第二十八話 来訪者
ポニーテールの女性達が、不審に満ちた目から動揺を示した。斑模様の格好をした異様な群衆から現れたのは、一目で高貴な身分と分かる装いを纏ったアリスが彼女達の前にやって来たのだ。
「わたしはアリシェスタ・エル・ファルシオン、ファルシオン王国の第二王女です。この度、トルマレンの首長であるコルベ様との婚姻の為に参りました」
「ファルシオンの……第二王女?」
ポニーテールの女性が剣を降ろして、兵士の男達と互いに顔を見合わせる。
「貴殿がファルシオン王国の第二王女という証拠はあるのか?」
「はい、クガ様」
アリスの言葉を受けて、空閑が腰の鞄から丸まれた羊皮紙を取り出した。馬車より見つかったコルベ首長に当てた書簡である。
空閑から羊皮紙を渡すと、開いて内容に目を通した。
「……確かに、刻印もファルシオン王家のものです」
ポニーテールの女性は羊皮紙を仕舞うと、アリスを真っ直ぐに見据えた。
「わたしは冒険者協会所属、レイナ・ブレイヴハルトと申します。この様な形で王女様をお迎えする事、どうかお許しください」
レイナと名乗った女性は右手を胸に当て、丁寧な口調で話し出した。
「しかしながら、来訪の予定から十日以上も経っています。それに、王女様の後ろにいる者達は何者なのですか? あのような魔物の大群どころか魔獣に傷を負わせる魔法は、見たことも聞いたこともありません」
レイナが、アリスの後ろに控えているジエイタイの隊員を視線を移す。その眼には警戒の色が見えていた。
「この方達は、異国の騎士団です。盗賊に誘拐され、『未開拓地』の森に連れて行かれた所を助けて下さいました。今はわたしの護衛をしており、トルマレンまで運んで下さいました」
アリスは、事前に作られた偽の内容を伝えた。誠実な応対をしてくれるレイナに噓をつくこと憚れたが、これも空閑やジエイタイらと穏便に済ませる為にと割り切った。
「何ですと! 王女様も盗賊に襲われたのですか!?」
「わたし……も?」
レイナが驚きの声を上げる中、アリスは首を傾げた。まるで自分以外にも盗賊に襲われた様な口振りであった。
レイナは言いにくそうな顔をする。しばらくして、悲痛な面持ちで口を開いた。
「申し訳ありません、王女様。この度、王女様とトルマレン首長であるコルベ殿との婚姻は白紙となりました」
「えっ……?」
レイナの言葉に、アリスは耳を疑った。
「どういう……事ですか?」
「……コルベ殿は、十五日前に賊の手にかかり、亡くなられています」
◇
レイナに案内されたアリスは、トルマレン首長と両親が住んでいたという館にある執務室に来ていた。アリスの座るソファーの隣に空閑が、二人に後ろに安里三曹が立っていた。
「まさか、王女さんが”黒髪の悪魔”と一緒にいるとはなぁ。これは中々面白い組み合わせだ」
正面のソファーに座る無精ひげを生やした中年の男性が腕を組みながら、アリスと空閑を品定めするかのように見据えた。
「ロックナーさん、今はギルド長ではなく、首長代理としてちゃんと対応して下さい」
「固い事言うなよ、レイナ~。お前はただでさえ生真面目な性格だから、男共からの受けが悪いんだよ~」
「余計なお世話です」
ロックナーと呼ばれた男を、隣に座るレイナが睨みつける。
彼こそが冒険者協会の創設者であった。コルベ首長のように権力を持っている訳ではないが、トルマレン城塞都市において首長の次に影響力があった。
彼は傭兵時代から『未開拓地』等の人が寄り付かない場所で冒険や戦いに明け暮れた。
そんな中、ファルシオン王国の豪商であったコルベ首長の祖父と出会った。彼も『未開拓地』に生息する貴重な薬草や魔物の素材を集めており、それを採取できる人材を探していた。
この境を機に、ロックナーはコルベ家の援助の下で冒険者協会を創設。コルベ家は冒険者協会が収集した素材を流通して更なる財を成した。
やがて何もなかったトルマレン城塞都市は、自治都市として発展したのだった。
「ゴホン。では、王女様に事の経緯をお伝え致します」
レイナは咳払いをして、説明を語りだした。
「十五日前。婚姻の準備で都市を出られていたコルベ殿は、その日の内に戻ってこられませんでした。翌日、我々が首長の行方を捜索していた所、『未開拓地』の森の手前で首長の馬車を発見。馬車の中で、切り傷にまみれたコルベ殿と付き人が入っていました」
アリスはあまりにも悲惨な内容に、思わず口を手で覆った。
「我々は、ファルシオン王国にコルベ殿が亡くなった事をお伝えしようとしました。しかし、突然あのケルベロスが魔物達に率いて、このトルマレンを襲撃してきました。そのまま籠城戦となり、使者を出すことが出来ずにいたのです」
レイナは悲痛な面持ちになると、膝上で拳を握った。
「……我々は、トルマレンを守る為に必死で戦い抜きました。ですが、襲撃から五日経過したその日に、コルベ家の者達は……」
「連中は持てるだけの財産を全て持って夜逃げしたのさ。館の金庫には、金や宝石等がすっからかんだったぜ。しかも連中、本来なら返還するはずだったファルシオンから貰っていた結納金も一緒に持ち逃げしたそうだ」
ロックナーがレイナからの説明を継いだ。
「そんでジリ貧状態だった所、噂になっている”黒髪の悪魔”に助けられたって事になった訳だ」
ロックナーが空閑を見据えた。まさか、自分達がこれから相手にしようとしていた者達に命を救われるとは考えても見なかっただろう。
「……大変申し訳ございませんが、コルベ首長や家の者達がいなくなった以上、我々は王女様をトルマレン城塞都市で受け入れる事は出来ません。出来れば早々に、王国へお戻しした方がよろしいかと」
「……そんな……」
アリスにとって、トルマレンは一種の希望であった。
例え政略結婚でも、あの息苦しい王城での生活を抜けられるなら頑張れると思っていた。
だが、婚姻相手であるコルベ首長も、その家族達もいない。
未亡人となったアリスに残された道は、ファルシオン王国へ帰るしかなくなった。
(……もう、帰るしか……ないの……?)
再び、あの辛い日々に戻ると考えると、アリスは恐怖で身体が震え出した。
王国に帰った所で自分の居場所はない。それどころか、自分を亡き者にしようした姉のエリシアが待っている。
エリシアに自分が生きていたと知れば、危害を与えてくるかもしれない。
その時、震えるアリスの手を別の手が置かれた。
アリスが視線を移した先で、隣に座る空閑と目が合わさった。




