第七話 ブーツ・オン・ザ・グランド
未開拓地。
マルスティア大陸の南部に位置するその場所には、鬱蒼とした森林が広がっていた。しかも大小様々な丘で成り立っており、出で立ちはまるでそれ以上人間が踏み込むことを阻むかのようだった。
そんな雑木林だらけの中、轟音を響かせて走り抜ける人影が二つあった。
陸上自衛隊の偵察オートバイである。排気量250㏄のオフロードバイク二台がエンジン音を上げて、道なき道を滑走していく。
「小隊長! これまずくないですか⁉」
「いいから黙って走れ! 追いつかれるぞ!」
空閑は、共に走る本井陸士長に檄を飛ばす。
そんな彼らの背後からは、全長十メートルの黒く毛並みをした三つの犬の頭部を持った怪物が木々をなぎ倒しながら追走して来ている。
空閑はスロットル全開にして、怪物を引き離す事に神経と尖らせた。
◇
二ヶ月前。
その日、日本は大晦日であり、多くの国民が新たなる年を迎えるのを待ち望んでいた。
しかし、今年は今までとは異なる年度が訪れる事になった。
日本有数の貿易港である横浜港に、突如として海面上空に蜃気楼のような靄が出現した。
そして、次にそこからの現れたのは、映画のセットや某テーマパークでしか決して見ることが無い帆船やガレー船等の木造船であった。
大小様々な木造船は、湾内にいた観光遊覧船やコンテナ船に向けてバジリスクや火炎弾のようなもので攻撃、手当たり次第に破壊活動を行った。
被害が拡大していく中、海上保安庁東京海上保安部の巡視船と海上自衛隊横須賀基地の護衛艦が出動して、木造船の制圧を開始した。
翌日の元旦。
巡視船と護衛艦が蜃気楼の周りを警戒している中、再び木造船が現れた。巡視船らの警告を無視して彼らは武力行使を行った為、正当防衛による砲撃で対処した。
後に日本政府から『横浜湾事変』と公式的な名称がされたが、ほとんどの国民があの木造船が地球とは別の異世界から来た存在だと薄々感づいていた。ネット上の一部の間では、事件が起きた日を『異世界開戦日』もしくは『ウォー・ニュー・イヤー』と呼んでいた。
『横浜湾事変』後、日本政府及び自衛隊による調査を開始した。
ドローンを使って靄の中に突入させた所、靄の向こう側の海を超えた先に陸地が存在していた。
この報告を受けた日本政府は、横浜港への再侵略防止と情勢調査の為、空母運用を可能にした『いずも』型護衛艦を旗艦とする艦隊部隊を編成、陸海空自衛隊の総合任務部隊(所属や職種も異なる複数の隊員達で構成される部隊)を靄の向こう側『外界方面地域』へ派遣する事を決定した。
因みに、野党等は自衛隊の派遣を反対、入り口と思わしき靄の破壊すれば良いという意見が大半を占めていた。しかし、物質が靄に接触した瞬間に向こう側へ通過してしまい、ミサイル等での破壊は出来ない。物理的に壊せないなら無意味である為、彼らの案は自然に没となった。
『外界』における空閑達陸上自衛隊の任務は、発見した陸地の拠点構築と周辺地域の偵察及び調査だった。
何せ見つけた陸地には砂浜以外は広大な森が広がっているだけだ。
その為、先ずは近場の海岸に揚陸後、施設科(重機などで建物や防衛陣地等の構築する部隊)による活動拠点施設を建築していた。
それと並行して、空閑が所属する普通科(他国では歩兵に相当)隊員の一部隊は、二つの偵察小隊を編成。空閑はその内の第一偵察の小隊長として、揚陸した大陸の森で偵察と調査を行っていた。
観測ヘリコプターオメガによる空撮を行ったが、木に囲まれた森ではヘリからだけでは中まで判らない。それに森の中に誰かしら人が住んでいる可能性もある。故に人による散策が必要であった。
とはいえ、その道中は決して楽なものではなかった。
森の中にはゴブリンやコボルト、ブラックドッグといった架空のモンスターがそこかしこにおり、明確な敵意を持って偵察隊に襲い掛かった。最初の頃は負傷する隊員も多かったが、集団で襲撃してくる事や待ち伏せに警戒をすれば、自衛隊の装備と隊員達の連携によって対処できた。
しばらくして、モンスターの襲撃頻度が少なくなってきた為、第二偵察小隊の狙撃班が『害獣駆除』としてモンスター退治の任務に着いている。
余談になるが、狙撃班はこれを機に『モン班』と呼ばれるようになったらしい。
大陸に揚陸して数週間後、空閑の率いる第一偵察小隊に新たな任務が言い渡された。
観測ヘリより自衛隊の拠点から北側の森林を抜けた先に、大きな城塞都市を発見した。
しかし、そこへ行くには森の中にある切り立った丘を超えなければならない。徒歩で行くにも時間がかかり過ぎるし、かといって爆音が出るヘリコプターでは目立ちすぎる。
そこでまずは、偵察オートバイによる少数偵察を行う事になったのだった。
そんな最中、空閑と本井陸士長のペアが森林地域で一番高い丘の中腹に洞穴を発見した。そして、そこから出てきたのは、あの巨大な三頭犬であった。
空閑達は持っていた89式小銃で応戦したが、致命傷を与えるだけ効果はなかった。
これ以上戦闘は危険と判断した空閑は、撤退する事にしたのだった。
だが、オートバイの速度を持ってしても三頭犬から逃げきれずにいた。
(このままだとまずいな……)
一瞬にして判断を決めた空閑は、乗っていたオートバイに急ブレーキを掛けた。そのまま横に車体の向きを変えると、タイヤを滑らせながらバイクを横転させた。
「小隊長! 何をしているんですか!?」
本井陸士長もブレーキを掛けて空閑に振り返った。
空閑はオートバイに隠れるように身を屈めると、89式小銃を構えて三頭犬に向けて発砲した。先程のような胴体に向けてではなく、獣の急所ともいえる顔面を狙った。
案の定、三つある頭部の一つに攻撃を受けた三頭犬は、顔を伏せて急停止した。
「本井士長、先に行け! こいつは俺が足止めする!」
「小隊長⁉」
「どの道このままだと全滅だ! 誰が残らなきゃならない!」
「し、しかし——」
「いいから行け! 行くんだ!!」
本井陸士長は苦渋の表情を浮かべながらも、オートバイのスロットルを回して空閑から走り去った。
一人その場に残った空閑は、弾倉を交換しながら三頭犬に向けて撃ち続けた。
部下が遠くまで離れた事を確認すると、再びオートバイに跨ってスロットを握りしめる。
しかし、攻撃が止んだと見た三頭犬は、飛翔して一気に空閑に距離を詰めた。
「しまっ——」
巨大な前足に、空閑がオートバイごと叩き飛ばされた。
そして、飛ばされた先にあったのは崖であった。
空閑は浮遊する感覚を身体に感じた後、全身を打ち付ける衝撃と共に意識を失った。




