第35話 「本気の魔族と私」
――来る。
そう思った瞬間、私はもう踏み込んでいた。
縮地。
床を蹴った感覚すら消え、視界が一気に詰まる。
間合いゼロ。
「――飛燕一文字・三段!」
一段目。
踵が、魔族の顎を正確に捉える――はずだった。
ガンッ
鈍い音。
衝撃が、私の足に逆流する。
「……っ!?」
二段目。
空中で身体を捻り、側頭部へ。
ズン
まるで、鉄塊を蹴った感触。
三段目。
渾身。
魔力も乗せて、腹部へ叩き込む。
――だが。
「……終わりか?」
魔族は、動いていなかった。
一歩も。
衣服すら、揺れていない。
「な……」
足が、震えた。
今のは、手加減なしだ。
私の“決め技”。
それが――
全部、無効化された。
魔族が、ゆっくりと笑う。
「今のが全力か? なら――失望だな」
次の瞬間。
視界が、消えた。
黒い残像。
気づいた時には、左肩が軽かった。
「……あ、れ?」
自分の左腕が、くるくると宙を舞っているのが見えた。
どさり。
地面に落ちる音。
一拍遅れて。
――痛み。
「――――ッ!!」
喉が裂けるほど叫んだつもりだったが、声にならない。
切断面から血が噴き出す。
熱い。
焼けるように熱いのに、全身が寒い。
膝が笑う。
立っていられない。
魔族は、もう私を見ていない。
視線の先。
蒼白な顔で立ち尽くす――王子。
(……あ、これ)
(殿下、殺される)
王子と目が合った。
何か言おうとして、口を開いて。
でも、声が出ない。
守られる側の人間の顔だ。
私は、血まみれで笑った。
「殿下……下がって……」
情けないほど、震えた声。
それでも、前に出た。
魔族の前へ。
ずぶり。
腹に、異物感。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
次の瞬間、肺の奥が焼けた。
「……が……っ」
魔族の腕が、私の腹を貫いていた。
背中まで、完全に。
「弱いな」
引き抜かれる。
内臓が、引きずられる感覚。
「げふっ……!」
口から血が溢れ、床に落ちる。
息が、出来ない。
吸っても、吸っても足りない。
視界が暗くなる。
それでも。
魔族が、王子へ歩き出した。
だから。
残った右腕で、首にしがみついた。
羽交い締め。
全体重を預ける。
「離せ」
「……離さ……ない……」
腹の傷が裂ける。
「が……っ!!」
血を吐く。
視界が揺れる。
意識が剥がれ落ちそうになる。
後ろで、光が集まる。
ユリアンの声。
「セ、セイラ様……! その距離で大魔法を撃てば……!」
分かってる。
撃てば、私も死ぬ。
魔族が嗤う。
「良い選択だ。撃てば、こいつも終わりだ」
王子の叫び。
「やめろ!! セイラを離せ!!」
でも、誰も動けない。
私は、かろうじて笑った。
「ユリアン……信じてる……」
涙で歪んだユリアンの顔。
「……撃てません……!」
力が、抜ける。
腕がずり落ちる。
(……あ、限界)
魔族が、私を振りほどこうとした。
その瞬間。
「きさまァァァァァァ!!」
光が、世界を覆った。




