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日輪の防人と精霊の姫君 第一章 王国と大地編  作者: Yudai


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第五話 未知なる遭遇

 アリスは、うつ伏せになりながらもその場から動けずにいた。

 自分が森の中に捨てられた事。それが姉によるものだった事。あらゆる出来事が立て続けに起こり、頭が追いついていなかった。


(きっと……大丈夫……そう……思っていたのに……)


 王城では、アリスの居場所は無かった。魔力がないというだけで、王女という立場にもかかわらず、冷淡な扱いを受け続けた。

 だから例え政略結婚といえど、あそこから抜け出せる事に期待を寄せていた。

 しかし、その希望は容易く打ち砕かれた。


(……わたしは……最後まで……必要とされない……出来損ない)


 アリスはそのまま地面に突っ伏した。

 このままだといずれは飢えで野垂れ死ぬか、もしくは魔物に食われてしまうだろう。

 だが、今のアリスには起き上がる気力が残っていなかった。喪失感と焦燥感のみがその身体を支配していた。


 アリスがこの森の中で全てを終えようと考えたその時、「ガサッ」という物音が響いた。


「……何?」


 アリスは顔を上げて、音のした方向を見た。

 視線の先にある茂みが音を立てて揺れていた。その揺れは、まるでアリスに近づいていくように動いていた。


(まさか……魔物……⁉)


 魔物という存在は王城にあった図書館の本で読んだ事はあったが、実際に見たことはなかった。何もかも諦めかけていた気持ちが消し飛び、心臓の高鳴りと共に身体が恐怖に染め上げられていく。

 茂みに揺れがアリスの目の前に近づき、遂に姿を現した。


「クウゥ~」

「……フロ……ル……?」


 出てきたのは、見覚えのあるフロルであった。

 王城から出た後、フロルは一度もアリスの前に姿を現さずにいた。もう逢えないと思っていたかけがえのない友人がそこに立っていた。

 アリスは、自分の目頭が熱くなるのを感じた。


「……フロル!」


 感情のまま叫ぶと、フロルはアリスに飛びついてきた。アリスは両手でフロルを優しく掴み、頬に寄せて抱き留めた。

 肌に触れる毛の感触と、フロルの体温がアリスに夢でない事を実感させた。消失していた負の感情が、少しずつ解きほぐされていく。


(……ありがとう……フロル……)


 アリスは涙を流しながら、フロルを抱きしめ続けた。この幸せな時間を手放さないようにと願いながら。


 どれほどの時間が流れたか、突然フロルが耳を立てると、アリスの手から離れて地面に降り立った。


「……フロル?」


 アリスが何事かと思っていると、フロルは何処かに駆け出して行った。


「! 待って! フロル!!」


 アリスはフロルを追いかけて、森の中を駆けていく。

 慣れないヒールに足元を取られながら進んだ先に見えてきたのは、切り立った断崖だった。草一つ生えていない黄土色の壁がそびえ並んでおり、所々に岩が突き出ていた。

 その一角にフロルを佇んでいた。そのそばには、黒い物体のようなもの地面にあった。


「フロル、どうし——」


 アリスがフロルに近づいた瞬間、息を吞んだ。

 黒い物体と思わしきものは、土にまみれて仰向けに横たわっている一人の青年であったのだ。


「人……なの……?」


 アリスは恐る恐る青年に近づいた。

 青年は全身に緑と茶色の斑模様の衣装を着こみ、顔までその模様が描かれていた。身体にあちこちに箱状のものを身につけており、黒い杖のようなものを縄で身体に括り付けている。

 よく見ると、顔などの肌が露出している所は擦り傷まみれであり、頭が接している地面には血が流れていた。

 それよりもアリスが衝撃を受けたのは、青年がマルスティア大陸では見ることはない黒髪をしていたのだ。

 

(……黒い……髪⁉)


 アリスは、青年の正体に戦慄した。

 ファルシオン王国を、マルスティア大陸の国々を侵略して来た黒髪の悪魔と呼ばれる人間だったからだ。


「……ぐ……ううっ……」


 不意に、青年がうめき声が上がって僅かに身体が動いた。


(!……生きてる!?)


 アリスは青年の元に駆け寄った。


「あ、あの!……大丈夫ですか⁉」


 アリスは青年の身体に触れる。


「ぐふっ……!」

「ひっ……!」


 急に青年の口から血の混じった咳が飛び出して、アリスはたじろいた。顔は生気が失ったかのように蒼白となり、「ひゅーひゅー」と短い呼吸が発せられた。

 青年は死にかけている。アリスにもそのことは理解できた。


(……どうすれば……どうすれば良いの?)

 

 こうして怪我を負った者には、治癒魔法をかけるかポーション(魔法薬)を飲ませて回復させるのがこの世界での常識だ。

 しかし、魔力がない上にポーションを持っていないアリスに、青年を助ける術はなかった。出来ることといえば、命の灯が失われていく青年の姿をただ見守る事だけだった。

 アリスの脳裏に、家族や侍女達からの辛辣な言葉の数々が甦る。魔法が発動しないどころが、魔道具すら扱うことができないアリスを時には貶し、時には嘲笑った。

 今までは耳を塞いで我慢してきていた言葉だったが、青年に対して何もできない現状がアリスの無力さを痛感させられた。


「……ごめんなさい……」


 アリスは倒れ込む青年の横で膝を折ると、両手で青年の左手を掴んでぽつりと呟く。

 今のアリスには、青年に恐怖を抱いていなかった。無論黒髪の悪魔として、彼らの脅威や恐ろしさは聞かされていた。それでも怪我をしている青年を見捨てることなどできるはずがなかった。


——助けたいか?


 突然、アリスの元に声が響いた。


「誰……⁉」


 アリスは慌てて顔を上げて周囲を見渡す。だが、辺りには青年とフロルの他に人らしき者は見当たらなかった。


——その人間を助けたいか?


 再び声が響く。暗くなる森の中で聞こえる謎の声に、アリスは身体を強張らせる。


——助けたくはないのか?

「……わたしは」


 問いかけ続ける謎の声に、アリスはすがるように応えた。


「……この人を……助けたい」

——ならば、願うのだ。さすれば、望みは叶う。


 アリスは謎の声に導かれるように、青年の左手を握りしめながら目を閉じて祈った。


(お願いします、どうか……)


 この行為が何を意味するかは分からない。ただ、無力な自分が傷ついた青年を本当に救うことができるなら、アリスは全てを捧げる覚悟だった。


(どうか、この人を……助けてください)


 アリスが強く願ったその時、閉じていた瞼裏が明るくなるのを感じた。


「……えっ?」


 アリスは目を開けて見た光景に驚愕した。自分の身体が淡く光に包まれていたのだ。


「これは……何?」


 驚くアリスをよそに、淡い光が握りしめていた左手から青年へと流れていく。

 すると、青年の傷がみるみるうちに塞がっていった。


 やがて光が収まると、青年の傷はまるで何事もなかったかのように跡形もなくなっていた。

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