第十三話 無償の善意
食事を終えたアリスは、空閑の案内により駐屯地内で比較的に大きな建物へ連れて来られた。空閑の話から、自衛隊の将軍が住む館に自分の寝床を用意したと聞いて、アリスは驚いた。
流石に恐れ多いと空閑に申し出るも、「まぁ、許可は貰ってますし」と困った顔で答えた。
案内された部屋には、ベッドと丸いテーブルや椅子が置かれていた。こぢんまりとした部屋であったが、贅沢を言える立場ではない。何よりも、かつて自分の部屋も同じ様な環境であった為、アリスには丁度良かった。
ふと、アリスはベッド横の台に布生地を敷き詰めた籠が置かれているのに気づいた。
「あの、クガ様。この籠は?」
「それはフロルのベッドです。安里三曹が指摘されて、その子の寝床も用意しました」
空閑は、だんぼーると呼ばれる紙で出来た四角い箱を部屋に運びながら、アリスの腕に抱かれているフロルに視線を向けて答えた。
空閑が持っているものの中には安里三曹ら女性隊員達がアリスにと言って、寄付された女性用の品々が入っている。
アリスは勿体なく思って断ろうとしたが、
『おんなのこは、きれいにしなくちゃ』
『ありしぇすたちゃんは、えんりょしなくてもいいの』
『あたしたちのことは、きにしなくてもいいから』
大勢の女性隊員達からのメッセージと共に、衣服やら化粧品やらを渡されたアリスは暫し困惑した。
そんな大量の荷物を運ぶのも、空閑一人に任せてしまっている。せめて荷物は自分で運ぼうと空閑に伝えるも、「構いません」の一言で断られた。
自分の寝床まででなく、フロルの寝る場所まで用意してくれる空閑ら自衛隊員達に少しばかり気が引けていた。
アリスは、抱きかかえていたフロルを籠の中へと入れた。
(フロル、どう?)
——うむ、中々の居心地だ。
(そう、良かった)
フロルとの会話を終えると、アリスは窓の外を見た。
空閑から教えられたデンキと呼ばれるもので明るく照らされた駐屯地内で、斑模様の隊員達が数人歩いているのが見える。
灰色の建物と深緑色の天幕、鉄の荷馬車が並んだ先には、高く積まれた土が駐屯地の周りを囲んでいた。その上には小屋らしき建物も見られ、光が外側に向けられていた。
(改めて見たけど……本当に信じられない)
部屋を照らすデンキのみならず、お風呂や食べ物等、これまで経験した事のない出来事にアリスは驚きの連続だった。魔法や魔力が存在しないはずなのに、ファルシオン王国、いやマルスティア大陸のどの国々にも到底及ばない技術と文化を日本という国が持っていた。
「アリシェスタさん」
そんな想いに耽っていると、空閑が声をかけてきた。振り向くと、部屋に二つのだんぼーるが床に置かれていた。
「荷物は全て運び終わりました。すみませんが、開封はお願いします。流石に女性隊員らの私物が入っているのを俺が見る訳にはいかないので」
「分かりました。ここまで運んで下さり、ありがとうございます」
「それじゃあ、俺は隣の部屋にいるので、何かあった時は声を掛けて下さい」
空閑が部屋を出ていこうとした際、彼の右手がアリスの視線に入った。
(え?)
アリスは思わず目を疑った。
空閑の右手の甲には、自分の右手と同じような赤い紋様が描かれていたのだ。
「あ、あの、クガ様!」
「どうしました?」
「その……その右手は?」
アリスの指摘に、空閑は納得した顔になった。
「ああ、これですか? 俺にも分かりませんが、なんか急に現れたみたいで」
空閑は、自らの右手をアリスに見せた。その甲には、自分と全く同じ赤い紋様が刻まれていた。
(わたしと同じ……紋様)
アリスは、無意識に左手で右の甲に触れた。
「……そうです、貴女の右手と同じものですよ」
空閑の言葉に、アリスの心臓が跳ね上がった。
「念のためにお聞きしますが、この紋様について知っていますか?」
突然、低い口調になった空閑に、アリスは身体を硬直させた。射抜く様な彼の視線に、思わず目をそらした。
「……申し訳ありません。わたしも……分からないです」
「……そうですか」
空閑は、淡々とした声を返した。その表情は、どこか落胆した顔つきとなっていた。
「……本当に、申し訳ありません……」
「ああ、いえ、別に責めているつもりじゃないですから」
空閑の言葉に、アリスは首を横に振った。
「わたしは……わたしには、生まれた時から魔力がありません」
アリスは、自身の秘密を空閑に打ち明けた。
本来、こんな事を口にするのは初めてだった。魔力を保有しているのが当たり前とされる世界で、魔力無しだと知られる事が如何に危険であるかは、アリス自身が身をもって経験していた。
そんな中、空閑や自衛隊員達は自分に優しく接してくれた。
彼らは、黒髪の悪魔と蔑み敵対する大陸の人間であると知りつつも、憎んだり怒りをぶつけたりしなかった。それどころか、助けてくれるだけでなく、美味しい食べ物や寝床まで与えてくれたのだ。
(第二王女の事は言えなくても……せめてクガ様には、ちゃんと伝えたい……)
それがアリスにとって、空閑への感謝と謝罪の気持ちであった。
「魔力が無い?」
「はい、幼い頃に魔力測定を受けた時、わたしには魔力が全く存在しない事を知りました。だから、今まで魔法どころか、一般的な魔導具さえ使えた事がありません。わたしにとって……魔法というものは、遠い存在なんです……」
アリスは、自分の右手の甲の紋様を見つめた。
「恐らくですけど、この紋様も魔法に関係するものかもしれません。だけど、どうしてわたしやクガ様に、この様なものが現れたのかは、わたしにも分かりません。だからクガ様……何もお役に立てず申し訳ございません」
アリスは、空閑に深く頭を下げた。
「アリシェスタさん……」
アリスと空閑の間を、永遠に感じられる程の沈黙が流れた。
すると、外から軽快な音楽が鳴りだした。突然の事にアリスは身体をビクッと震わせた。
「消灯のラッパですね」
空閑が窓の外を見た。アリスも外に視線を移すと、駐屯地内の建物や天幕の灯りが消えていくのが見えた。
「そろそろ部屋の電気を消さなければなりませんが、宜しいでしょうか?」
空閑の言葉に、アリスは身体を強張らせた。
「あの、クガ様……その、あの……」
アリスは空閑に話そうとするも、言葉を詰まらせて上手く言えずにいた。
「……もしかしてアリシェスタさん、暗い所が苦手ですか?」
空閑が問いかけると、アリスは小さく頷いて答えた。
「参ったな……延灯許可は申請していないからつけっ放しにはできないし……あっ、そうだ」
空閑は、胸ポケットに手を入れると棒状の物を取り出した。「カチッ」と片手で握って音を出すと、棒が淡く緑色に光り出した。
「ケミカルライトっていいます。これなら朝まで多少の光源を確保できますよ。ちょっと、電気を消してみますね」
空閑はそう言ってアリスにケミカルライトを渡すと、扉の脇にある壁の出っ張りに手を添えた。
「消しますよ」
空閑の声と共に、部屋の灯りが一瞬で消えた。
アリスは思わず「ひっ」と悲鳴を上げたが、緑色の光がアリスの周りを淡く照らしていた。
「綺麗……」
その幻想的な光景に、アリスは自然と口に出していた。
再び部屋に灯りが照らし出され、眩しさのあまりにアリスは目を細めた。
「一応、本部にはまだ起きている隊員がいると思うので、今から延灯許可を貰えるか聞いてみます。もしも駄目だった場合、すみませんが今夜だけ我慢して下さい。あっ、ケミカルライトの数が足りなかったら言って下さい。在庫はまだ沢山ありますから」
そう言い残して、空閑は部屋を後にした。
(クガ様……貴方様は何故?)
アリスは常に自分の事を気に掛けてくれる青年に、ただならぬ違和感を覚えずにいられなかった。




