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第47話:残された時間の中で

永遠なんてものは存在しない。

だから人は、限られた時間の中で誰かを大切にする。

失うと分かっているから。

終わると知っているから。

その一瞬が、何より大事になる。

静かな道が続いていた。

空は白く、遠くの景色はぼやけている。

境界のさらに奥。

ここでは距離感すら曖昧だった。

歩いているのに進んでいる感覚がない。

それでも三人は止まらなかった。

リナは隣を歩くアッシュを何度も見てしまう。

そのたびに胸が苦しくなる。

輪郭が薄い。

前よりも確実に。

触れれば消えてしまいそうなほどに。

アッシュはそんな視線に気づきながら、何も言わない。

代わりに、わざと軽い声を出す。

「そんな見んなよ」

リナが慌てて目を逸らす。

「み、見てないです」

「いや見てたろ」

少し笑う。

その笑い方がいつも通りで、逆につらい。

リナは小さく俯く。

「……だって」

言葉が続かない。

アッシュは前を見る。

「まだ消えてねぇよ」

軽く言う。

だが、“まだ”という言葉が刺さる。

リナは唇を噛む。

ゼルは少し前を歩いている。

何も言わない。

でも、全部分かっている顔だった。

しばらく歩くと、空間が少しだけ開ける。

そこには、小さな水面のような場所があった。

鏡みたいに静かな水。

風もないのに、わずかに揺れている。

リナが目を細める。

「……これ、なんですか」

ゼルが答える。

「記録層だ」

アッシュが眉をひそめる。

「また嫌な名前出てきたな」

ゼルは続ける。

「ここには“残された記憶”が流れている」

その瞬間。

水面に映像が映る。

誰かの記憶。

笑い声。

家族。

食卓。

夕暮れ。

普通の、日常。

リナは思わず息を呑む。

「……綺麗……」

今まで見てきたものとは違う。

争いも、崩壊もない。

ただ誰かが生きていた時間。

アッシュも静かに見ていた。

その横顔は、どこか遠い。

次の瞬間――

別の景色が映る。

一人の少年。

誰かに怒られている。

でも笑っている。

転びながら走っている。

その姿を見た瞬間。

リナがアッシュを見る。

「……これ……」

アッシュも気づいていた。

「……俺か」

少しだけ驚いた声。

水面の中の少年は、今とは全然違う。

無邪気で、普通で。

どこにでもいる子どもだった。

リナは小さく笑う。

「ちゃんと子どもだったんですね」

アッシュが鼻で笑う。

「なんだそれ」

でも、その笑顔は少し柔らかい。

映像は続く。

少年は成長していく。

笑う回数が減る。

目つきが変わる。

そして、あるところで止まる。

静止する。

アッシュが目を細める。

そこに映っていたのは――

“孤独”。

誰もいない場所で、一人座っている姿。

リナの胸が痛くなる。

アッシュは静かに水面を見る。

「……あったな、こんな時期」

軽く言う。

でも、その声は少し低い。

リナは思わず聞く。

「……寂しかったですか」

沈黙。

アッシュは少し考えて――

「覚えてねぇ」

と、答える。

だが、それは嘘だった。

リナには分かる。

本当に忘れているわけじゃない。

思い出さないようにしているだけだ。

ゼルが静かに言う。

「存在は、痛みを削って適応する」

アッシュが肩をすくめる。

「便利だろ」

リナは笑えない。

水面の映像がまた変わる。

今度は――

三人だった。

リナが目を見開く。

「え……」

そこに映っているのは、ここまで旅してきた時間。

戦った時。

言い合った時。

食事をした時。

どうでもいい会話で笑った時。

全部。

アッシュも少し驚いている。

「……そんなのまで残ってんのかよ」

リナは映像を見る。

自分が笑っている。

アッシュも笑っている。

ゼルまで、少しだけ穏やかな顔をしている。

その瞬間。

リナの胸が締め付けられる。

終わってほしくない。

この時間が。

ずっと続けばいいのに。

そう思ってしまう。

だが――

水面にノイズが走る。

映像が崩れる。

アッシュの姿だけが、少しずつ薄くなる。

リナが息を呑む。

「……やめて……」

手を伸ばす。

だが触れられない。

映像の中のアッシュは、徐々に消えていく。

記録ごと。

存在ごと。

ゼルが低く言う。

「始まっているな」

アッシュは静かに水面を見る。

驚きはない。

むしろ納得したような顔だった。

「……なるほど」

小さく笑う。

「俺から消えるのか」

リナが振り返る。

「そんな言い方しないでください……!」

声が震える。

アッシュは少し困った顔をする。

「怒んなって」

「怒りますよ……!」

涙が落ちる。

「勝手に納得しないでください……!」

アッシュは黙る。

その顔を見て、何も言えなくなる。

リナは俯いたまま言う。

「……まだ、ちゃんと話してないのに」

「まだ……一緒にいたいのに」

小さな声。

でも、はっきり届く。

アッシュは目を閉じる。

そして――

「……俺もだよ」

初めて、本音みたいに言った。

リナが顔を上げる。

アッシュは笑う。

少しだけ寂しそうに。

「だから困ってんだろ」

その瞬間。

空間が大きく揺れる。

水面が砕けるように崩壊する。

ゼルの目が鋭くなる。

「来るぞ」

奥の空間が裂ける。

今までとは比べ物にならない圧。

世界そのものが軋む。

アッシュは前を見る。

輪郭が揺れながらも、立つ。

「……ほんと、休ませてくれねぇな」

リナも涙を拭く。

震えながらも前を見る。

終わりが近づいている。

でも――

まだ終われない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回は“失われていく存在”と、“それでも残り続ける記憶”をテーマに描きました。

特にアッシュとリナの関係性が大きく動き始め、終わりが近づく中で互いをどう思っているのかが少しずつ明確になってきています。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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