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『今宵もRed Light Barで何かが起こる』  作者: 西崎小春


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13/21

第13話 入れないし、出られないし、うるさい夜

月見橋交差点の夜は、たいてい静かに始まる。

 信号が変わる電子音、コンビニの自動ドアが吸い込む空気、遠くを走り去るタクシーの重いタイヤ音。そんな、どこにでもある街の断片が混ざり合って、この界隈特有の、湿り気を帯びた夜の空気がゆっくりと出来上がっていく。

 その交差点から一本入った細い路地に、小さな赤いランプを灯す店がある。――Red Light Bar。カウンター八席だけの、小さな店だ。

その夜、店主のタケさんは、開店してまだ四十分しか経っていないというのに、すでに顔が閉店後のそれだった。

「……今日は、もう何も起きるな。頼むから何も起きないでくれ。俺はただ、静かにグラスを愛で、氷の音に耳を傾けたいんだ」  誰に言うでもなく、祈るように呟いた。その背中には、これから始まる嵐を予感した者の悲哀が漂っている。

 右奥で神様が静かに酒を口に運ぶ。

「無理でしょうね。この気圧、この空気の粘り……今日は、理屈では説明できない何かがこの狭い空間に集結する不吉な予感がします」

「早いな、神様。まだ一時間も経ってないのに、もう予言モードか」

「諦めが肝心です。……ほら、運命が足音を立て、ドアノブに手をかけている」

すでにカウンターは、ほぼ飽和状態だった。神様、工藤ちゃん、ゴウちゃん、マウス、りょうちん、マユ姐、ミルクちゃん。タケさんを除いて七人。残された椅子は、入り口から一番近い一席のみ。  しかもミルクちゃんは、すでに一人で三人分の華やかさと五人分の騒音を撒き散らしていた。

「ねえタケさん、今日なんか暑くない? 誰か熱病の人でも混ざってるんじゃない? 私の美貌が熱を帯びすぎてるせいかしら」

「人が多いからだ。頼むからお前のそのエネルギーを自家発電に回してくれ」

「まだ七人よ? 全然余裕じゃない」

「もう七人だ。うちのキャパを、東京ドームか何かと勘違いしてないか?」

「細かいわねぇ。八席あるんだから、あと一人分は『希望の星』のために空けておきなさいよ」

マユ姐がハイボールを飲みながら、意地の悪い笑みを浮かべた。 「でもまあ、この最後の一席が、今夜の『地獄の蓋』になるわね。こういう日はさ、最後の一人がとびきり『ろくでもない厄介者』なのよ。それが世の常、バーの常よ」

 その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、ドアが勢いよく開いた。

「こんばんは。なんだ、今日はやけに密度が高いな。入り口まで熱気が漏れてたぞ」

 ヒロだった。タケさんが深い、深いため息をつき、逃避するように天井の染みを仰ぎ見た。

「ほら来た。予言的中だ。ろくでもない最後の一人が現れた」 「なんだその、バイオハザードの第一発見者を見るような目は。客だぞ、上客だ」

「お前が入ったら、これで満席だ。この店は完全に密閉され、外気との接触を絶たれるんだよ」

ヒロは店内を見渡し、ミリ単位で計算するように困った笑いを浮かべた。

「詰めればいけるだろ。大の大人が八人、寄り添えばいいだけの話だ」

「その『いける』という言葉のせいで、今まで何回この店が物理的な崩壊の危機に瀕したと思ってんだ」

 だが結局、常連たちの阿吽の呼吸により、全員が数センチずつ椅子を寄せ、グラスを持ち上げ、腹を引っ込め、どうにかヒロが座るスペースが捻出された。

「ほら、入った。奇跡のパズルね」とミルクちゃん。

「奇跡を安売りするな」とタケさん。

これで満席。正真正銘、一分の隙もない満席だ。ここで物語が終われば、まだ平和な夜だったと言えただろう。

 だが、ここはRed Light Bar。止まるわけがない。

 ドアが、抵抗するように重々しい音を立てて再び開いた。 「え、うそ。もういっぱい? 何、今日ここで誰かの引退興行でもやってるの?」

 ナツキだった。 「帰れ」とタケさんが即答する。

「ひどい! 挨拶より先に二文字の拒絶!?」

「今日は本当に、物理の法則が許さないんだよ。ほら、隙間が見えるか? どこに人間一人が入る余地がある」

 ナツキは店内を覗き込む。確かに、椅子は一つも空いていない。空いていないどころか、隣の客の体温がダイレクトに伝わる距離だ。

「じゃあ、いいです。少しだけ立ってますから。壁のシミにでもなったつもりで。私、空気になります」

「その『空気』という言い訳が、この店の二酸化炭素濃度を上げるんだよ……」

さらに、扉の隙間をこじ開けるようにメグぽよが突っ込んできた。 「やばい! 何この密度! 昭和のキャバレー? それともサウナの我慢大会?」

「面白がって入ってくるなと言ってるだろ!」

「でも好き♡ こういうカオス。私、こういう『事故現場』みたいな空気、大好物なの。ねえ、私も混ぜてよ!」

 さらにリンが、影のようにスルリと滑り込み、最後に、その場の空気を一瞬で凍りつかせるような威圧感を持って、麗子嬢が現れた。

「……バカみたい」

 赤い髪、黒いレザージャケット。麗子嬢のその一言で、カウンターに座る男たちの背筋が、軍隊の整列のように勝手に伸びた。 「バカみたいだが、これが今夜の現実だ」とタケさんが力なく答える。

「入れると思ってる?」と麗子嬢が冷たい瞳で問いかける。

「客観的に見て、一ミリの余地もない。だが、お前らも帰る気はないんだろ?」

「ええ。このバカバカしい密集劇の結末を見届けたいもの」

こうして、カウンターに座る八人。壁際に身を寄せ、立ち飲みを決め込む、ナツキ、メグぽよ、リン。そしてドアノブ付近で「物理的なデッドロック」に陥っている麗子嬢。計十二人。

 八席のバーは、今や「テトリスの最終段階」あるいは「過積載の貨物船」のような、一触即発の緊張感に包まれていた。

「現在の人口密度ですが、一平方メートルあたり約四・三六人です。これは満員電車のピーク時、あるいは極寒の地で皇帝ペンギンが中心部の熱を奪い合う密度に匹敵します」

 マウスが、スマホのライトを反射させながら眼鏡をクイと押し上げた。

「ペンギンの例えはやめろ!! 暑苦しさが倍増する!」とゴウちゃんが叫ぶ。

「しかし、興味深いデータがあります」マウスは不敵に微笑んだ。「心理学的には『パーソナルスペースの消失』により、不本意ながらも恋愛感情が成立しやすい距離ではあります。つまり、嫌いな奴でも隣にいるだけで『これは運命かも』と脳がバグを起こす確率が、通常時の八・五倍に跳ね上がっています」

「お前、ほんと今日だけは黙ってて!!」とマユ姐が、紫煙をこれでもかとマウスに吹きかけた。

「じゃあさ、じゃあさ」とメグぽよが、隣のナツキを押し退けるように身を乗り出した。

「この、バグりやすい状況の中で、一番モテるのって誰? ここで白黒つけようよ!」

 その不用意な一言で、店内は一気に

「自称・モテ男、モテ女」たちの戦場と化した。

「俺に決まってるだろ。この筋肉、この野生味。女は最後には本能に抗えないんだよ」とゴウちゃん。

「昭和ね。化石どころか、もはや石油になりかけてるわよ」とリンが冷ややかに一蹴する。

「モテるのは、余裕のある男だ。ガツガツと獲物を追うのは二流のすること。真の一流は、ただそこに座り、向こうから来るのを待つ。ヒロ、お前なら分かるだろ?」と神様。

「まあな。欲しがってない奴にこそ、チャンスは巡ってくる。選ぶ権利はこちらにあるんだ」とヒロがウイスキーを転がす。

「出た出た。ヒロのその『僕は選ぶ立場です』っていう傲慢な顔。それが一番鼻につくのよね。女はそういうの、三キロ先からでも見抜くわよ」とメグぽよ。

「本当のモテとは、語らないことだ。背中で語り、哀愁で誘い、振り返らずに去る。ハードボイルドの基本だ」と工藤ちゃん。

「工藤ちゃん、その『哀愁』って、ただの『支払いに困ってるサラリーマンの絶望』にしか見えないわよ。あるいは、終電を逃して駅のシャッターの前で呆然としてる人ね」とミルクちゃんが鋭利なツッコミを浴びせる。

「いいだろう、見せてやる」

 工藤ちゃんは立ち上がろうとした。しかし、立てない。右をゴウちゃん、左をマウスに挟まれ、背後にはナツキとリンが壁となってそびえ立っている。

「……出られない。物理的に、哀愁を見せに行く隙間がない」  店内に爆笑が渦巻いた。

「背中を見せる前に、脱出作戦で挫折してんじゃないわよ!」とミルクちゃん。

それでも工藤ちゃんは、不自然な横歩き――まるでカニか、あるいは機動隊の盾の動きのような奇妙なステップで、カウンター外へ出ようと試みた。

 りょうちんの膝を強打し、ナツキのバッグを床に叩き落とし、メグぽよのピンヒールを踏みつけ、マユ姐の灰皿を揺らした。 「……どうだ。これが、男の背中だ」

 ようやくカウンターの端へ辿り着いた工藤ちゃんが、全員に背を向けてポーズを決める。

「……うん。雨の中、捨てられた子犬を探してるけど、自分も傘を忘れて途方に暮れてるおじさんね」

 リンの無慈悲な一言に、店内は再び爆笑の渦に飲み込まれた。 「哀愁じゃなくて、ただの不審者なのよ!」とマユ姐。

ここでマウスが、眼鏡の奥の目をギラつかせ、我慢の限界といった顔で口を開いた。

「皆さん、感覚で話しすぎです。モテには科学的な式があります。好感度Hは、清潔感S、会話力C、余裕Y、刺激Kの掛け算です。H=S×C×Y×K。一つでもゼロがあれば、結果はゼロ。足し算でごまかせると思ったら大間違いです。恋愛は加点方式ではなく、減点方式の極北なのです」

「掛け算なの!? 一回スベったら終わりってこと!? 厳しすぎるわよ!」とりょうちんが震える。

「例えばゴウさん。あなたの清潔感Sは平均値ですが、会話力Cがマイナス、つまり『騒音』の領域に達しています。式に代入するまでもなく、解は不能です」

「喧嘩売ってんのか! 計算式から俺の存在を抹消するな!」

「神様は余裕Yがカンストしています。しかし、親しみやすさFという重要な係数が著しく欠落している。高嶺の花を通り越して、ただの『触れてはいけない彫像』です」

「勝手にパラメーターをいじらないでいただけますか」と神様も苦笑する。

「工藤ちゃんは……全体的に不安定です。環境の変化によって係数が激しく暴れる。予測不能なノイズの塊です」

「不安定って何だよ! 俺の人生そのものじゃないか!」

そんな爆笑と罵声が入り乱れる中、店のドアの向こう側に、男女二人の影が止まった。

 一瞬にして、店内の騒ぎが消える。

「ここ、なんか隠れ家っぽくて良さそうじゃない?」という男の声。

 ドアが、ほんの数センチだけ、探るように開く。

 中を覗き込んだ男。彼の視界に入ったのは、変なポーズで固まる工藤ちゃん、黒板に式を書くような手つきのマウス、そして、一ミリも動けない十二人の密集死体のような光景。

 男は、目にも止まらぬ速さでドアを閉めた。

「……無理だ。ここは異次元だ」

 足音が、全速力で遠ざかる。

「正しい!! 現代科学における最も正しいリスクヘッジだ!」とタケさんが腹を抱えて笑い転げる。

しかし、その笑いが静まりかけた時。

 ゴウちゃんが、突然石像のように固まり、真顔で、かつ絞り出すような声で言った。

「……タケさん。……一大事だ」

「何だよ。また『ダンディー選手権』の続きか? 勘弁してくれよ」

「……違う。もっと切実な、人類の生存に関わる問題だ。

……トイレ、行きたい」

 店内が、一瞬にして氷河期のような静寂に包まれた。

「……は?」とマゆ姐。

「さっきから、マウスのクソ長い数式を聞き流しながら、精神統一で耐えていたんだが……もう、ダムの堤防に亀裂が入った。俺の『尊厳』が、物理的に漏洩する一歩手前だ。誰か、道を、道を開けてくれ!」

「なんで今なんだよ!! お前の尊厳のために、この精密なテトリスを崩せっていうのか!」

全員が店内を見回す。通路は壁際の女性客四人と、通路中央で哀愁を演じている工藤ちゃんによって完全に封鎖されている。

「解決策を算出します! ナツキさん、右へ十五・五センチスライド! メグさん、骨格を無視して半歩後退! リンさんは……もう壁の隙間に埋まってください。麗子嬢はドアノブを掴んだまま、遠心力を利用して外へ半身出してください。これで……ゴウさんが斜め四十五度の角度で、ミリ単位の隙間をすり抜ける『奇跡の回廊』が……」

「計算ミスだ、マウス。ゴウちゃんの肩幅は、その回廊を通れば壁を破壊する」とヒロが冷徹に告げる。

「俺が行く。……皆、身体を預けろ。俺という軸を中心に、流れを作るんだ。これは探偵・工藤が解くべき、今夜最大の『密室・失禁・脱出事件』だ」

 工藤ちゃんが、なぜか特殊部隊のコマンダーのような顔で、帽子を深くかぶり直した。

「やりなさい工藤ちゃん! ここがあんたの、今世紀最大の晴れ舞台よ! ゴウちゃんの尊厳を守れるのは、あんたのその無駄な動きだけよ!」  ミルクちゃんの煽りに乗り、前代未聞の「ゴウちゃん脱出大作戦」が幕を開けた。

ナツキがバッグを頭上に掲げ、メグぽよがアクロバティックに身をねじり、リンが壁に同化し、麗子嬢がドアを全開にして外の冷気を取り込みながら身をかわす。神様が椅子を限界まで引き、マゆ姐が自分のハイボールをこぼさないよう頭上に避難させる。

「今だ! いけぇぇぇぇ!! ゴウ、全速力で駆け抜けろ!! 立ち止まれば終わりだぞ!!」

 ゴウちゃんが、ラグビーの突撃モールを突き抜けるような凄まじい勢いで、人ごみをかき分け前進した。

「痛い! 足踏んだ!」

「すまねえ、命がかかってるんだ!」

「俺のスマホが、マウスのスマホが飛んだ!」

「スマホより尿意だ! 押し通るぞ!」

 誰かの膝を蹴り、足を踏み、マウスの最新スマホを床に叩き落とし、工藤ちゃんの帽子を宙に舞わせ――。

「……出たぁぁぁぁぁ!!」

 店の外へ、まるで脱皮したてのセミのように転がり出したゴウちゃん。店内からは、ワールドカップで歴史的な逆転ゴールが決まったかのような、地鳴りのような大歓声が上がった。

「やった!!」

「人類の勝利だ!!」

「尊厳は、首の皮一枚でつながったぞ!!」

「早く行け、一秒を争う戦いだ!!」

ゴウちゃんが生還するまでの間、店内には、何とも言えない奇妙な達成感と、無駄に熱い一体感が漂っていた。先ほどまで罵り合っていた者たちが、今は同じ目的を果たした戦友のような顔で肩を寄せ合っている。

「……たった一人のトイレのために、これだけの人間が本気になる。……なんか、いいですね、こういうの。都会の孤独が溶けていく気がします」とナツキが涙を拭いながら笑う。

「無駄なことに、全力で、かつ死に物狂いで本気になれるのが、大人の特権であり、この店の救いようのないごうかもしれませんね」と神様が、静かに空になった杯を置いた。

その時。

 先ほど「無理だ」と顔を青くして去っていったカップルの、彼女の方が、なぜか一人でドアを押し開けて戻ってきた。

「あの……すみません。入れないのは重々分かってるんですけど。どうしても一言だけ」

 店内が、水を打ったように静まり返る。

「どうした、セクシー。忘れ物か?」とタケさん。

「いえ……さっきの人と、そこでお別れしてきました。この店の中を覗き込んで、皆さんのあの……狂気じみた、あ、失礼。あの熱量溢れる光景を見た瞬間、『あ、私、この人と無理してデートを続ける意味、一ミリもないわ』って、憑き物が落ちたみたいに思っちゃって」

 店内に、今日一番の、深く、そして優しい沈黙が訪れた。 「……なんでうちの店を見ると、そんなに悟りが開けるんだよ」 「だって……皆さんが、あんなに必死に……ええと、トイレの問題ですよね? あのあまりにも低俗で、あまりにも切実な問題に全力で取り組んでいるのを見て、自分の『嫌われないように取り繕う悩み』がバカバカしくなっちゃったんです。私、もっと、ちゃんと自分を曝け出して、笑える場所に行きたいなって。

……ありがとうございました。今日は入れないけど、次は一人で、あるいはもっと、一緒にトイレの道を切り拓けるような人と来ます」

 彼女は、今夜の誰よりも清々しく、美しい笑顔を残して去っていった。  

 彼女が去った後、ヒロがポツリと、噛み締めるように言った。 「……なんか、俺たち、とんでもなくいい仕事したんじゃないか?」

「お前らはただ、トイレに行く道を塞いで、それをこじ開けただけだ。勘違いするな」とタケさんが苦笑しながら突っ込む。

数分後、賢者のような、あるいは全ての迷いを断ち切った解脱者のような顔で戻ってきたゴウちゃんは、再び全員の隙間を縫って、元の座席に奇跡的に収まった。そして、おもむろに胸を張り、全世界に向けて宣言した。

「分かったぞ。真にモテる男、真にダンディーな男とは……自分の尿意に正直に、かつ、ちゃんとトイレに行ける男だ。これこそが自立した人間の証明だ」

 一瞬の、宇宙的な静寂。

「「「「「最低の結論だわ!!」」」」」

 店内に、今夜一番の、そして最大音量の総ツッコミが響き渡った。

「全部それで持っていこうとするな、この筋肉ダルマ!」とマゆ姐。

「恋愛の神聖な定義を、一気に下水まで引きずり落としたわね!」とミルクちゃん。

タケさんは最後のグラスを棚に戻し、店内の、もはや一つの巨大な生命体のようになった常連たちを見渡した。

「……今夜の結論だ。うちは、入れない時は絶対に入れない。だが、一度入ったら、二度と出られない時もある。……それだけは、明日になっても忘れるなよ」

「バーのキャッチコピーとしては、世界で一番不吉だけどね」とマゆ姐が笑った。

「事件だ。そして、鮮やかに解決された」と工藤ちゃんが、どこか誇らしげに言った。

「「「「「お前は何もしてない!!」」」」」

月見橋の夜は、相変わらず静かだった。

 信号の電子音も、遠くのタクシーのタイヤ音も、何も変わらない。けれど、この小さな赤いランプの下だけは、不器用にしか生きられない大人たちが、物理的に肩を寄せ合い、酸素を分け合い、無駄なことに本気で笑い飛ばすことで、明日を生きるための小さな、けれど消えない火を灯している。

 酒を飲む場所というより、人生の「不器用さ」を肯定し合うための、世界で一番狭くて、世界で一番温かいシェルター。

 それが、Red Light Barだった。

そして今夜もまた、Red Light Bar で何かが起こっていた。


――この店の夜は、まだ終わらない。

(続きは22時)

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