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第46話:失われていく温度

人は、失ったものの大きさをすぐには理解できない。

その瞬間ではなく。

何気ない時に、ふと気づく。

もう戻れないのだと。

その温度は、二度と戻らないのだと。

空間は再び動き始めていた。

止まっていた風が流れ、固定されていた景色がわずかに変化する。

だが――

三人の空気は重かった。

誰も、すぐには喋れない。

リナは俯いたまま歩いている。

消えた無数の光。

あれが何だったのか。

考えないようにしても、頭から離れない。

「……」

喉が苦しい。

自分で選んだ。

自分の手で。

その事実が、ずっと胸の奥に残っている。

前を歩いていたアッシュが、小さく息を吐く。

「……静かだな」

無理やり出したような声。

だが、返事はない。

ゼルは相変わらず前だけを見ている。

リナはようやく小さく言う。

「……私……」

声が震える。

「間違ってないですか……」

その瞬間、空気が止まる。

アッシュは振り返らない。

ゼルもすぐには答えない。

しばらくして――

ゼルが言う。

「正しい選択などない」

静かな声。

「残るのは、結果だけだ」

リナは唇を噛む。

分かっている。

でも――

「……でも……」

涙が落ちそうになる。

「消えたんですよ……?」

足が止まる。

アッシュも止まる。

背中を向けたまま、小さく言う。

「……ああ」

短い返事。

リナは続ける。

「私たちが選んだから……」

アッシュは何も言わない。

拳だけが、少し強く握られる。

ゼルが前を見たまま呟く。

「背負うしかない」

冷たい言葉。

だが、それが現実だった。

リナは俯く。

涙が落ちる。

「……こんなの……」

アッシュがそこで振り返る。

その目は、いつもより静かだった。

「リナ」

名前を呼ぶ。

リナが顔を上げる。

アッシュは少しだけ考えて――

笑う。

無理やりな笑い方。

「今さらだろ」

軽く言う。

「俺ら、最初からまともじゃねぇよ」

リナは言葉を失う。

アッシュは続ける。

「ここまで来た時点で、綺麗には終われねぇ」

その声。

少しだけ、疲れている。

リナはそこで初めて気づく。

アッシュの輪郭。

また、薄くなっている。

「……アッシュさん」

アッシュは目を逸らす。

「気にすんな」

だが、隠しきれていない。

歩くたびに、“存在”がぶれる。

地面との接続が浅い。

影も薄い。

ゼルが低く言う。

「進行しているな」

アッシュは鼻で笑う。

「止まる気ねぇからな」

軽口。

でも、リナは笑えない。

「……戻れないんですか」

アッシュは少しだけ空を見る。

「どうだろうな」

曖昧な返事。

それが逆に怖い。

リナは拳を握る。

「嫌です」

小さく言う。

アッシュが目を細める。

「何が」

リナは顔を上げる。

涙を拭きながら。

「勝手にいなくなるの」

その言葉。

空気が静かに止まる。

アッシュは何も言えない。

ゼルだけが、少しだけ目を閉じる。

リナは続ける。

「私は……」

息を整える。

「まだ、ちゃんと返せてない」

アッシュが眉をひそめる。

「返す?」

リナは頷く。

「助けてもらったから」

震える声。

「だから……」

少しだけ笑う。

泣きそうなのに。

「いなくならないでください」

その言葉は、まっすぐだった。

アッシュはしばらく何も言わない。

やがて――

困ったように笑う。

「……難しいこと言うな」

その瞬間。

空間が揺れる。

今までとは違う。

重く、深い揺れ。

ゼルの目が鋭くなる。

「来るぞ」

空気が変わる。

前方の空間が裂ける。

だが現れたのは敵ではない。

“景色”。

どこかの世界の断片。

街。

空。

人々。

普通の日常。

リナが息を呑む。

「……これ……」

ゼルが言う。

「残された世界だ」

アッシュが静かに見る。

その景色は穏やかだった。

争いもない。

崩壊もない。

ただ――

そこに、三人はいない。

リナが小さく呟く。

「……いない……」

ゼルは答える。

「選ばれた結果だ」

つまり。

誰かが残れば、誰かは外れる。

その現実を、見せられている。

アッシュはその景色を見つめる。

長く。

静かに。

そして――

小さく笑う。

「……悪くねぇな」

リナが驚いた顔をする。

アッシュは続ける。

「ちゃんと残るなら、それでいい」

その横顔。

少しだけ寂しそうだった。

リナは胸が苦しくなる。

なぜか分かってしまう。

アッシュはもう――

自分が“残る側じゃない”と思い始めている。

「……嫌です」

思わず声が出る。

アッシュが見る。

リナは涙を堪えながら言う。

「そんなの、絶対嫌です……!」

アッシュは少しだけ目を見開く。

でも――

何も答えない。

その沈黙が、何より怖かった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回は「選択の代償」と、それによって少しずつ変化していく三人の関係性を中心に描きました。

特に主人公が自分自身の立ち位置を理解し始めている点と、リナがそれを受け入れられずにいる部分は、今後の展開に大きく関わっていきます

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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