今度遊ぼうね
「ねえ、これヤバくない?」
隣の席の鈴蘭が、また勝手に話しかけてくる。
……正直、ちょっとうざい。
「わ、私は……別に……」
どうでもよい、とりあえず適当に返事をする。
――いや、どうでもいいというより、そもそも話を聞いていなかった。
だから、まともに返せるわけがない。
「そうだ、次って数学だよね? ノート見せてくれない?」
……なんで?
自分のはないの?
「鈴蘭、あんまり白上さん困らせないの」
教室の外から入ってきた二人組のうち、一人がこちらに声をかけてきた。
目立つ金髪。
やたら短いスカート。
少し大きめのリボン。
――いかにも、クラスの頂点にいるグループって感じの女子。
このクラスも、他のクラスト変わらない。いろんなグループが存在する
静かな子たちのグループ。
オタク同士で固まってるグループ。
明るい運動系グループ。
そして、その頂点にいるのが――黒井鈴蘭を中心とした陽キャグループだった。
四人組で構成されたそのグループは、全員の交友関係が異常に広い。
クラスメイトたちもあの広さに怖がっている……な気がする。
……いや、怖がってるのは私だけ?
でも私も一応クラスメイトだよね?
「しろちゃ〜ん、おはよ〜」
金髪の女子の隣にいた女の子が、眠たそうな声で私に話しかけて来た。
「お、おはよう……」
暗めのアッシュグリーン。
肩に少しかかるくらいの短髪。
いつ見てもやる気がなさそうで、ぼんやりしている。
なのに、そんな彼女は鈴蘭たちのグループの中で妙に可愛がられていた。
……やっぱり、コミュ力って全部なのかな。
「なんで私が一番じゃないの?」
「お〜、スズちゃんもいたんだ。おはよ〜」
「え、私最後扱い……?」
「ねえ、すみれは?」
「保健室〜。そろそろ帰るってさ」
「うわ、いいな〜!ずるい〜」
突然現れた二人組は、鈴蘭と勝手に新しい会話を始めていた。
当然のように、私が喋るチャンスがいなかった。
……まあ、いつものことだ。
これはたぶん、先月の出来事。
座席替えをしてからというもの、鈴蘭が隣の席になって、時々、私に話しかけてくるようになった。
理由は分からない。
ただの好奇心かもしれないし、「人気者としての義務」なのかもしれない。
クラスに一人でも孤立している人間がいるのが許せない、とか。
あるいは本当に、ただ暇だっただけか。
どれにしても、私にとっては少し厄介だった。
別に自慢じゃないけど、私は人と関わるのが得意じゃない。
子どもの頃から今まで、友達の数なんて片手で数えられるくらいしかいない。
……いや、さすがにゼロではないよ。
たぶん、一人くらいはいた……はずだ。
別に、人付き合いが嫌いなわけじゃない。
ただ、どうやって人と話せばいいのか分からなかった。
そんなことを繰り返しているうちに――気づけば、今みたいになっていた。
頭の中ではちゃんと話す内容を組み立てられるのに、いざ口を開こうとすると声が上手く出ない。
結局、「うん」とか「そう」とか、短い言葉しか出てこなかった。
先生たちも、もう改善は無理だと思っているのだろう。
授業中、私が当てられることは一度もない。
そんな調子だから、高校二年の春になった今でも、友達はできていなかった。
鈴蘭たちはますます話に夢中になっていて、もう私の存在なんて完全に忘れているみたいだった。
……いや、私が話しかけられても困るだけなんだ。
私に用がないと思って、私は窓の外へ視線を逃がす。
そして、そのまま自分だけの世界に閉じこもった。
何を求めているの自分でも分からない。
友達ができないとはいっても、今の私にとって、それは別に困ることじゃない。
学校だって、友達がいなきゃ来ちゃいけない場所じゃないし。
……それに。
一番の理由は、鈴蘭たちみたいな子が苦手だからだ。
明るくて、元気で、おしゃべりが上手で。
何をしていてもキラキラしていて、まるで絶対に挫折なんて知らないみたいな、完璧な人間。
でも、そんな人間が本当に存在するわけないって、私の頭は冷静に理解していた。
『誰だって失敗するし、完璧な人間なんていない』
そんな当たり前の言葉が、ずっと頭の奥に引っかかっている。
だからだろうか。
楽しそうに青春を謳歌している彼女たちを見ると、私はどこか白けた気持ちになってしまう。
……そんな自分が、ひどく嫌だった。
だから、私は彼女たちに話しかけられたくなかった。
そもそも私たちは住む世界が違うし、無理に交わる必要なんてない。
ただの「クラスメイト」でいれば、それで十分だった。
私は気配を消すようにして、どうでもいい思考の海へ沈んでいく。
意味のないことを考えていると、少しだけ落ち着けるのだ。
最近ハマっているのは宇宙の話。宇宙って、本当に不思議よね。
例えば――
「白上さんはどう思う?」
「ひゃっ!?」
突然、BGMみたいに流れていた会話の中から自分の名前が飛び出してきて、私は変な声を上げてしまった。
「だからさ、放課後に近くのファミレス行かない? 今日うち誰もいなくて、晩ご飯作ってくれる人いないんだよね〜」
……意味不明なお誘いだった。
鈴蘭がそう言っている間、私はものすごい速度で他の二人の反応を観察していた。
藍沢さんは相変わらず鈴蘭の机に突っ伏したまま、だるそうな顔をしている。
一方の赤坂さんは、ぴくりと眉を動かしたあと、ほんのわずかに困惑そうな表情を浮かべた。
笑顔のままなのに、なぜか背筋が冷える。
「白上さんも忙しいんじゃない? だから、あんまり困らせないであげなよ」
「えぇ〜? でも人数多いほうが楽しいじゃん〜」
ど、どうしよう。
私、何て言えばいいの?
まさかこのまま喧嘩になったりする!?
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
必死に頭を回転させた結果、導き出された最適解は――トイレ逃亡だった。
「わ、私……ト、トイレ……行ってきます……」
そう言い残し、私は全速力で席を立って教室を飛び出した。
後ろのほうで鈴蘭が「もうすぐ授業始まるよー!」と叫んでいた気がしたけれど、そんなものを気にする余裕なんてない。
私はただ、全力でその場から逃げ出した。
――さっきの、あの表情……。
「絶対、私に来てほしくなかったんだろうな……」
鏡の前で、私はぽつりと独り言を漏らした。
その言葉に合わせるように、授業開始のチャイムが鳴り響く。
おかげで今のトイレには誰もいない。
鏡に映る自分の顔を見る。
そこにいたのは、死んだ魚みたいな目をしていて、今にも倒れそうなくらい疲れ切った、ババァみたいな女子高生だった。
まだ午前も終わってないのに、もう体力が空っぽなんだけど。
これ午後の授業どうするの……?
私はため息をつきながら、心の癒やしを求めてスマホを取り出す。
こういう時、私を救ってくれるのはこれしかない!
ゲームの攻略サイトを開き、慣れた手つきでランキングページへ移動する。
そして視線は、当然のように一位の場所へ。
『SnowWhite0722 —— 2526PT』
……そう。
友達もいない、コミュ力も終わってる私が、唯一まともにできること。
それがゲームだった。
このゲームは五対五で戦うオンライン対戦ゲームで、使えるキャラクターは百種類以上。
五人それぞれの役割を担当するから、チームワークと連携がめちゃくちゃ重要になる。
キャラの多様性もバランス調整も本当に完成度が高くて、世界的にもかなり有名なタイトルだ。
毎年いろんな大会も開催されていて、今じゃ代表的なeスポーツ種目の一つになっている。
私がこのゲームを始めたのは小学生の頃だった。
暇だったし、何より――面白すぎた。
気づけば六年間、ずっとランクマッチに潜り続けていた。
そして初めてサーバー一位を取ってからは、順位を落とさないよう毎日欠かさずポイントを盛っている。
それが、私の唯一の楽しみ。
嫌なことがあった時や気分が沈んだ時は、こうして自分の順位を見るだけで少し落ち着ける。
ゲームって、本当に最高だ。
「お〜、白上さんもこのゲームやってるんだ!」
「ひゃあああっ!!?」
また変な声出た。
「ごめんごめん、驚かせちゃった?」
慌てて振り向くと、そこには鈴蘭がいた。
「そのゲーム、私もやってるんだよね〜。でも全然うまくなくて」
……鈴蘭もゲームするんだ。
てっきり休日はショッピングしながら男釣ってるタイプかと思ってた。
いや、今それところじゃない。
「じゅ、授業……始まってる……」
ついさっきチャイム鳴ったよね?
なんで鈴蘭がここにいるの?
「ちょっと心配になって見に来たの。なんか私のせいで教室に出て行っちゃったみたいでさ。」
鈴蘭はあっけらかんと笑いながらそう言った。
「でもそれよりさ、白上さんってそのゲーム上手いの?」
誰に聞いてると思ってるの?
「ふ、ふつう……」
「え〜 今度教えてよ! 私ほんと下手なんだけど、でもこのゲームめっちゃ面白くてさ! だから今生が欲しいんだ!」
私の返事を聞いた瞬間、鈴蘭はぱっと顔を明るくして、両手で私の手を握ってきた。
近い近い近い近い。
というか、いい匂いすぎる。
なんでこんなに甘い香りするの?
同じ女子だよね?
何が違うの?
「わ、私、その……あの……」
「あっ、ごめん! 近すぎたよね!」
私の狼狽えっぷりに気づいたのか、鈴蘭は慌てて手を離し、少し距離を取った。
「でも、さっき言ったの本当。 私ほんとにこのゲーム教えてほしいの。今度一緒に遊ぼう!」
そう言い残して、鈴蘭はそのまま教室へ戻っていった。
『早く戻ってきてねー!』
トイレの外から、鈴蘭の声が聞こえてくる。
「……今度、か」
私は自分の手を見つめながら、さっきの感触を思い返していた。
温かくて、細くて。
指もすらっと長くて。
まるで漫画の中から飛び出してきたみたいだった。
どうせ社交辞令だ。
きっと実現なんてしない約束。
なのに、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
――その「今度」は、きっと永遠に来ないんだろうな。
◇
「君がSnowWhiteなのぉぉぉぉぉぉっ!?」
ヘッドセット越しに鼓膜を破壊しにくるレベルの大声が響いた。
耳痛い。
夜十九時半。
私はいつものようにパソコンデスクに座り、いつものゲームを起動し、いつものゲーム画面を見つめていた。
……ただ一つ違ったのは。
ヘッドセットから、“普段なら絶対に聞こえない声”が聞こえていることだった。
緊張で全身が震える。
オンラインで他人と通話するなんて初めてだ。
……いや、現実でもあんまり人と話さないけど。
初めてだらけで頭が真っ白になる。
何を話せばいいの?
普段ゲーム始めた時って、私なにしてたっけ?
見慣れているはずのゲーム画面なのに、今は何をすればいいのか全然わからない。
何も考えられない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
――あの「今度」は、本当に来てしまったらしい。




