第16場 準備
クリスマスミサを開催を決めたトーレス神父は、許可を頂く書状を義長に提出した。
その返事が来たと言う事で、3人で清孝の屋敷に赴いた。
「これはトーレス殿、久方ぶりじゃの。
早速だが殿、大内義長殿の返事は…」
一同緊張の面持ちで続きを待った。
「可、じゃ」「カ?」
トーレス神父とミゲルは顔を、見合わす。
アンジロウが答える
「許可する、とさ。」ほっとする2人。
「義長様は、キリシタンにも寛容じゃ。
先の戦では、この山口でも多くの罪なき者が死んでいった…。
また度重なる戦で民も疲れ切っている。
珍しい南蛮の祈りの儀式をみて、皆の心を癒やしたい、とのお考えじゃ。」
「ありがたい事。たくさんの魂に届くうに祈りを
捧げたいと思います。」
トーレス神父が頭を下げ感謝する。
「千鶴、茶を持て。」襖が開き、千鶴がお茶を持って入ってきた。
「何か、変だな。今日はやけにしおらしい…」
清孝はからかい気味に言う。
「父上!…わたくしは何も、変わりませぬ。」
「何も、いうちょらん。」
「ところでそのくりすますと言う祈りの儀式だが、皆に触れを出さねばならんの。どう言う案内がいいものか…」
頭をひねる清孝。
「イエス様がお生まれになったことを祝い、神の愛と赦しを思い起こす日です。」
ミゲルが静かに言う。
「赦し…なるほど皆、それは行かねばならぬの。」
ちらと千鶴を見ながら腕を組み清孝が言う。
「わしも密かに千鶴の隠していた南蛮の金平糖とか言う砂糖菓子を食べてしまったから、許しを請いに行かねばな」
「父上?!私が大事にしていた、お菓子を食べたのですか?…イエス様が許しても、私は断じて許しませぬ。」
場は親子のやり取りに、大笑いになった。
「準備が大変なのではないか?」清孝が聞く。
「そうですね。蝋燭や燭台、大きめの十字架と…」アンジロウが答える。
「後は木ですか。」
「木?!」
「薪でもいるのか?」と千鶴が言う。
アンジロウが続ける。
「ポルトガルではクリスマスツリーと言ってモミの木にいろいろな飾りを施すのです。
イエス様がお生まれになった時、ベツレヘムの丘の木の上に星が輝いた、と言う伝説を表しているとか。」
「準備が大変そうじゃな。千鶴、お前もクリスマスミサが万事問題なく出来るように手伝いをするように。」
「てごをお願いします。」ミゲルが言う。
「随分山口弁が上手になったなあ。」
アンジロウがからかい気味に言う。
トーレス神父が千鶴に向かって言う。
「ミゲルとクリスマスミサの準備をお願いします。」
2人なんとなく気まずげに、顔を見合わせた。
その日からクリスマスミサの準備が始まった。
トーレス神父とアンジロウは町の辻に立ち
キリスト教の教えを説き、クリスマスミサの話をした。
元々山口は文化の栄えていた町だった為、多くの民がこの新しい神の教えに耳を傾けた。
特に「神は身分に関係なく、すべての人を愛してくださる。」「神は悔い改める者を赦してくださる。」と言う考え方は、度重なる戦や増税に苦しんでいた民に一筋の光をもたらした。
「聞いたか。南蛮からきた、トーレスっちゅうバテレンがお説教をするらしい。」
「南蛮の説教など聞いてわかろうかい?」
「いけば、全ての罪が許してもらえるんて」
「そりゃ、いつじゃ」
「12月25日の夜から、大道寺であるんて」
民の口端にクリスマスミサの話が出るようになった。
一方ミゲルと千鶴は、片付けに追われていた。
お寺の本堂を教会に見立てる為、元々あったお道具をあちこちに直さなければならなかった。
千鶴が物を動かそうとすると、ミゲルが飛んで来て、持って行く。
「…ミゲル様、これでは私は何も出来ませぬが、」
クスクス笑いながら千鶴が言う。
「あなたは座って言ってくれたら私が動きます。」
「…それでは。」千鶴が奥に消えた。
しばらくして、懐かしい香りに包まれ千鶴が
湯呑を持ってやって来た。
「これは…」
「こおひい、と言うのでしょう。ポルトガルの
飲み物とか。」
「ああ…懐かしい。この香り。」
「故郷を思い出して頂きたくて、南蛮品を売る商人から取り寄せたのですが。」
「千鶴殿…」
「入れ方が良く分からなくて。これは溶けぬのですね。茶葉のようにこすのかと思いやって見たのですが上手くいきましたでしょうか?」
湯呑を2人でのぞき込み
「この様に真っ黒い飲み物、初めてみました。」
顔を上げたら、思いのほか相手が近くにいて
思わず仰け反った2人。
「…久しぶりに飲みました。美味しい」
千鶴を見て笑顔になるミゲル。
「ですが私は、それ以上に千鶴殿の気持ちが嬉しいです。」
「ミゲル様…」
「千鶴殿も、飲んで見ませんか?」ミゲルに言われて恐る恐る口に含む千鶴。
「にがっ!」
千鶴の反応が面白く、思わず笑うミゲルであった。




