第17話:鳴ってはいけない場所
奥に進むほど、静かになる場所がある。
音が減るのは安全だからじゃない。
むしろその逆で、“何かが音を消している”場合が多い。
見えないものは怖くない。
怖いのは、見えそうで見えないまま近づいてくるものだ。
この場所は、まだその途中にある。
「……さっきより、静かになってないか?」
アッシュは足を止めずに言った。
旧排水区のさらに奥。
水の流れはもうほとんどない。
さっきまであった“気配”も薄くなっている。
というより――消えている。
「静かすぎますね……逆に怖いです」
リナが小さく答える。
その声すら、やけに響く。
壁に吸われていくみたいだ。
「気を抜くな」
短く言う。
こういう場所は、だいたい何かある。
経験的にそれは当たる。
曲がり角を一つ抜けた時だった。
――カン。
何か金属が鳴る音。
「……今の聞こえたか?」
「はい……」
二人とも止まる。
音は一回だけじゃない。
――カン、……カン。
一定の間隔。
(規則的だな)
生き物じゃない可能性が高い。
アッシュはゆっくり前へ進む。
リナも少し距離を取ってついてくる。
角を曲がる。
そこにあったのは――
大きな空間だった。
天井は崩れているが、妙に“整っている”。
まるで、元からこういう場所だったみたいに。
そして中央。
鉄の柱のようなものが立っている。
その周りに、何かが繋がれていた。
「……これ、なんですか……」
リナの声が震える。
それは“人”に見えた。
でも違う。
体の形が途中で止まっている。
完成していない。
作りかけ。
「……やっぱりな」
アッシュは小さく呟いた。
さっきの異形と同じ“匂い”がする。
これは偶然じゃない。
その時だった。
――カン。
また音。
柱の上部が動いた。
ゆっくり。
嫌な動き方で。
「下がれ」
「はい!」
リナがすぐに距離を取る。
アッシュは前に出る。
「……来いよ」
そう言った瞬間。
柱が“割れた”。
いや、開いた。
中から何かが出てくる。
黒い塊。
人の形に近いが、まだ崩れている。
でも――さっきの個体より明らかに上だ。
(これが“元”か?)
完成形に近い。
そいつがゆっくり顔を上げる。
目がない。
でも“見ている”。
空気が一気に重くなる。
「……っ」
リナが息を呑む。
アッシュは一歩踏み込む。
その瞬間――
消えた。
「っ!」
横から衝撃。
「ぐっ……!」
肩を殴られる。
重い。
今までより一段違う。
(速い上に重いか)
面倒だな、これは。
すぐに体勢を戻す。
もう一度見る。
今度は見逃さない。
動きの“始まり”を探す。
そいつは地面に足をつけていない。
浮いてる。
いや、正確には“ずれてる”。
空間から少し外れて動いている。
(……嫌な感じだ)
また来る。
今度は正面。
拳。
受ける。
腕が痺れる。
「っ……!」
今のは普通に重い。
でも――
「効くぞ、それ」
アッシュは笑った。
次の瞬間、足元の残骸に意識を向ける。
『廃棄吸収』
一気にじゃない。
必要な分だけ。
制御する。
拳に集中。
そして――
『再構築』
形を整える。
今までより“薄く、鋭く”。
一撃用。
「……行くぞ」
踏み込む。
今度は先手。
そいつが反応する前に距離を詰める。
拳。
当たる。
だが――
「硬いな……!」
完全には入らない。
逆に押し返される。
(やっぱり普通じゃない)
その時。
そいつの腕が伸びる。
いや、伸びたように見えた。
「っ!」
避けるが、かする。
皮膚が裂ける。
「チッ……」
距離を取る。
リナが声を上げる。
「アッシュさん!」
「大丈夫だ」
短く返す。
でも――
(これ、長引くとやばいな)
相手は“学んでる”。
動きが少しずつ変わっている。
戦いながら適応している。
(厄介すぎる)
だが――
少しだけ口元が上がる。
「なら、こっちも変えるだけだろ」
今までと同じ戦い方は捨てる。
動きを減らす。
一撃に寄せる。
呼吸を整える。
相手を見る。
次の一瞬。
そいつが動く。
――その“前”に動く。
踏み込み。
「そこだ」
拳。
今までで一番深く入る。
そいつの動きが止まる。
一瞬。
その隙を逃さない。
もう一撃。
「終わりだ」
核心へ。
鈍い音。
ひびが入る。
そいつの体が揺れる。
そして――
崩れる。
音もなく。
静かに。
「……終わったか」
アッシュは息を吐く。
リナが駆け寄る。
「すごい……今の相手……」
「ああ」
視線は奥へ向いていた。
柱の中。
まだ“何か”が残っている。
壊れたものの奥。
そこには――
まだ動いている気配がある。
「……まだ奥か」
小さく呟く。
リナが不安そうに見る。
でも、アッシュは止まらない。
「行くぞ」
一歩、さらに奥へ。
この場所はまだ“途中”だ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は旧排水区の奥にあった構造物と、それに関わる異常個体との戦闘を描きました。
これまでの個体とは異なり、より“人工的な要素”が強い存在となっています。
また、単純な魔物ではなく、戦闘中に適応するような挙動も見せ始めており、この異常が単発ではないことを示す内容となっています。
物語としては、原因に少しずつ近づいていく段階に入りました。
この先は、より核心に関わる存在や仕組みへと進んでいく予定です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




