第三話 告げられた王命
王族専用の食堂に着いたアリシアは、肩身が狭い思いをしていた。
家族全員が揃った場に来ると、案の定王妃、ラザフォード、エリシアらは会話と食事の手を止めて、アリシアを懐疑的な視線で見つめてきた。思わず逃げ出したくなったが、国王から席に座るに言われて、少し離れた椅子に腰を下した。
やがて、アリシアの元に料理が並べられた。いつも自室で食べる料理は冷めたものばかりで、久しぶりの温かい食事であった。しかし、会話もなく、食器とナイフの音だけが響き渡る重い空気がこの場を支配していた。
「ラザフォード、エリシア、そしてアリシア。お前達に伝えておくべき事がある」
王族全員が食事を終えて、甘い風味がある茶を味わっている最中、一人最高級品のブドウ酒を嗜んでいる国王が口を開いた。
「父上、伝えておくべき事とはどのような件でしょうか?」
ラザフォードが国王に聞き返した。
「『未開拓地』に現れた我らの新たなる敵、新たな“黒髪の悪魔”達の脅威はお前達も知っておるな」
“黒髪の悪魔“と『未開拓地』。その言葉は、アリシアも聞き覚えがあった。
今から500年前、マルスティア大陸は西方の海の彼方にあるバルベルト大陸やって来た大帝国の侵略があった。彼らは、マルスティア大陸では存在しない黒髪が特徴的な人間達であったが、何よりも魔法を使えない民族であったのだ。しかし、その数はマルスティア大陸の人口をはるかに上回る規模の大軍隊だった。
自国の領土まで追い込まれた当時のファルシオン王国と他の二大強国は、各国家の切り札である強大な魔物を使役する『召喚魔法』を駆使して見事に退けた。
お互いに領土争いに邁進していた国々が、大陸の危機にこれまでの諍いを捨て、果敢に異民族に立ち向かい、そして勝利を収めた出来事は今でも英雄譚として語り継がれている。
一方、『未開拓地』とは、ファルシオン王国の南側に存在する広大な森林地帯である。かつて、ファルシオン王国が領土拡大の為、森林地帯を開拓を進めようとした。しかし、凶暴な野生の魔物の数が多く、時間と労力が膨大になった事で開拓を断念した。何時しか森林地帯は『未開拓地』と呼ばれ、人の侵入を拒む“禁断の地”となっていた。
三ヶ月前、その『未開拓地』の海域に“転移の歪“が出現した。転移の歪とは自然に発現する異界へと繋がる穴であり、『召喚魔法』はこれを応用した技術である。
転移の歪から現れたのは、見たこともない一隻の船であった。
マルスティア大陸の三大強国であり、雄一海に接しているレガリス皇国が臨検を行った所、乗船していたのは黒髪をした人間達であったのだ。
黒髪の悪魔の再来と危惧したレガリス皇国の武官が、問答無用で船員の一人に攻撃した。
この行為が、後の悲劇の始まりであるとも知らずに。
「……音がしたと思ったら瞬く間に味方が血まみれになり……数え切れないほどの火炎魔法を放って我々の船を沈めた…………あいつらは悪魔だ……まさしく黒髪の悪魔だ……」
レガリス皇国の報告を受け、ファルシオン王国ともう一つの強国であるセラフィード神聖国は、500年前と同じく連合軍を編成、黒髪の悪魔達の殲滅戦を開始した。
結果は惨敗であった。
熟練の将校が指揮するを数百隻の最新鋭の軍艦。
選び抜かれた歴戦の騎士や魔導師ら。
空を覆いつくす怪竜に跨った竜騎士達。
彼らの多くが異界から来た軍勢に敗北、海の底へと沈んでいった。
「今や奴らは『未開拓地』に上陸している。魔物共の手こずっている為か、目立った動きは見られていない。だが、ファルシオンが侵攻されるのも時間の問題だ」
国王が、薄赤色のブドウ酒が入ったグラスを回しながら言った。
「今や我が軍も半数を失った。早急に軍を再編しなければならない。そこでだ……」
国王は、ラザフォードとエリシアを見る。
「ラザフォード、お前には使者として領主共に地に赴け。新たな黒髪の悪魔達のと戦いに向けて徴兵を行い、軍を再建する」
「お、俺がですか⁉」
「そうだ。丁度いい、お前は王太子としても騎士団の団長としても自覚が足りん。これを機に外交が何たるものかを学んでこい」
「しかし……!」
ラザフォードは反論しようとしたが、国王の視線に睨み付けられて言葉を止めた。
「エリシア、お前はラザフォードを共に行け。茶会等の費用は、こちらから出す。好きに使うが良い」
最初に嫌悪な表情になったエリシアはだったが、お茶会の費用を好きに使っても良いと聞いた途端、満面の笑みを浮かべた。お茶会や舞踊会といった催し物が好きなエリシアにとって、制限なく楽しむことができるのだ。
「……最後にアリシア」
国王に呼ばれて、アリシアの心臓が跳ね上がった。
「……はい、お父様」
「お前の嫁ぎ先が決まった。国境沿い、『未開拓地』の近くにあるトルマレンの現首長であるコルベ家だ」
「……トルマレン……ですか?」
『未開拓地』近郊には魔物の被害が多く、貴族や騎士は領主として治める事を嫌がっていた。
その為、そこに住まう幾多の村々の者達が互いに協力し合った。王族や騎士といった支配権が及ばない村の集合体は次第に町へと変わり、やがては自由都市へと発展していった。
その中で、トルマレンは『未開拓地』近郊に置いて随一の巨大自由都市である。
この自由都市が他の都市と異なるのは、マルスティア大陸で三大陣営の一つである『冒険者協会』の冒険者達が防衛を担っているからだ。
冒険者とは、騎士団や兵士達が対象出来ない『未開拓地』の探索の他、魔物の討伐や薬草の採取、稀に傭兵としてファルシオン王国の共に戦争に参加する事もある。魔物が蔓延る地域にとっては経験豊富な冒険者、何よりそれを運用しているギルドは欠かせない存在だ。
「トルマレンの現首長、そしてコルベ家には既に結納金を送った。代わりにギルドの傭兵もどき共を我が軍の元に派遣するよう取り付けた」
国王は、淡々とアリシアに内容を述べていく。
アリシアは悟った。遂に政略結婚の時が来たのだと。
魔力のない自分が出来る事といえば、ファルシオン王家の為に身を捧げる事。アリシアはこれまで生かされてきたのは、このためにあると理解していた。
しかし、いざ告げられると、どうしても実感がわかなかった。
それでも、アリシアには選択の余地は無かった。後は自らの運命を受け入れるしかない。
「用意が出来次第発ってもらう。直ぐに準備するのだ」
「……かしこまりました、お父様」
アリシアは、与えられた運命を受け入れた。
こうして、彼女の日常は終わりを告げた。




