第二十七話 緑衣の戦士達
アリスはちぬーくの窓を食い入るように見ていた。眼下の先には、以前に見たブラックドッグとは異なる黒い四足の魔物が現れた。三つの頭を持った巨大な体格をした魔物だ。三つ頭の魔物が口から火を噴き、トルマレン城塞都市の壁が赤く燃え上がった。
「あれは……何なの?」
——……魔獣”ケルベロス”。まさか、あのようなものまで出てくるとはな……。
「魔獣?」
アリスが右肩に乗っているフロルに尋ねた。
——自然界の魔力であるマナが負に侵され、穢れとなった集合体。我ら精霊とは対なる存在であり、天敵だ。
アリスは、ケルベロスと呼ばれた三頭の魔獣を見つめた。
すると、ケルベロスの上に二つの空飛ぶ鉄箱が、けたたましい音と共に光の雨を浴びせた。しかし、ケルベロスは身を低くするだけで、あまり効いていないようだった。
その時、ケルベロスが何かを見つけたかのように三つ頭が同じ方向に向くと、颯爽と駆け出して行った。
——何だ? 一体何処に向かっている?
不思議がるフロルの声を聞いたアリスは、ケルベロスが向かおうとしている方向を見ると、驚きの声を上げた。
「あれって……クガ様!?」
アリスの視線の先には、地面に屈み込む空閑の姿があった。肩に黒い大筒を抱え、それをケルベロスに向けていた。
「クガ様、駄目! 逃げて!」
ケルベロスが迫ってくる空閑に、アリスは思わず叫んだ。
次の瞬間、ケルベロスの間近で爆発が起こった。
「な……何が起こったの?」
——何だ。あ奴、何をしたのだ?
アリスとフロルは、目の前で起きた出来事に理解ができないでいた。
空閑が肩に担いでいた大筒から突然閃光が迸ったかと思ったら、ケルベロスが炎の爆発に包まれたのだ。
「ガウウォォォォォ!!」
黒い煙と土埃の中から、ケルベロスが雄叫びを上げて姿を見せた。そこには三つ頭の内、左側の頭が無くなっていた。悲鳴とも似つかない大声を出しながら、ケルベロスが身体をひねらせてもがき動く。頭部を失った左側の首から、黒い血が荒れ地の大地を染めていく。
ケルベロスが暫く暴れ狂った後、『未開拓地』方面の深い森の中へと逃げていった。
同時に、トルマレン城塞都市を襲っていたコボルトやブラックドッグらは、ケルベロスがその場を去った途端に恐慌状態となった。
凶暴な魔物達は、ケルベロスを退けた斑模様の人間からあたふたしながら森へと駆け出して行った。
——まさか……魔力無き者が魔獣に致命傷を負わせるとはな……。
「……クガ様、あんなにお強い方だったなんて……」
アリス達は周りに集まってきた隊員へ、指を指しながら何かを伝え回っている空閑を見据えた。
彼は自分と同じ魔力を持たない人間だった筈だ。
以前、下級騎士から魔力が無い事で理不尽な暴言を言われた事があった。その下級騎士は、騎士団の中で魔力が一番少なく、魔法や魔導具を上手く扱えなかった。騎士団で受けた嫌味を、魔力が存在しないアリスに八つ当たりする事で、威厳を保っていたのだ。
魔力が無い者がどれ程の風当たりが強いかを、アリスは肌身を持って知っていた。
だが、空閑らジエイタイは違う。
魔力が無い存在でありながらも、空を飛ぶ乗り物を操り、魔物達に殲滅させ、凶悪な魔獣を手傷を負わせる程の威力をほこった武器を持っている。
アリスは、改めて実感した。
ファルシオン王国らマルスティア大陸の同盟国軍を未開拓地へ派遣され、そして壊滅した話は決して偽りではなかったのだと。
アリスが窓の外を出来事に見入っていると、不意に肩を叩かれた。
振り返ると、安里三曹が立っていた。
『あんぜんがかくほされました。これからちゃくりくします』
安里三曹が、アリスに紙切れを見せて内容を伝えた。
すると、地上から離れていた場所から、段々と地面が近づいていた。
アリスが再び下に視線を向けると、空閑の顔が確認できる位置まで来ていた。アリスの顔に気づいた空閑が、こちらに向かって手を振ってきた。
(クガ様……無事でよかった……)
空閑の姿を目にしたアリスは、ほっと胸をなでおろした。
◇
アリスは地上に降り立ったちぬーくから出ると、空閑ら第一偵察小隊と共にトルマレン城塞都市の西と東にある門の内、東側の門の前に来ていた。門の前には大きな鉄柵が下がっており、奥には剣や槍を構えた人々が見えた。城壁の上から弓や弩を構えた者達がこちらを狙っていた。
「各員、こちらからの発砲は禁ずる。繰り返す、こちらからは絶対に発砲はするな」
アリスの前に立つ空閑が、胸に着いた箱のような物に手を添えて話していた。確か、ムセンキと呼ばれる遠くの人と会話ができる道具だと空閑から聞かされていた。
「さて、トルマレン城塞都市に来たのは良いですけど、これからどうしましょうか?」
空閑が困った表情をしながら、アリスに問いかけた。
元々、なるべく騒ぎを立てる事なくトルマレンへ来る筈だった。しかし、魔物に対処する為に戦いを始めてしまった為、大いに目立ってしまった。
恐らくトルマレンの人々は、突然都市に現れ、魔物達を退けたジエイタイに不信感を抱いているだろう。
アリスも今まで寄った都市等の領主や貴族の対応は、ラザフォードや王国の従者が対応していた為、どうすればいいのか頭を悩ませていた。
そんな事を考えていると、突然鉄柵の門が音を立てて上に昇りだした。
門が開けられると、都市から三人の人間が出てきた。
槍を構えた鎧の兵士らしき二人の間に挟まるように、一人の女性がやって来る。栗色の髪をポニーテールして、左腰に両刃の剣を携えていた。
ポニーテールの女性達が、アリスと空閑の顔が見える位置で止まった。
「貴殿らは何者だ、何故トルマレンまで来た?」
ポニーテールの女性が剣を抜くと、アリス達が刃先を向けた。咄嗟に空閑が庇うようにアリスの前に出た。
「待って下さい! 我々は貴女が方の敵ではありません!」
「答えろ! 貴殿らの目的は何だ!?」
「話を聞いて下さい! 我々は敵ではありません!」
「おい、聞いているのか!」
女性が捲し立てるように声を上げた。空閑はしどろもどろになりながらも、女性を落ち着かせようと説得を試みていた。
「おい! さっきから何を言っているのだ!」
「だから我々は……! くそっ、一体何て言ってんだよ!?」
二人から出た言葉に、アリスは違和感を抱いた。
「あの、クガ様。あの女性は、わたし達が都市へ来た目的を聴いていますけど……」
「えっ、アリシェスタ王女様。あの女性の言葉が解るのですか!?」
アリスが後ろから話しかけると、空閑が驚いた表情で振り返った。
——恐らくは、アリスがあ奴以外のニホン人の言葉が解らないように、あ奴もこの世界の者の言葉が解らないのであろう。
足元にいたフロルが語り掛けてきた。
そういえば、アリスは空閑との間で刻まれた『精霊の祝福』のおかげで彼とだけは会話できていて、他のジエイタイ隊員達とは筆談で会話していた。空閑は今、自分とは反対の状況にいると思われた。
「……クガ様、わたしが代わりにあの方とお話し致します」
「……すみません、お願いできますでしょうか?」
「はい」
空閑が場所を空けると、アリスはポニーテールの女性達の前に立った。




