第三十話 献身者
『では、冒険者協会の皆さんにこちらから提案があります』
空閑が気を引き締めた表情に変わり、レイナ達にマルスティア語で書かれた紙を見せた。
彼が提案したのは、亡くなったコルベ首長の代わりに自衛隊が冒険者協会を、ひいてはトルマレン都市住む者全員を援助するという内容だった。
実は魔物を討伐前に、空閑が南部陸将補に意見具申をしていた。
一つは純粋に人道的観点からトルマレン城塞都市を魔物から救い出す事。
もう一つは、ジエイタイ側の戦力をトルマレンいる冒険者協会と住人に見せつける事だった。
アリスを含めてファルシオン王国らが”黒髪の悪魔”とされるニホン国との戦争しているのは、マルスティア全土で周知されていた。だが、相手が黒髪を持つ蛮族と伝えられているだけで詳細な情報は全く知られていなかった。
まだ協定が確立されていないなら、彼らがどういった相手をするのかを見せつけて、こちらに陣営に引き入れる。それが空閑の考えた策略であった。
アリスも空閑やジエイタイと関わりを持ってから、ニホン国の技術の高さを知った。ただ、ジエイタイの明確な軍事力や戦力を知らされないでいた。
そして今回、アリスもジエイタイの戦い方を目に焼き付ける事になった。
まだら模様の隊員達が携えていた、離れた場所で魔物達を屠る黒い杖。空から魔物達を攻撃できる鉄の箱船。ケルベロスの頭を一撃で破壊できる黒い筒。
今回の出来事でようやく理解した。ファルシオンや他の国々は、今まで築いてきた魔法文明とは異なる価値観や力を保持した国を相手にしているのだと。
空閑から伝えられた内容に、レイナとロックナーは互いに顔を見合わせた。まさかこれから戦おうとした相手から援助されるとは思ってもみなかった事だろう。
ロックナーは空閑を警戒した目で見ながら尋ねた。彼自身、ジエイタイ及びニホン国の戦力の凄まじいさを肌で感じていた。この得体の知れない集団が冒険者協会配下において、ファルシオン王国と戦争になってしまう事に危機感を抱いていたのだ。
空閑は改めて冒険者協会らに説明をした。
ジエイタイやニホン国は大陸の侵略を考えておらず、ファルシオン王国らマルスティア大陸の国々との停戦、講和を目指している事。その為にこの世界についての情報収集、各国と交渉できる現地協力者を確保しなければならない事。
戦争解決に尽力してくれるのであれば、支援は惜しまない事を伝えた。
ロックナーは目を閉じて両腕を組んだ。
しばらく沈黙の後、目を開けて空閑を見据えた。
「……分かった。あんたらと協力する」
「ロックナーさん!?」
ロックナーの決断に、レイナは驚きの声を上げた。
「どの道、今のトルマレンはあらゆる物が不足している。負傷した奴らも多いし、既に備蓄庫の食料も空だ。このままだと俺らだけでなく、トルマレン全員が死んじまう」
ロックナーの言い分に、レイナは言葉を続けなかった。
「……どうか俺の仲間とトルマレンの住人達を助けてくれ。この通りだ」
ロックナーは深々と頭を下げた。
アリスは空閑に会話の内容を伝え、彼の決断を静かに待った。
空閑は紙に何かを書いて破ると、テーブルの上に置いた。
『ご協力、感謝致します。これより我が自衛隊は、冒険者協会ならびにトルマレン城塞都市を支援致します』
書かれた文字を見たロックナーは顔を上げた。彼が見つめる先にいた空閑は頷いて答えた。
「……すまねぇ、恩に着る!」
ロックナーは再び頭を下げた。
◇
冒険者協会との話がまとまった後、後日改めて協定を交わす事になり、アリスは駐屯地へ帰る事になった。
「あの、クガ様?」
館の廊下を歩いていたアリスは、おずおずと隣にいる空閑に声を掛けた。
「どうしましたか?」
「クガ様はどうしてそこまでして、わたしやトルマレンの皆様を手助けして下さるのですか?」
空閑の行動に、アリスは疑問を抱いていた。
王国の騎士達は、自らの権威と自尊心を満たす事に邁進していた。その威厳を示す為に力のない者への恫喝が当たり前に行われ、魔力の無いアリスもそんな境遇にさらされた。
しかし、空閑は違った。
多くの隊員を率い、魔獣を退ける程の力を持ちながらも、それを誇示する事もなく、地道な活動に勤しむ。そして、敵国の王女であった自分だけでなく、敵対するはずだった冒険者協会にも当然だと言わんばかりに率先して助けた。
彼は、何故そこまでして誰彼構わずに手を差し伸べるのだろうか。
空閑は唐突な問いかけに立ち止まり、言葉を詰まらせた。
アリスは、今までになかった彼の表情の変化に気づいた。あんなに哀しそうな顔を見たことがなかった。
「……俺は、もう見逃したくないんです」
空閑は下に俯きながら、ようやく口を開いた。
「俺には、純以外にも親友がいたんです。中学校へ入学した時に偶然出会ってから、何かと気が合ったんですよ」
空閑からガッコウと呼ばれる教育を受ける場と説明を受け、アリスはそのまま彼の話を聞いた。
彼から親友との出会いから、楽しい世間話や空閑の趣味の話に興味津々で聞いていたことを語った。
「でも、そいつは頑なに家族の事や自分の家に案内する事を拒んでたんですよ。何度聞いても「何も聞かないで」って」
空閑は思い詰めたように虚空を見つめた。
「ある日、学校の帰り道に隠れてあいつの後を付けて行ったんです。そして、あいつの家に辿り着きました。そして、聞こえてきたのは……あいつの悲鳴と、男女の怒号と罵声だった」
空閑の親友は毒親。即ち親友は、育ての親から虐待を受け続けていたのだ。
「家に帰った後、俺は父さんに相談しました。父さんと父さんの友人らの尽力したおかげで、あいつは両親から引き離れました」
その後、空閑の父親の友人が里親となり、親友には新しい家族ができたのだ。
「……けど、虐待していたのは両親だけじゃなかった。あいつと一緒に住んでいた兄や姉も、両親と同じとように虐めていたんです。あいつだけが兄弟の中で頭も運動神経も出来が悪いからって理由で、使用人みたいな扱いされていたんです」
空閑の話に、アリスは思わず息を呑んだ。自分と同じ境遇を抱えた人が彼の近くにいた事に衝撃を受けた。
「その時から決めたんです。あいつだけじゃない。困っている人を、悩んで苦しんでいる人を出来るだけ多く助けたいって」
空閑は右手を強く握りしめて言った。
「正直に言いますと、アリシェスタ王女様と出会った時から何となく雰囲気が似ていたんです。辛い日々にさらされていた頃のあいつに……」
空閑はアリスを見据える。優しくも何処か悲しげな瞳が見えた。
「だからこそ、俺は貴女を助けたいと思ったのかもしれませんね」
空閑は苦笑交じりで言った。




