第17場 ミゲルの想い
教会に見立てた大道寺の本堂にはミゲルが一人、箱をイス代わりにし、座っていた。
障子から月の光が差し込んで、ミゲルの金髪を光らせる。
ミゲルは変わった形の楽器を抱え、軽やかだが、どこか物悲しい曲を奏でている。その姿があまりに神々しく、千鶴は声をかける事が出来なかった。 ミゲルが小さな声で歌う。 もう少し間近で見ようと歩みを進めた時、物音に気がついてミゲルが顔をあげた。
「美しい、音色ですね。」
「千鶴殿」
「ミゲル様の国の音楽ですか?」
「えぇ。」
「歌われていましたか?どの様な歌なのですか?」
「故郷を思う歌です。」 さみしげにミゲルが答える。
「いやでなければ…もう一度歌って欲しい」
千鶴がお願いをする。
「ポルトガル語ゆえ、千鶴殿にはお分かりいただけませんから、私が日本語をつけた方をお聞き下さい。」
そう言ってミゲルはリュートを 抱えた。
「変わった形…。ひょうたんのような琵琶の様な。」
「ひょうたんではございません。
『リュート』と言う楽器です。
この弦を弾いて音を出します。押さえている所がどこかで音が変わります。」
そして …ポロン。
ミゲルが歌い始める。
遠く遠く離れた土地で 空にかかる月を見ている
愛しい者達は、今どうしているか
同じ月を見上げているか
同じ月を見上げているか
忘れた事はない
忘れるはずがない
愛しい人
いつの日か、また
2人一緒に 月を見上げよう…
どうしてだろう。この歌を聴くと 胸がしめつけられるような ミゲル様が、消えてなくなってしまうような そんな気がして…
千鶴はじっとミゲルを 見つめている。
千鶴の視線に同じように胸が苦しくなる ミゲル。
ふと、視線から逃れるように窓の外を見ると
あたり一面が 真っ白になっていた。
「ネヴェ!」驚いたようにミゲルが言う。
「ねべ?」
「ポルトガルの言葉で、雪です。」
「初雪…通りで寒いと思った。」
「出てみますか?」
ミゲルを見ながら笑顔で言う。
「えぇ。」
2人は庭に出て空から降ってくる雪を眺めたり
積もった雪を触ったりした。
「ひやっ!」
「ヒヤ…?」
山口の言葉で「冷たい、です。」
そう言って、千鶴は自分の赤くなった指先に
はあ〜っと息を吹きかける。
ミゲルがその手を握り「ひやっ」 と言い、
千鶴の小さな手を自分の口元まで 持っていき、
息を吹きかける。
突然の事に驚く千鶴。
千鶴を見つめるミゲル。
ミゲルは急に千鶴を 抱きしめた。
「千鶴…私は、私は…」
「…え?」
慌てて千鶴を離す。
2人はしばらく見つめ合い、
千鶴が視線をそらした。
「…寒くなりましたね。温かいお茶など入れて参ります。」
雪の中駆け出す千鶴。
「私は、一体どうしたの?早鐘のように心の臓がなる。ミゲル様に抱きしめられた時、 ちっとも嫌じゃなかった。それにしても ミゲル様、
あなたの顔は泣き出しそうだった。何故?」
ミゲルは走り去った千鶴を追いかける事が出来なかった。
「…神よ」小さく呟く。
「私は…もうすぐ帰国しなければならない。
急に帰国せよとの命令が下りた。
この気持ちを押さえて何も言うつもりはなかった…
だが、千鶴殿の姿を見て 自分を押さえる事が出来なかった。」
パキッ、木を踏んだ音がした。
後ろを振り向くとアンジロウが立っていた。
「ミゲル…本気であの娘を…?」
ミゲルは何も答えなかった。




