第16話:奥で息をしているもの
異常には、必ず理由がある。
何もない場所に、突然おかしなものが生まれることはない。
そこには必ず“何か”が関わっている。
ただ、それが人の理解できる形とは限らない。
見えないまま進むか、引き返すか。
その選択ひとつで、結果は大きく変わる。
主人公は、まだ戻るという選択を知らない。
「……まだ奥あるな」
湿った空気の中で、アッシュは足を止めずに言った。
旧排水区のさらに奥。
光はほとんど届かない。
壁は崩れ、床には水が溜まり、歩くたびに不快な音が響く。
「さっきのやつ、1体だけじゃなかったんですよね……」
後ろからリナの声がする。
少し緊張しているのがわかる。
「多分な」
短く返す。
さっき倒した異形の個体。
あれは明らかに“何かの途中”だった。
完成品じゃない。
(あれが完成してたら、もっと面倒だったな)
そう考えながら進む。
通路はさらに狭くなっていく。
左右の壁に手をつけば届くほどだ。
そして――その先で、空気が変わった。
「……止まれ」
アッシュは低く言った。
リナがすぐに立ち止まる。
「どうしました……?」
「音が消えた」
さっきまであった水音が、完全になくなっている。
代わりにあるのは――“静寂”。
(おかしい)
この場所は水が流れているはずだ。
完全に止まるなんてありえない。
一歩踏み込む。
その瞬間だった。
――ピチャン。
水の音。
だが、それは自然じゃない。
「……来るぞ」
アッシュが言った瞬間。
天井から影が落ちた。
「っ!」
横に跳ぶ。
地面が砕ける音。
「グルルル……」
まただ。
さっきの異形に似ている。
だが違う。
腕の数が多い。
体のバランスも崩れている。
「1体じゃないですね……!」
リナが声を上げる。
その通りだった。
奥の暗闇から、さらに2体。
合計3体。
(やっぱり群れか)
しかも、さっきより明らかに“慣れている”。
動きがまともだ。
「リナ、下がれ」
「はい!」
迷いなく後退。
アッシュは一歩前へ出る。
呼吸を整える。
(焦るな)
さっきの戦いで学んだこと。
“全部出すな”
“見る時間を作れ”
1体目が突っ込んでくる。
速い。
だが――
見える。
半歩ずらす。
そのまま拳。
「……っ!」
崩れる。
だがすぐに2体目が来る。
連携。
(やっぱりか)
今度は避けるだけじゃない。
足元の水たまりを蹴る。
水しぶきで視界を一瞬奪う。
その隙に横へ回り込む。
「遅い」
一撃。
2体目も倒れる。
残り1体。
だが――
違和感。
(動いてない?)
最後の1体が、攻撃してこない。
ただ見ている。
そして――
ゆっくり、後退した。
「逃げるのか?」
アッシュが小さく呟く。
その瞬間。
奥から“音”がした。
ドン……、ドン……
何かが近づいてくる音。
重い。
さっきとは違う。
(これは……)
リナが息を呑む。
「アッシュさん……これ、やばくないですか……」
「やばいな」
そして――姿が見えた。
それは“人型”だった。
だが、完全に人ではない。
体の一部が機械のように歪んでいる。
骨のような構造が外に出ている。
そして、その中心に――“核”のようなものが見えた。
「……なんだよ、それ」
思わず声が漏れる。
そいつはゆっくりと顔を上げる。
顔はない。
ただの空洞。
そこから、声が響いた。
『……適合率……低下……』
機械音でも、人の声でもない。
混ざったような音。
「喋るのか……」
アッシュが構える。
その瞬間。
“空気が変わった”。
圧。
さっきまでとは比べ物にならない。
(ゼルの時より重い……?)
いや、違う。
質が違う。
こいつは“戦う存在”じゃない。
「リナ、絶対に下がれ」
「……はい……!」
声が震えている。
そいつが一歩踏み出す。
その瞬間――
消えた。
「っ!」
反射で動く。
横から衝撃。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられる。
今までと違う。
“痛みの質”が違う。
(今の、見えなかった)
立ち上がる。
呼吸が少し乱れる。
だが――
(やれる)
まだ終わりじゃない。
足元に意識。
『廃棄吸収』
周囲の“残骸”を取り込む。
力を整える。
そして――
『再構築』
拳を強化。
一瞬の勝負にする。
「来いよ」
アッシュが言う。
そいつは応えない。
ただ――動く。
今度は見える。
ギリギリ。
動きの“起点”が読める。
(そこだ)
踏み込む。
拳を打つ。
当たる。
だが――
「……硬い」
まるで金属。
いや、それ以上。
そいつの体が少し揺れる。
だが倒れない。
逆に――
腕が伸びる。
「っ!」
避けるが、かする。
皮膚が裂ける。
「チッ……!」
距離を取る。
(やばいな、これ)
でも――
口元が少し上がる。
(でも、勝てない相手じゃない)
見えてきている。
動きの規則。
反応の癖。
「アッシュさん……!」
リナの声。
焦り。
だが――
「大丈夫だ」
短く返す。
「見えてきた」
そいつが再び動く。
今度は正面。
速い。
だが――
もうさっきとは違う。
半歩ずらす。
軌道を読む。
拳を合わせる。
「ここだ」
全力じゃない。
“タイミングだけ”。
衝突。
そして――
ひびが入る。
「……っ!」
核の部分に。
そいつが一瞬止まる。
その瞬間。
「終わりだ」
もう一撃。
核心へ。
砕ける音。
そいつは崩れ落ちる。
静寂。
「……はぁ……」
息を吐く。
リナが駆け寄る。
「大丈夫ですか……!?」
「ああ」
だが――
違和感は消えない。
(今の、ただの魔物じゃない)
明らかに“作られたもの”。
そして奥にはまだ――
気配が残っている。
「……まだ終わってないな」
アッシュは奥を見た。
暗闇のさらに先。
そこに、“原因”がある。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は旧排水区の奥で発生していた異常個体との戦闘を描きました。
これまでの魔物とは異なり、“人工的な要素”や“意図を持った存在”を感じさせる形になっています。
単なる討伐依頼ではなく、明確に何かしらの原因が存在していることが示唆される段階に入りました。
また、戦闘面でも主人公が徐々に「観察して戦う」スタイルへ変化している点も重要な要素です。
この先は、さらに奥にある存在、そしてこの異常が生まれた理由へと踏み込んでいく展開になります。
物語としても大きな転換点に近づいていきますので、引き続き見ていただければ幸いです。




