……なるほどな」
黒いノイズを見る。
「つまりお前、“効率厨”ってことか」
『……不要感情……排除……』
アッシュは鼻で笑う。
「そういうとこだよ」
次の瞬間。
黒いノイズが一気に膨張する。
世界が崩壊しかける。
リナの足元が消える。
「きゃっ――」
落ちる。
だが、アッシュが腕を掴む。
「危ねぇ!」
その瞬間。
アッシュの腕が大きく透ける。
リナが目を見開く。
「……っ!」
存在が削れている。
ゼルが低く言う。
「限界だ」
アッシュは歯を食いしばる。
「まだ……いける……!」
だが声が不安定だ。
輪郭が崩れている。
この世界を維持するほど、アッシュ自身が消えていく。
リナはその事実を理解してしまう。
このまま戦えば。
このまま進めば。
アッシュは――
「……嫌……」
小さく漏れる。
アッシュが見る。
リナは涙を浮かべていた。
「そんなの、嫌です……」
声が震える。
「世界が残っても……」
息を整える。
「アッシュさんがいないなら、意味ないです……!」
その言葉。
世界が大きく脈打つ。
未完成の景色が広がる。
空が青く染まり始める。
風が吹く。
ゼルが目を細める。
「感情同期が強くなっている……」
アッシュは少し驚いた顔をする。
リナは涙を流したまま続ける。
「私は……!」
「ちゃんと一緒に帰りたいんです……!」
黒いノイズが揺れる。
押し返されている。
“誰かを失う前提”が、この世界では否定され始めている。
『……矛盾……』
空間が軋む。
黒いノイズが初めて乱れる。
ゼルが静かに呟く。
「未確定世界が、“可能性”を選び始めた……?」
アッシュは苦笑する。
「……ほんと、めちゃくちゃだな」
でも。
その顔は少しだけ安心していた。
リナがいる。
まだ繋がっている。
だから。
完全には消えない。
その時だった。
黒いノイズの中心が裂ける。
奥から、“核”が現れる。
黒い球体。
脈打っている。
世界そのものみたいに。
ゼルの顔が変わる。
「……まずい」
アッシュが見る。
「なんだ、あれ」
ゼルは静かに言った。
「境界核だ」
そして続ける。
「――あれを壊せば、この選定は終わる」
リナが息を呑む。
だがゼルは、そこで言葉を止めた。
アッシュが目を細める。
「……続きは?」
ゼルは静かに答える。
「あれを壊した瞬間」
白い世界を見る。
「この未確定世界も消える」
空気が凍る。
つまり。
この世界を終わらせれば。
アッシュも――
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、黒いノイズの正体と“選定”の本質が明かされる重要な回となりました。
次回、三人は“世界を終わらせるか、それとも――”という決定的な局面へ向かうことになります。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




