第二十五話 航路を往く
南部陸将補の会談から翌日。トルマレン城塞都市へ向かう事を了承したアリスは、駐屯地内にある地面が固く灰色に広がった平らな場所にいた。
そこには風車のみたいなものが上についた鉄箱が鎮座していた。二つの風車が回転して、辺りに轟音を響かせていた。
「ク、クガ様……これは、何ですか?」
出立した時のドレスに身をまとったアリスが、隣に立つ空閑を見た。彼もまた、最初に出会った時の様に黒い杖を携えた出で立ちの姿をしていた。頭に兜を被り、身体中に奇怪な装備品を付けている。
「CH-47JA"チヌーク"。輸送能力に特化したヘリコプターです」
「へりこぷたー?」
「まぁ簡単にいえば、空を飛ぶ乗り物ですね」
「……これが、空を飛ぶ?」
空閑の説明に、アリスは目を丸くした。
今まで駐屯地で様々な乗り物を見てきたが、全てが地面を走るものばかりだった。だからこそ、このような風車が付いた鉄箱が、空を飛ぶなどと信じられなかった。
ちぬーくと呼ばれた鉄箱の側には、空閑と同様の格好をした隊員達が整列して立っていた。その中には安里三曹や本井陸士長の姿があった。
一人の隊員が空閑の元に駆け寄って来て、敬礼をしながら何かを話していた。
「報告ご苦労、蔵前曹長。ではアリシェスタ王女様、そろそろ乗りましょうか」
「は、はい。フロル、行きましょう」
——うむ。
アリスは足元に居るフロルへ声を掛けると、空閑に連れられてちぬーくの後ろに大きく空いた入口から中へと入った。
ちぬーくの内部は薄暗かったが、空閑が窓のある座席に座らせてくれた事で、少しばかり落ち着く事ができた。
アリスの右隣に空閑が、そして左隣に安里三曹が座る。
「各員、その場で傾聴せよ」
空閑が全員乗ったのを確認すると、聞こえるように声を上げた。全て視線が彼に注がれる。
「事前のブリーフィングで話した通り、これよりアリシェスタ王女様をトルマレン城塞都市まで護送する。『未開拓地』の森林地域と都市の中間地点あるポイントアルファをランディングゾーン(着陸地点)とし、そこから徒歩で目的地まで向かう。なお、不測の事態に備えて各員、武器や装備の点検を怠るな。以上、質問は?」
空閑が周りを見ると、隊員達は何かを叫んで答えた。空閑は頷くと、前方に座っている二名の隊員らに右親指を立てて見せた。
すると、後ろの足場が上がって爆音が激しく鳴り響く。同時に、ふわっとした浮遊感がアリスの身体に過った。窓の外を見ると、灰色の地面からどんどん離れていき、ジエイタイの駐屯地を見渡せる位置にいた。
「噓……本当に、飛んでいるの?」
——……何というだ……信じられん。
アリスの肩に乗っていたフロルも、あまりの光景に言葉を失ったまま、遠ざかっていく大地を見つめていた。
◇
アリスが見る窓の外に広がる眼下には、かつて自分が置き去りにされた森林があった。あれほど恐ろしかった筈の高い木々を、今は見下ろす形となっている。
顔を上げると、自分が乗っているちぬーくとは別の風車が付いた鉄箱が、宙に浮きながら森の上を滑走していた。
(……わたし、やっぱり夢でも見ているのかしら)
魔法技術が著しいモルダニア神聖国では、翼竜等の空を飛ぶ魔物達を使役して戦う者がいると聞いた事がある。
だが、このちぬーくにも魔力を感じないとフロルは言っていた。
自分と同じ様に魔力を持たない筈なのに、空を移動できる乗り物まで保有するニホン国。その途轍もない技術文明を持つ国と共にいる事に、アリスは不安を感じずにはいられなかった。
「アリシェスタ王女様、どうされました?」
不意に、隣に座る空閑がアリスの顔を覗き込んできた。急に視界に現れた彼の顔に、アリスの心臓は飛び跳ねた。
「何か考え込んでいましたけど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
アリスは空閑から逃げる様に、顔を横に向けて答えた。
「心配しないで下さい。ヘリのパイロットは優秀ですから。何事もなく、無事にトルマレンまで着きますよ」
「はい、ありがとうございます」
空閑が笑みを浮かるのを見て、アリスは表情を綻ばせた。
すると、空閑の向かい側に座った本井陸士長が何かを話しかけてきた。
「何、フラグ? おい、本井。そんな漫画みたいな事が起きる訳が——」
空閑が言いかけた時、鉄箱の前方から叫び声が聞こえてきた。
「機長、どうされました?」
空閑が前方に向かって、右側に座る緑色一色の服装を着た隊員に尋ねた。
「……先行偵察していたオメガ1から無線が? 分かりました、代わります」
空閑が左隣の隊員から何かを受け取る。全体が金属でできている無骨なヘッドドレスのようなものだった。
「オメガ1へ。こちらファルコンリード、送れ」
空閑が手に取った物に向かって話し始める。不思議な光景に、アリスは思わず見入ってしまった。
「……えっ、トルマレンらしき都市に黒炎を視認?」
次の瞬間、空閑の絶叫に似た声が鉄箱に響き渡った。
「……何だって、都市にモンスターの大群が!?」
◇
トルマレンは、ファルシオン王国と『未開拓地』の森を境にある荒地に建てられた城塞都市だ。
元々は五百年前に建てられた城跡に、荒地付近にいた小さい集落らが城壁内に移り住み、各地区に分かれて暮らしていた。そこへ森の中に生息する貴重な薬草や、森から現れた魔物達の素材を目的に、傭兵達がたむろするようになった。
やがて、傭兵達が独自の武装集団である冒険者協会が発足。そして、彼らのパトロンであるファルシオン王国の豪商であったコルベ家を中心とした政治体制によって、トルマレンが建立したのだった。
「モンスター……いや、魔物の種類はブラックドッグとコボルト……数は千から二千って所か」
空閑は、目の前に置かれた光り輝く物体の前にいた。以前、アリスが南部陸将補との会談で見たぱそこんと似た道具であった。
そこには、トルマレンに雪崩れ込む魔物の姿が鮮明に映っていた。城壁の上では、弓を持った人達が外に向けて矢を放っているのが見える。
空閑が黒い杖を持ち直すと、後ろに振り返った。
「南場陸将補から戦闘許可が下りた。これより外界生息害獣、通称『魔物』と交戦する。最初に随伴した護衛のヘリが牽制射撃を開始。着陸後、俺達は魔物を側面から攻撃を行う」
空閑の言葉に、隊員達が頷いたり、声が上げて返答した。全員に黒い杖を携えており、中には黒色の大筒を背負った隊員もいた。
「蔵前曹長、安里三曹、笹沼二曹、月川陸士長らは、チヌークに残ってアリシェスタ王女様の護衛。戦闘終了まで安全圏にて退避しろ」
空閑が隣に立っている中年男性の隊員と、アリスの周りにいる女性隊員達にそれぞれ告げた。
アリスの乗ったちぬーくが揺れると同時に、後ろの扉が大きく開かれた。強風が中まで吹き荒れて、アリスは思わず目を伏せた。
「総員、状況開始だ! 散開しろ!」
空閑の掛け声と共に、隊員達が飛び出していく。
「クガ様!」
アリスは、最後にちぬーくから出ようとする空閑を呼び止めた。振り返った空閑と視線が合わさる。
アリスは少しの間言いよどむも、やがて決意を固める。真っ直ぐに空閑を見据えて、口を開いた。
「……どうか、お気をつけて!」
空閑はきょとんとした表情になるも、二カッとアリスに笑いかけた。
「任せてといてください!」
そう言い放つと、空閑はちぬーくから降りて行った。
(クガ様……どうか、ご無事で)
魔物達に向かって駆けていく空閑達の姿を、アリスは空へ昇っていくちぬーくの窓から見ながら、彼の無事を祈った。




