第二十二話 光をくれる者
本文から14話まで話数を変更しました。
「アリシェスタさんはご自身の家族に、何より貴女の『姉』に対してあからさまに恐怖を抱いて口を噤んでいた。無論、これらを断定する証拠はありませんし、俺の憶測にすぎません。ですが、それを後押ししたのはこれです」
空閑は、雑嚢から一枚の羊皮紙を取り出した。自分の父王が書いた祝辞の書簡だ。
「正直、俺がこちらの文字が読めるのもそうでしたが、アリシェスタさんの素性の方が一番驚かされましたよ」
「……」
自虐的に笑う空閑に、アリスは口を閉ざしたままだった。
「護衛に命じられるだけの地位を持ち、尚且つ貴女が家族と諍いを抱えているとならば、おのずと全容が見えてきます」
空閑は表情を引き締めてアリスを見た。
「アリシェスタさん、いえ、アリシェスタ王女様。貴女は王族であるご家族の意図によって、森の中で馬車と一緒にいた者に襲われた。これが俺なりに考えた考察です」
空閑の説明が終わっても、アリスは下を俯いたまま戸惑っていた。彼の言ったことは殆どが的を射ていた。
トルマレン城塞都市へ行く行路で護衛の騎士達に襲われた事。それを指示したのは、姉であるエリシアだった事。
もう言い逃れはできないと悟ったアリスは、自分の過去を淡々と語り出した。
「わたしは……幼い頃に魔力を持っていない事が分かりました。ファルシオンだけでなく、マルスティア大陸に住まう人達にとって、わたしは何の価値のない……無意味な存在でした」
誰もが有する筈の魔力が無い。それはマルスティアにいる人間からは、不気味な存在以外何ものでもなかった。特に自分はファルシオンの王家の血筋故に、『王家の恥』『ファルシオンの汚点』としてぞんざいな扱いを受けていた。
哀しみの打ちのめされ、苦痛に苛まれる日々を過ごす中で何度も思い返した。”わたしは、どうして生まれきたの”と。
「そんな中でも、わたしをいつも勇気づけてくれたのは、フロルだけでした。」
アリスは、愛おしく膝上で眠るフロルの頭を撫でた。辛い中でも頑張れたのは、この子が傍に居てくれたからだった。
「……あの日、わたしはお父様の命でトルマレンの首長との婚姻の為、城塞都市へ向かっていました。目的は異界から来た”黒髪の悪魔”……いえ、ニホン国に対抗する援軍を得る為です」
父親である国王からの王命に言われるがまま、自分はトルマレン城塞都市の首長へと嫁ぐ事になった。
魔力がないとはいえ、自分は曲がりなりにもファルシオンの王女だ。ファルシオン王国の為にその身を捧げなけらばならない。
例え政略結婚でも、あの地獄のような王城での生活から逃れられるなら、それでも良かった。
しかし、期待が儚くも打ち砕かれた。
「……でも、護衛であった騎士の皆様に無理矢理降ろされたのは、未開拓地の森の中でした。そして……その方達から聞かされました……エリシアお姉様からの……命……だと」
姉のエリシアが、何故自分を虐めていたのは分からなかった。ただの暇つぶしとしての遊び相手だったのか。それとも魔力を持たないのに、修道院や離宮で過ごすことなく王城で暮らし続けている自分への当てつけだったのか。
それでも、過去に自分がエリシアによって死の淵を彷徨う怪我を負った際、姉は父王から厳しく咎められた。以降、嫌がらせは続いていたが、大きな怪我をするような事は無かった。
流石に自分の命を狙うような事はしてこないだろうと思っていた為、今回の出来事は全く予想ができなかった。
暗い森の中で恐怖と絶望に苛まれる自分の元に、フロルが現れた時は心の底から歓喜した。
あの時のフロルの温もりが、まだ手に残っている。
「そして、フロルを追って見つけたのは……クガ様、貴方でした……」
マルスティア大陸では見ることのない黒い髪を持つ人間。その異質な風貌を見て驚きを隠せなかった。
しかし、実際の彼らの姿は噂とは似つかわしくない程、優しく誠実な人達だった。
「……本当は、クガ様にはきちんとお話をするべきでした……言わなければ、いけないと……そう……思っていたのに……」
「無理もないですよ。自分らのような得体の知れない者に恐怖を抱くは普通の事です。貴女は間違ってなどいません」
「違います……! クガ様は悪くありません!」
アリスは思わず叫んだ。
「始めは怖かったです……黒髪の悪魔と呼ばれる人を初めて見て、どうしようもなく怖かったです……でも、クガ様やジエイタイの皆様は、わたしに優しくしてくれました」
祖国で聞かされていた”黒髪の悪魔”。マルスティア大陸の国々の軍をいともたやすく壊滅させた邪悪な存在。
忌み嫌う筈の敵国の人間である自分に、美味しい食事をくれたり、温かい入浴と寝床を与えてくれた。親身になって話をしたり、初めて海を見せてくれた。
「それなのに、わたしは……皆様を裏切ってしまいました……許される事ではありません……」
書簡の内容を空閑やジエイタイ達が知ったのであれば、下手に国やトルマレンに帰してしまうと援軍を呼ぶ寄せる事に繋がる。それはジエイタイ達にとって厄介事以外の何ものでもない。
そうなれば、彼らが取る手段は一つ。自分をこの地に拘束し続けるしかない。
「……わたしは覚悟はできています。ですから、クガ様。どうか、わたしを——」
「待って下さい」
アリスが言いかけるのを、空閑が突如として話を遮った。
「貴女は何時、我々に迷惑を掛けましたか? 少なくとも、貴女は素性を明かさなかっただけで、我々に敵対行為はしていた訳ではありません。それに貴女がいなければ、俺や本井が助かる事はなかったんですよ」
空閑の言葉に、アリスは思わず顔を上げて目を丸くした。
「……クガ様は……知っていたのですか?」
「……あの日、おぼろげでしたがアリシェスタ王女様の声と、温かい光が俺を包んでいくのを見ました。その時は俺の勘違いかなと思ったんですけど、本井の時に見たあの光で確信しました。あの森で、貴女が俺を助けてくれたんだって」
空閑が懐かしむように右手甲の赤い紋章を見る。あの日を境に、二人に刻まれた『精霊の祝福』だった。
「俺も本井もアリシェスタ王女様がいたから救われました。他の誰かが貴女の存在を否定しようとも、俺や仲間達が肯定します。貴女は生まれてきて良かった。けして無意味でも無価値でもありません」
「……でも、わたしはクガ様達に……何もしてあげられません」
「我々は自衛隊です。助けを求める人がいれば国籍や身分を問わず、守る為に尽力を掲げます。貴女が助けを望むなら、我々は貴女を受け入れる準備はできています」
空閑は膝をついて、ベッドに座るアリスと視線を合わせる。
「なので、改めて聞かせてください。アリシェスタ王女様、貴女がこれからどうしたいのかを」
空閑の柔らかな茶色の瞳がアリスに注がれる。
「クガ……様……」
アリスの目元から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
姉に地下牢へ閉じ込められた時、アリスは泣きながら必死で助けを求めた。
だが、誰も自分を見つけてくれず、途方に暮れてまで暗闇の中に置き去りにされた。そして、今回も同様に暗い森の中で捨てられた。
そこで出会ったのは、空閑であった。
彼は敵国である自分に優しく接してくれた。ジエイタイ達の中で唯一言葉が通じるおかげで、些細なことでも気を遣ってくれた。暗い所が苦手な自分に、怖がらないようにと明るい場所を用意してくれた。
「クガ様……わたしを、助けて……下さい」
口元を震わせながらも、アリスは救いの言葉を紡ぎ出した。
「……はい、もちろんです」
空閑の返答に、アリスは顔を両手で覆って泣き出した。
王城で居た時、助けを求めても誰からも手を差し伸べてくれなかった。
そんな中、彼は自分を助けると言ってくれた。自分を受け入れ、守ってくれると伝えてくれた。
彼だけが、暗く沈んでいた心に光を与えてくれた。
「……今まで辛かったですね。もう大丈夫ですから」
空閑の右手がアリスの肩にそっと添えらた。
無骨ながらも優しく温かみのある彼の手を感じながら、アリスは今まで溜め込んだ感情を出すように泣き明かした。




