……もしかして、これってデート!?!?! 1
「うわっ! また死んだ……」
「だ、だから……あんまり一人で前に出ちゃダメ……」
ヘッドホン越しに鈴蘭の悔しそうな声が聞こえてくる。
……まあ、もう慣れてしまったけれど。
夜の九時半。
私と鈴蘭は、かれこれ二時間もゲームを続けていた。
――どうして私は、放課後に家へ帰ってからまで彼女と関わっているんだろう。
「なんで白上さんは全然死なないの? すごい!」
鈴蘭のキャラクターが死ぬたびに、視点はすぐに私のキャラクターへと切り替わる。
そして私の操作を眺めながら、いちいち感嘆の声を上げるのだ。
「わっ! 全部避けた! なにそれ、やばすぎ! 白上さんってロボット?」
誰かに褒められることに慣れていないせいか、今日の私は普段より少しだけ動きが悪かった。
とはいえ、相手のレベルは普段よりずっと低い。
鈴蘭と一緒に遊ぶくらいなら、まあ問題なく対応できる。
緊張していることに加えて、操作にも集中しなければならない。
そのせいで、私はほとんど鈴蘭と会話をしていなかった。
ただひたすらゲームをする。作業みたいなもんだ
一方の鈴蘭は、学校にいるときと変わらない。
勝手に喋り続けて、私が上手く動けば褒め、死ねば悔しがり、時々こちらに質問してくる。
……私はちゃんと答えられていた……よね?
「なんで私のスキル、全然当たらないんだろ……」
一試合が終わったところで、鈴蘭が少し落ち込んだ声を漏らした。
「相手が……回避するのを……諦めた瞬間に……スキルを使えば……いいと思う」
あまり難しいことを言っても鈴蘭には分からないかもしれない。
そう思って、できるだけ簡単に説明する。
すると私たちは、まるで示し合わせたかのように、さっきまで忙しく動かしていた手を止めた。
いつもなら、試合が終わった瞬間には当たり前のように「もう一回」を押している。
それなのに今日は、何となくお互いの考えていることを察したように、少しだけ休憩することにした。
「へえ~。言うのは簡単だね。白上さんって、いつからゲームやってるの?」
「しょ……小学生の頃から……」
「小学生!? 小学生って、普通は外で太陽の光を浴びながら遊ぶ年頃じゃないの!?」
……毎日家に引きこもって本当にすみません。
「じゃあ私も小学生の頃からゲームしてたら、白上さんみたいになれたのかな~」
そんな調子で、私たちはぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
やがて鈴蘭がふぁ、と欠伸をした。
それを合図に、今日のゲームはお開きになった。
通話を切る。
静かになった部屋で、私は一人、ぼんやりとパソコンの画面を眺めていた。
そして、今日一日の出来事を思い返す。
……まあ、いいか。
寝よう。
考えることを諦め、私はそのままベッドへ潜り込んだ。
もうこんな時間だ。
明日は学校もある。
残りのことは――明日の私に任せよう!
――――――――――
……なんて、眠れるわけがなかった。
学校へ向かう道を歩く。
あと五分ほどで学校に着くところまで来ていた。
身体がやたらと重い。
朝、歯を磨きながら鏡を見たときには、自分でも引くくらい目の下にクマができてる。
昨日はベッドに入ってからずっと、学校で起きたことや、一緒にゲームをしていたときの自分の言動を思い返していた。
私……変じゃなかったよね?
キモいとか、思われてないよね?
そもそも、クラスメイトとあんなに長く話したのって、いつ以来だろう。
それに……。
今日も、彼女に会わなきゃいけない。
……気まずい。
もう、今日は休んで家に帰ろうかな。
よし、帰ろう!
「おっはよー!」
「ひゃっ!?」
突然、背後から肩を叩かれた。
「おー、白上さん、おはよ~」
「鈴蘭。白上さんの迷惑になるから、やめなさい」
鈴蘭がいつものメンバーを引き連れて現れた。
「え? みんないつの間に白上さんとそんなに仲良くなったの?」
「昨日知り合った! もう親友だよ~」
藍沢さんが、私の知らない情報を突然口にした。
「いいな~。私も白上さんと仲良しになりたい!」
......この人もなんで精神年齢がこんなに低いんだろう?
「もう、二人とも。あんまりこの子に絡んじゃダメでしょ。ごめんね、白上さん」
「だ、大丈夫……。私、先に行くね……」
そう言うと、私は足を速めて学校へ向かった。
朝っぱらから、こんなに体力を使うようなコミュニケーションなんて無理だ!
後ろから鈴蘭が何か呼びかけている。
けれど、それを無視して、私はほとんど走るような勢いで学校へ向かった。
教室に着いて、自分の席に座る。
もう他に何かをする気力なんて残っていなかった。
鞄から本を適当に取り出して床へ放り投げ、そのまま机に突っ伏す。
「もう……誰とも喋りたくない……」
一人でぼそぼそと呟く。
呼吸を整えると、スマホを取り出した。
別に何かするつもりなんてない。
ただ、スマホを眺めて「今は話しかけないでくれ」という空気を作るためだ。
……まあ、そもそも誰も話しかけてこないのだけど。
その後、教室へ入ってきた鈴蘭たちも、今日は私のところへ来ることはなかった。
自分たちの席へ戻り、楽しそうに雑談を続ける。
そして、そのまま一時間目が始まった。
放課後。
チャイムが鳴った瞬間、私は鞄を掴んで教室の外へ向かった。
部活にも入っていない。
放課後に予定もない。
昔から、時間になったら一秒でも早く家へ帰る。
それが私だ。
今日の鈴蘭は珍しく大人しかった。
私のところへ来なかったことに少し驚いたけれど、すぐに納得する。
そりゃそうだ。
あんな人気者が、いつまでも私なんかと話したがるわけがない。
自分の価値ってものを考えないといけないのだから。
家に着くと、そのまま自分の部屋へ直行。
鞄を置き、慣れた手つきでパソコンを起動する。
ゲームを立ち上げ、ヘッドホンを装着。
さあ、私の完璧なゲームライフの始まりだ。
今日は誰にも邪魔されない。
「ピコン!」
……と思った瞬間、ゲーム内にメッセージが届いた。
『遊ぶ?』
――SUZUKA0427
…………助けて。
無視するべきだろうか。
でも、それはさすがに失礼だ。
今日は珍しく寄り道もせず、早めに帰ってこられたんだ。
絶対に一人の時間を満喫してやる。
よし。
ここは礼儀正しく断ろう。
「やっぱり上手い人と一緒にやると、上達するの早いね!」
……私は、絶対に馬鹿だ。
断る理由を考えているうちに、鈴蘭からパーティーへの招待が飛んできた。
もしかして私って――嘘つくのが、ものすごく下手なのでは?
「そういえば白上さんって、成績どうなの?」
……なんで急に喧嘩を売ってくるんだろう。
もしかして、喧嘩したいの?
「ふ……普通、かな……」
まだ鈴蘭と話すことには慣れていない。
だから、相変わらず言葉が詰まる。
「そっか」
「その……埋め合わせになるかは分からないんだけど……」
鈴蘭はそこで言葉を止めた。
少しだけ間を置いてから、再び口を開く。
「私が勉強教えてあげようか?」
予想外の言葉だった。
「……え?」
「だってさ、いつも白上さんにゲーム教えてもらってるでしょ? 私ばっかり得してるみたいで、白上さんには何のメリットもないじゃん。だから、勉強を教えるのと交換ってことで!」
頭の中が真っ白になった。
こういうときは……断るべきなんだよね?
でも、ゲームの誘い程度のことすら断れなかった私に、通話越しとはいえ、今ここではっきり断ることなんてできるのだろうか。
私は黙り込んだ。
そして、必死に頭を働かせる。
今までにないほどの速度で脳を回転させ、どうすれば角を立てず、なおかつ失礼にならないように、この誘いを断れるのかを考える。
そして――。
都会で暮らす人々がよく使う、あの必殺技を思いついた。
都会で通用する技なら、きっと万事解決。
よし!
いくぞ!
私が全力で導き出した答えは――!
「も……もし……そのうち機会があったら……」
完璧。
「ふふっ! よし! じゃあ、それで決まりね!」
鈴蘭は、私の答えを聞いて嬉しそうに笑った。
……なんだか、すごく喜んでいる。
私はホッとした。
そのあとのことは、あまりよく覚えていない。
頭の中が真っ白だった。
その後のゲームも、ほとんど反射と身体に染み付いた操作だけでプレイしていた。
そして昨日と同じくらいの時間になると、鈴蘭が先にログアウトした。
私も通話を切った瞬間、ベッドへ倒れ込む。
もう動けない。
脳細胞が全部死滅した気がする。
明日も学校だ。
しかも金曜日。
……なのに、学校へ行ったら、また鈴蘭に話しかけられるかもしれないと思うだけで緊張してしまう。
もしかしたら、一度ちゃんと自分の気持ちを伝えたほうがいいのかもしれない。
でも――どうやって?
鈴蘭に何を言えばいいのか。
もし明日、話しかけられたら、どう返事をすればいいのか。
そんなことを延々と考えているうちに、だんだん瞼が重くなっていく。
やがて、思考がゆっくりと止まっていった。
意識が少しずつ遠ざかっていく。
そして私は、そのまま夢の中へと落ちていった。




