第10場 隆房 決起
大道寺には、懐かしい顔が戻って来ていた。
「ザビエル様はしばらく豊後国で活動し、一足先にゴアに戻る事になったのだ。」
アンジロウが説明する。
「ミゲルは引き続きトーレス神父様の護衛として、周防の国に残れとの事だ。私もしばらくはここにいる事になった。トーレス神父の補佐役として」アンジロウはザビエルからの伝言を伝える。
そこへ千鶴がやって来た。
「アンジロウ殿、戻ってこられたと聞いて…。ご無事で何よりです。」
「ありがとうございます。千鶴殿の元気なお顔を見たら、周防の国に帰って来たと実感しますな。」
アンジロウが千鶴に向かって言う。
「なんですか、それは。私もいつもかつも元気とは限りません。憂う事もございます!」
わざとふくれっ面をしながら千鶴が答える。
和やかな空気が流れる。
「あっ、そうです。執務中の父上に忘れ物を届けに行かねば。」思い出したように千鶴が言う。
「私共も義隆殿にご挨拶があってちょうど行く所でした。」
「では参りましょう。」
館までの道中、町の民達が話かけてくる。
「トーレス神父様、またお話聞かせてください。」
「これ、持って行って。うちの畑で採れたから新鮮っちゃ」と野菜を差し出す。
「ミゲル!また遊ぼう!」小さな子供がミゲルの手を取る。
「いつの間にか、皆さんとすっかり仲良しになったのですね。」微笑ましく見ていた千鶴がミゲルを見て言う。
「ここの人達は皆やさしい人達。子供達とは虫取りをしました。川に泳ぎにも…。仲良く慣れて良かった。」笑顔で答えるミゲル。
「またポルトガルの言葉おしえてね。」走り去って行く子供達。
「ちゃおぅ」子供達は手を振る
「チャオゥ」ミゲルが手を上げ応える。
「ちゃお…?」笑いながらミゲルが答える。
「ポルトガル語でサヨナラ、またねの意味です。」談笑しながら歩いていた4人。
もうすぐ大内氏館が見えて来る。
角を曲がったその時。
馬のいななきと悲鳴、怒号が聞こえた。
逃げ惑う公家の者。
市中の民達。
…そこはさながら戦場だった。
「これは、一体?」
「敵国に攻め入られたのか?…はっ父上は!」
駆け出そうとする千鶴に
「ダメだ!」ミゲルが言う。「状況も分からないのに飛び込んで行くのは危ない!」
逃げ惑う人々の中に見知った顔があった。
父の家臣の斎藤だった。斎藤は腕から血を流していた。千鶴は駆けつけ襦袢を裂き止血した。
ミゲルは動けなかった。
トーレス神父が脇を抱えひとまず誰もいない所へ連れて行った。
「千鶴様」斎藤は自分の刀を千鶴に渡す。
「…一体何が?」千鶴が斎藤に尋ねる。
「…わかりません。毛利や尼子でない事は確かです。もしや…」
その時、ひときわ大きな悲鳴が上がった。
見れば先程の子供が逃げ惑い、明らかに頭に血が昇った武士に刀で斬りつけられそうになっている。
「危ない!」ミゲルが子供を抱える。
「千鶴様!」斎藤の声。
千鶴に向かって刀を構えた武士が近づいて行く。
ミゲルは剣に手をかけた…抜けない。
手が震える。
あの日の砂煙。少年の悲鳴。血に染まる水がめ。
「ミゲル!腰抜け!その腰にあるものは刀ではないのか?!」千鶴の怒号が飛ぶ。
倒れた武士から刀を抜き取り、応戦していた
アンジロウが言う。
「ミゲル!愛する者を守る為、刀を取る事も必要だ!」
ミゲルは目を閉じた。
「私は…もう逃げない。愛する者を守る!」
ギィー…剣が鞘から離れた。
ケガをした斎藤とトーレス神父、子供を守りながら何とか血路を開いた3人は、肩で息をしながら
門に向かった。
「太郎」
「かあちゃん」子供を探しにきた母親だった。
親子は涙を流して抱き合った。
「一体何があったのです?」アンジロウが尋ねる。
「詳しくはわかりませんが、陶 隆房様が謀反を起こされた…と聞きました。」母親が答える。
「何?隆房殿が謀反を…」アンジロウと千鶴は顔を見合わせた。
「神父様、皆様こちらが安全です。」
母親の案内で安全な小屋に隠れる。
「私は、父上の様子を見て参ります!」
「行くな、と言っても無理でしょうね。」
ため息をつきながらアンジロウは言った。
「…ミゲル一緒に行ってくれ。」
「はい。」強い瞳でミゲルは答える。
「大丈夫だな?」
「大丈夫です!剣も抜けぬ腰抜けより私の方がよっぽど…」千鶴は言いながらミゲルを見る。
ミゲルの瞳に哀しみが宿っているのを見て千鶴は言葉を止めた。
「…さあ行きましょう」
ちょうど門を開けた所で、目の前に隆房がいた。
「隆房…様」刀を構えたまま千鶴は言う。
「一体…何故?」
陶隆房は言う
「殿は変わられた。
この周防の国は、殿に任せていたらいずれ滅びる。戦国の時代にあって戦わず文化に励むなど狂気の沙汰。まずは国あってこそ。
殿には何度もご進言したが…聞き入れてはくださらなかった。ならば!私がやるしかない。
国を思うてこそ
…そう決意し、決起したのだ。」
そう答える隆房はどこか哀しそうだった。
「そなた達は敵ではない。
気をつけて館から逃げよ。…千鶴殿、父上は
館から出られ屋敷に向かわれた。」
そう言い残し、刀を手に駆けてゆく隆房
「国を思うてこそ…」千鶴は呟く
その時、隆房の家来が切りかかって来た。
大きく振り被った刀が千鶴を切ろうとしたその時、ミゲルが身を挺して千鶴を助ける
左腕を切られながら、千鶴を後ろに隠す
ミゲルの剣が振り下ろされた。
何とか館から逃げ出し屋敷に戻る事が出来た2人
父 清孝、トーレス神父、アンジロウとも再会し
共に生きている事を喜びあった。
ミゲルの傷の手当てをしながら
千鶴は言う
「どうして、かばった?」
「あなたが傷つくのをみたくなかった。」
「…ありがとう」小さく呟く千鶴であった。
差し出された手を握り返す。
胸の鼓動だけは、どうしても静まらなかった。




