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序章 白上と黒井

 知ってる?

 

 水星って、昼間は430度にも達するのに、夜になると一気にマイナス180度まで落ちるらしい。

 

 その寒暖差は、月なんかよりもずっと激しいみたい。

 

 もしも水星に人がいたとしたら、どうやってあの過酷な温度に適応しているんだろう。

 

 生命なんて水星に存在しないのわかっているのに遠く離れた宇宙のどこかに、人類と同じような文明が息づいているんじゃないかって期待しちゃう。


「ねえ、君ってさ……いつも何もかもつまらなそうな顔をしているよね?」


 窓の外の景色をぼんやり眺めながら、授業とはまったく関係のない宇宙の話なんかを考えていた時に、誰かが声をかけてきた。

 

 私ははっとして振り返る。

 少し驚いたような表情で、彼女を見つめてしまう。

 ――今の自分の顔、絶対に変なことになってる。


 「あっ、ごめん! 驚かせちゃった?」


 ……どうやら、本当に私に話しかけてきたらしい。


 「……な、なに……?」


 これまで誰かに話しかけられるなんて思ってなかった。

 しどろもどろになりながら、やっとのことでそれだけを絞り出す。


 ――きっと、すごく変に見えてる。


 「ねえ、先生ってさ、またちょっと髪減ってない?」


 私の動揺なんてお構いなしに、彼女は勝手に新しい話題を振ってきた。


 「い、いや……わたしは……」


 やばい……頭が真っ白だ。

 最後に誰かと会話したのって、いつだっけ……?


 「え? あっ! そういうのがタイプな人もいるよね、ごめんね!」


 彼女は両手をぱちんと合わせて、小さな声で謝ってきた。どうやら完全に何かを勘違いしているらしい。


 ……っ!


 「ち、違う!! 興味ないから!!!」


 ――終わった。私の学園生活、さようなら。


 たった一ヶ月半のスクールライフ。今までお世話になりました、みなさん。


 誤解を解くどころか、勢いのまま立ち上がって大声で否定してしまった。


 そこでようやく気づく。


 今、授業中だった。


 先生も、クラスメイトも。

 全員の視線が一斉にこっちに向く。


 何も言わない。ただ、疑問と驚きの混じった目で私を見ている。


 その直後、ざわ……と小さな囁きが広がった。

 でももう、そんなの耳に入らない。


 顔が熱い。耳が熱い。頭がくらくらする。もう無理。消えたい。


 「白上(しらがみ)ナズナさん。特に用がないなら、座りなさい」


 「あっ! はい!」


 先生の声でようやく我に返り、私は勢いよく椅子に座り込んだ。痛い。


 視線の端に入ったのは、今回の元凶だ。


 机に突っ伏したまま、肩を震わせて笑いを堪えている。顔は見えないが、耳だけがまるで林檎みたいに真っ赤だ。


 ……私は、あいつが嫌いだ。


 クラスの人気者、黒井鈴蘭(くろいすずか)

 先生にも同級生にも好かれていて、どこにいても誰かに話しかけられる。


 何それ?もしかしてなんかの有名サイトなの?

 登録したら特典でも付くのか?

 そんなに友達作ってどうするんだよ、意味がわらない。


 「あ~、笑いすぎてお腹痛い」


 自分の楽しさで他人の心を踏みつけるなんて、なんて性格の悪い女だろう。


 私はそっちを睨みつけた。

 人生で一番怖い顔をしている自信がある。目が痛くなるほど力を込めて睨む。たぶん血走ってる。


 「……あっ、あはは……」


どうやら私の無言の抗議は伝わったらしい。

鈴蘭は気まずそうに顔を背け、それ以上何も言わなくなった。


 これが、私――白上ナズナと黒井鈴蘭の、最初の会話だった。

 

 そして今の私はまだ知らない。

 

 このたった一度のやり取りが、これからの私の日常をどう変えていくのか。

 

 そして、自分の未来にどんな予想外の出来事が待ち受けているのか。

 

 もしかしたらあの瞬間から、私たちの運命の歯車が、静かに噛み合ってしまっていたのかもしれない。

 

 そして同時に、それはもう――止められない速度で、回り始めていた。


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