第三十一話 活性化
申し訳ございません、一日遅れで投降となりました。
「あの時、父さん達の助けが無ければ、俺はあいつを助け出す事が出来なかった。その時に決心したんです。父さんがあいつを助ける為に力を貸してくれた様に、俺も助けを必要とする人に手を差し伸べ、誰かの救いたいって」
「まぁ、そんな事を考えてたら大学四年の時に、危うく就職浪人になりかけましたけどね」と空閑は自虐的に笑った。
「大手の内定が全部落ちた純、まだやりたい事が決まらない俺とあいつの三人で就活をしていた時に、父さんから自衛官をしている友人を紹介されました。そして、彼の話を聞いた俺達は、一緒に自衛隊へ入隊しました」
空閑からここまで自身の事を話すのは始めてであった。阪井に対して、アリスは複雑な心境になったが、彼にとっては唯一心の許せる親友であると感じられた。
「大変だった事もありましたけど、今まで充実した日々を過ごせています。信頼できる仲間も沢山できましたし、あの憎たらしい純とも一緒の部隊で活動しています。なにより……」
前を向いていた空閑がアリスの方を顔を向けた。
「非常に不謹慎かも知れませんが……今回、マルスティア大陸との戦端が開いてアリシェスタ王女様と出会えた事に対して、貴女に感謝しているんです」
「え?」
思わぬ言葉に、アリスは面を食らった。敵国の王女である自分と出会えて感謝を感じているとは理解出来なかった。
「父さんや信頼できる大人達があいつを助けてくれた様に、貴女は俺自身の力で助ける事が出来た最初の人です。その事が今の俺にとって、一番の誇りなんです」
空閑は穏やかな表情で言い切った。
「アリシェスタ王女様、貴女もっと幸せになるべきです。今まで辛い想いをしてきた分、遠慮せずに何でも仰って下さい。何時でも俺や部下の隊員らが、貴女を支えますから」
「……クガ様」
彼の力強くも優しい口調に、アリスの胸の内が温かくなるのを感じた。
家族や国の者から見放され、過酷な日々にさらされてきた。挙句の果てに深い森の中へ置き去りにされ、絶望に落とされたアリスが出会ったのは、自分の祖国と戦火を交えていたニホン国からやって来た空閑であった。
ニホン国の軍隊と称されるジエイタイに捕らわれたと思われたアリスは、彼らの親切な対応に恵まれた。敵対する王女と露見した後も変わらずに接してくれた。
感謝しているのは同じだった。空閑との出会いがなければ、今の自分はいなかった。
「……いや、違う。貴女は幸せにならなければいけない」
不意に、空閑が悲痛な面持ちを見せて、意味深な言葉を吐露し出した。
「貴女まで不幸にしまったら俺は、あいつと……正幸と同じように、貴女まで居なくなる事があれば、俺は……!」
突如として感情的になった空閑が言葉を紡ぎ出した時、
「おい! 一体何をしている!」
想いに耽っていたアリスの耳に、レイナの怒号が聞こえてきた。
「何でしょうか?」
異変に気づいた空閑が状況を探っていた。
アリスと空閑は、声の発生源と元へと向かった。
アリスがレイナを探して辿り着いた場所は、屋敷の中庭にある庭園であった。色とりどりの花が花壇に植えられ、甘い香りが漂っていた。
その庭園の一角に、三~四十代の男女の人だかりが出来ていた。彼らの前で、レイナが声を荒らげていた。
「レイナさん、家内が大変なんだ! この薬草を貰い受けたい!」
「おい待て、うちの兄も魔物との戦闘で死にかけているんだ! 今すぐ治療が必要だ!」
「息子が数日前から高熱を出しています。お願いです! その薬草をわたしに下さい!」
「待ってくれ! この薬草は希少なんだ! それにこちらにも重症の冒険者がいる! 彼らへの分はどうするんだ!?」
あらゆる人がレイナへと群がっている。レイナは、必死の表情で彼らの要望を押し留めていた。
「どうしたんでしょうか?」
「皆様……薬草について仰っています」
空閑の問いにアリスは答えた。
「レイナ様、一体何があったのですか?」
呼びかけに気付いたレイナが、アリスの方に振り返えった。
「ああ、アリシェスタ様。実はトルマレンに避難してきた近隣の村の住人達が、薬草を欲しいと言ってきたんです。ですが……」
レイナは薬草が植えてある花壇に視線を移した。四角型の花壇の中に小さい木が並んであり、青色の木の実が一個だけ実った木が一つだけあった。
「これはシトロの実と言って、あらゆる病気や怪我の回復に使用される万能の薬草なんです。それ故に、とても生育方法が特殊で難解なんです。この菜園でもコルベ家が数十年かけて、やっとのことでこの一本だけに実がなりました」
「では、皆様が話されていたのはもしかして……」
「そうです。この一個だけのシトロの実を、ここにいる全員が欲しがっているのです」
アリスは、この場にいる全員を見回した。村人達は皆、切羽詰まった表情でシトロの実を見ていた。
村人達がシトロの実を欲しがっている理由は解った。しかし、たった一つしかない実をこれ程の人数に与える事も出来ない。
(この薬草が、もっと多く実る事が出来ていたら……)
——出来るぞ。
(え?)
思い悩むアリスに、足元にいたフロルの声が響いた。
——其方は『恵みの精霊姫』。あらゆる生命を活性化する事が出来る力だ。其方が望めば、あの実を多く生み出せる。
フロルから聞かされた『恵みの精霊姫』が持つ『活性化』の力。
治癒能力しか使っていなかったアリスは、そんな説明も受けていた事を思い出した。
アリスは決意を固めると、言い争っているレイナと村人達を素通りして花壇に近づいた。その場にしゃがみ込んで、治癒能力をかけるようにシトロの実に右手のひらをかざした。
「おい、何をしている⁉」
アリスの存在に気付いた村人達の一人が叫んだ。
(お願い……どうか多くの人に、薬草を行き渡りますように)
アリスが願いを掲げた瞬間、花壇の土が淡く光り出した。
「何だ、この光は⁉」
レイナが驚きの声を上げた。
「お、おい! 花壇が!」
若い村人が異変に気付いて、花壇を指差した。
一個の実しかなかった木が大きく育ち始め、その枝に幾つもの実が出来ていた。
それだけではない。実がついていなかった木にも成長して、青色の木の実が実り出している。更に土しかなかった場所に芽が育ち出すと、あっという間に同じように木と実が出来始めていた。
光が消えると、花壇の全てのシトロの実が出来た木が連なっていた。
「実が……こんなに沢山……」
「噓だろ……こんな事が……」
突然の出来事に、村人達は開いた口が塞がらないでいた。誰もが目の前で起きた出来事に理解が追いついていなかった。
「良かった……上手く出来た」
アリスは、精霊姫の力がちゃんと使えた事に安堵した。
「あ、あの!?」
村人達の中に居た一人の女性が、アリスに近づいてきた。
「今の……あなたがやったのですか?」
「あ、は、はい……」
突然話しかけられた事に驚きながらも、アリスは何とか答えた。
「ありがとうございます! おかげで、わたしの息子が助かります!」
女性が涙ながらにアリスの手を握ってお礼を言った。
「ありがとう! これで私の家内も助ける事が出来る」
「うちの兄もだ。あんたのおかげだ!」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
いつの間にか、村人達がアリスに感謝の言葉と歓声が沸き起こっていた。




