第四話 絶望の淵へ
婚姻が決まった二日後、アリシアは城門前にいた。周りには三台の王族用の貴人馬車と護衛騎士達が列を成していた。その中には、ラザフォードとエリシアの姿もあった。
ラザフォード達は、これから王家の使者として軍の再建と増強の為、各領地を巡りに出立する。その中にアリシアも混ざって行く事になった。
本来ならばアリシアは、ラザフォード達の隊列とは別々に向かうのが、戦時中の為早々に軍備も整えなければならず、トルマレンに行く道中まで同行する事になったのだ。
ラザフォードとエリシアには国王と王妃、大臣らに囲まれてたわいのない会話をしている。
その反面、アリシアには誰も寄り添わなかった。
もうじき、自分は『冒険者協会』から援軍を得るのにトルマレンへと向かう。そこの首長と婚姻して、王家との同盟を確約しなければならない。そのだけの為に、自分が存在するしているのだ。
アリシアは後ろを振り返り、王城を見上げる。
これまで辛い思い出しか記憶にないが、多くの時間を過ごしてきた雄一の場所だ。
不意に、足音が聞こえてきた。振り向くとエリシアが近づいてきた。
「……エリシアお姉様」
「大変よね、アリス。あんな薄汚い都市の住人と結婚するなんて」
エリシアは、アリシアを見ながら不敵な笑みを浮かべる。
「……魔力なしの出来損ないのくせに、こんな上品な首飾りを用意するなんて……お父様は一体どういうおつもりなのかしら」
エリシアが、アリシアにかけられた首飾りといった宝石や金銀の装飾があしなわれた装身具を見る。これまでアリシアには、こうした宝飾品を付けた事はなく、その多くがエリシアのみに与えれていた。いくら輿入れの為とはいえ、誰よりも劣っている筈の妹が姉よりも着飾っているのに、エリシアは我慢ならなかった。
「まあ、良いわ。これで、ようやく貴女も少しは役に立つ事ができるのだから。お父様には感謝しないとね」
「……はい」
こんな時にまで自分のことを悪く言うエリシアの声に、アリシアは耳を塞ぎたくなる気持ちを抑え、俯きながらも言葉少ながらずに答えた。
少なくともトルマレンへ行けば、エリシアの悪意から解放される。魔力のない自分がこの婚姻で幸せになるという保障はないが、どこか淡い期待を抱いていた。
「第二王女、準備が出来ました」
馬車の準備をしていた侍女がアリシアに声を掛けてきた。
アリシアの荷物は比較的に少ない。花嫁衣装と宝飾品等を除けば、衣服数着と絵本、そしてクラムの実が入った小袋だけてある。その為、他の誰よりも準備が早かった。
アリシアが馬車に乗り込もうとすると、目の前の座席に多種多様なドレスの山が積み上げられてあった。僅かばかり座れるスペースには、裁縫道具一式が置いてあった。
「あの……これは……?」
「エリシア様から言伝を預かっています。『同行する間、わたくしの全てのドレスを修繕をしなさい。終わらせられなかった場合は、覚悟するように』との事です」
アリシアの視線を向けた先には、悪魔のような微笑みしたエリシアがいた。
その後、王太子と第一王女が同行する旅の間、アリシアの災難は続いた。
馬車に乗っている間はドレスの修繕を行い、都市部の貴族や領主の屋敷に泊まった際は、エリシアやラザフォードのみならず、追従している侍女達や騎士達の雑用を押し付けられた。
彼らは最後の最後まで、アリシアを王女として扱うことは無かった。
そして、同行してから5日後。トルマレンから近い城塞都市で、ラザフォード達と別れる事になった。
ここから単独で行かなければならないが、やっと地獄の日々から解放されると思うと気が楽になった。
「ラザフォードお兄様、エリシアお姉様、そして皆様。これまでありがとうございます。どうかお元気で」
別れ際、アリシアはラザフォード達に感謝を述べた。
「ふん、精々ファルシオンの為にしっかりと務めてくるんだな」
ラザフォードがぶっきらぼうに言った。
「ああっアリス、本当に残念だわ。たった一人の妹を魔物が住み着く都市の首長に嫁ぐなんて」
エリシアが哀れんだ表情で、アリシアの両手を取った。
この仕草をアリシアは知っていた。大臣や貴族が周りにいる時、エリシアがやる演技であった。
アリシアに魔力がないことは、上流階級の者達には知れ渡っている。アリシアが彼らの間で陰口を言われている時、エリシアは苦労している第二王女を庇う優しい第一王女として振舞うのだ。
こうする事で、エリシアは社交界で名を押し上げていったのだ。
「でも、貴女がお父様やファルシオンの民を救いたいと願うなら、わたくしは貴女の決意を尊重するわ」
エリシアは、アリシアを抱きしめる。吐息が聞こえる程に近い距離でエリシアは呟いた。
「……本当に残念、もう貴女を苦しませる事が出来ないなんて」
その冷たい声色に、アリシアは戦慄した。身体を氷のように固まり、指一本すら動かせずにいた。
しばらくして、エリシアはアリシアから離れると、貴賓のある礼をした。
「さようなら、アリシア・エル・ファルシオン」
アリシアは荒くなった呼吸が収まると、息を整えて同じく礼を返した。
「……お見送り感謝致します……エリシア・ローズ・ファルシオン第一王女」
アリシアは礼を済ませると、逃げるように馬車の中へ入った。扉を閉めて、一人だけの空間になった。
エリシアの恐怖の声が、まだ頭に残っている。
(……大丈夫……もう大丈夫だから……)
アリシアは両手を肩を抱き、身体を振るわせた。
これまでの悪夢を振り払いながら、馬車は静かに進んで行った。
◇
「きゃっ!」
それは突如として起こった。
エリシアと別れてから数時間、護衛の騎士から軽食にとパンを渡された。食べてから急に眠気が出てきて、そのまま寝てしまった。
その後、「バンッ!」という物音で目を覚ますと、目の前に一人の護衛騎士が扉を開けて入ってきた。護衛騎士がアリシアを無理矢理掴むと、馬車の外へ投げ飛ばした。
アリシアは地面の上に強く叩きつけたれ、その場に蹲った。
何とかして顔を上げると、数名の護衛騎士がアリシアを見下ろしていた。
空は日が落ちかけて、赤く染まっていた。周りには木々が生い茂っており、薄暗さが更に増していた。
「……ここは……一体……?」
「ここは『未開拓地』の森の中です」
護衛騎士の一人が、無感情な声でアリシアに告げた。
彼は確かに言った。ここが『未開拓地』だと。
トルマレンに向かっていた筈なのに、何故禁断の地とされている所に来ているにかアリシアには分からなかった。
「お疲れ様でした、第二王女。貴女の役目はここまでです」
「……役……目……?」
「エリシア様から頼まれましてね。『もし、あの子が途中で『未開拓地』に置いてきて欲しい。褒美として馬車に積んでいる宝飾品が貴方達にあげる』とね」
発せられた言葉に、アリシアの思考が停止した。
「……エリシア……お姉様が」
「エリシア様は邪魔な妹を片付けられ、我々は莫大な報酬を手に入る。中々良い取引ではありませんか?」
護衛騎士はそう言うと、止めてある馬車の元へと歩き出した。
「ま……待って!」
アリシアは馬車に向かって必死に手を伸ばした。
(本だけは……あの本だけは……!)
あの馬車には、大好きな絵本が入っている。せめて、それだけでも取り戻したかった。
「それではごきげんよう、第二王女サマ」
しかし、アリシアの願いは虚しく、彼女の置いて馬車と護衛騎士は去って行った。




