第二十一話 真相解明
日が落ちて周りが暗くなった時刻。アリスは駐屯地司令本部の自室のベッドに腰掛けていた。動物用のブラシを使って、膝上に乗せたフロルの毛並みを整えていた。フロルは、時折欠伸をしながら気持ち良さそうにアリスの手入れを受けていた。
あの騒動後、アリスを部屋に送り届けた空閑は、本井陸士長の容態を確認する為に医療棟へ向かった。部屋の前には、一緒に夕食を取った安里三曹が扉の前に立って現在も警護を行っている。
昼間の様に明るい部屋の中で、アリスの心は暗く沈んでいた。
その理由は分かっている。空閑に自分の素性が知られてしまったのだ。
アリス自身、捨てられた馬車にトルマレンの首長と彼の実家であるコルベ家への祝辞が書かれた書簡が残っていたとは夢にも思わなかった。
もし、自分がファルシオン王国の第二王女である事を伝えていたら。
もし、自分が黒髪の悪魔と呼ばれているジエイタイに対抗する為の援軍を得る為に、トルマレンの首長に嫁ぐ事を話していたら。
そんな考えがアリスの頭の中で駆け巡り出していく。
(クガ様は……きっと怒っている……)
あの時に見せた空閑の怒りに満ちた表情。その光景が忘れられずにいた。
すると、部屋の扉をノックする音が響いた。
「アリシェスタさん、入りますよ」
空閑の声に、アリスはビクッと身体を震わせた。
「……どうぞ」
アリスは手が止めて言葉少なく入室を促すと、空閑は部屋へとやって来た。険しい顔を浮かべながら、ベッドに座るアリスの元へ近づいて来る。
アリスが固唾を呑んで見つめていると、空閑が急に頭を下げた。
「この度は本井を救って下さり、本当にありがとうございます」
空閑の感謝の言葉に、アリスは目を丸くした。
「先程、本井が無事に目を覚ました。身体にも異常はなく、健康状態も良好との事です」
「そうですか……良かった」
空閑から聞かされた報告に、アリスは胸を撫で下ろした。自分の力で人を助けれらた事に少なからず嬉しかった。
「……それと、今回は本当にすみませんでした。アリシェスタさんを怖い目に合わせてしまって……」
空閑の悲痛な表情に、アリスは居たたまれない想いに駆られた。
(違う……クガ様は悪くない)
全ての原因は自分にあるのだと、アリスはそう言いたかった。
彼は最初から正直に話してくれていた。ニホンという異界の国からの来た事。彼らがジエイタイと呼ばれる軍勢である事。そして、自国を守る為に、いやもう得ずにファルシオンや他の国々と戦争になったしまった事。
それなのに自分が本当の事を話さなかったせいで、隊員の一人が命を落としかけたのだ。
恩返しをしたいと思っていたのに、逆に彼らに迷惑を掛けてしまった。
謝罪の言葉を口にした空閑は、そのまま黙り込む。アリスも彼に何と声を掛けたら良いか迷っていた。
「「あの——」」
不意に発せられた二人の声が同時に重なった。
「す、すみません。アリシェスタさんからどうぞ」
「い、いえ、先にクガ様の方から……」
再び二人の間に沈黙が流れる。
「……分かりました。では、改めてアリシェスタさんにお聞きしたい事があります」
空閑が真剣な表情になった。
自分を強く見つめる眼差しに、アリスの手が震えだした。それを感じ取ったフロルがアリスを見上げた。
——アリス。
(……分かってる。でも、クガ様に言わないと)
アリスはフロルにそっと微笑んだ。フロルが側に居てくれるだけで、自分の心は保たれているのだ。
「アリシェスタさん、貴女は——誰かに命を狙われていたのですか?」
一瞬、アリスは言葉の意味を理解出来なかった。
「……えっ?」
「いえ、この際はっきり言います。あの日の森の中で、貴女は恐らく……貴女のご家族の誰かによって殺されかけた。違いますか?」
「っ⁉」
アリスは、心臓が鷲掴みされたかのように飛び跳ねるのを感じた。
何故、彼は自分が姉によって森の中に捨てられた事を知っているのか。
「……どうして、それを……」
「根拠は二つあります。まず一つ目の理由として、実はアリシェスタさんを見つけた翌日から、自分の一小(第一偵察小隊)にあの森の中の捜索を命じていました。そして、今日あの壊れた馬車を発見しました」
空閑は、経緯に至ったアリスに説明を開始した。
彼の指示を受けてアリスと最初に出会った周囲を散策していた第一偵察小隊の二個分隊は、近くで轍と馬蹄を発見した。その痕跡を辿って行った所、切り立った斜面の下で横転した馬車が見つかったのだ。
「最初は状況から見て、アリシェスタさんは乗っていた馬車で何らかの集団から襲われたんじゃないかと考えました。けれど、分隊の報告から馬車や周辺に争った形跡がなく、轍があった周辺以外に他の人や馬の足跡もなかったとの事でした」
更に言えば、投棄されたと思われる馬車の近くで複数の馬の足跡が、まるでその場から去る様に一直線に何処かへと向った形跡も分隊が確認していた。
もし、アリスが本当に大切な存在であるならば、彼らは彼女を捜索していた筈である。
「考えられるのは、アリシェスタさんを襲ったのは馬車と一緒に居た同行者。おそらくは貴女を護衛していた者達になる。多分ですけど、馬車の御者も彼らとグルだったってところでしょうね」
空閑の考えは的確に当たっていた。アリスは思わず彼の話を聞き入ってしまう。
「二つ目の理由は、アリシェスタさんが家族の話を全くされなかった事です。これが俺にとって、一番の違和感を与えました」
アリスはジエイタイの駐屯地へ来てから、空閑や安里三曹を含めた小隊の隊員達が話し掛けていた。ニホン国の歴史や文化を教えてくれたお返しに、自分が知っている範囲でマルスティア大陸の国や慣習について彼らに伝えていた。無論、自分がファルシオン王国出身の第二王女である事と、精霊姫の力については秘密にしたままであった。
そして、もう一つ彼らに言わなかった事がある。それは自分の家族に関する事だ。
「昨日、安里三曹から相談があったんです。”あたしの姉妹についての話をしていたら、急にアリシェスタさんが顔を青ざめてしまった”って」
その報告にただならぬ疑念を感じた空閑は、安里三曹や駐屯地にいる他の女性隊員達にも協力をお願いして、それとなく探ってみてくれと頼み込んだ。女性隊員達は、二つ返事で応じてくれた。
(そういえば、今日の朝と昼の食事で、いろんな方が話しかけてくれた)
アリスは、食堂で安里三曹といった女性隊員らがいつもよりも積極的に話しかけてきたのを思い出した。
「その内の一人が会話している最中に気付いた事があると、自分の所に来て話してくれました」
空閑のアリスを見つめる眼光が更に強まる。
「彼女はこう言っていました。”アリシェスタさんに家族に関係する話をした時に、特に『姉』という言葉に対しては過剰なまでに酷く怯えていた”って」
空閑からの言葉に、アリスは身体中の血の気が引いていくのを感じた。




