第十二話 これからの事
「……わたしは、これからどうなるのですか?」
アリスにとって、この状況は囚われの身だ。ファルシオン王国だけでなく、マルスティア大陸の国々と敵対する空閑達に囲まれていては、どうする事もできない。最早、彼の言う事を従うしか道が無いのだ。
「とりあえず、アリシェスタさんは一時的にこちらで保護する事が決まりました。が、強制は致しません。家に帰りたいのであれば、明日にでも我々が送ります」
空閑の言葉に、アリスは目を大きく見開いた。
「……どうして?」
「はい?」
「わたしは……クガ様達の、敵、なのですよ……」
アリスには理解できなかった。
自分は空閑達の国と戦争している側の人間だ。彼らの心情を考えれば、自分には憎悪を向けられる筈である。
しかし、空閑は自分を捕えるのではなく、保護すると言った。
「我々は自衛隊です。防衛、つまり『守る』事のみ戦うのを許された存在です。我々が彼らを攻撃したのは日本を守る為の自衛、正当防衛を行使しただけです」
空閑はため息をつくと、真面目な表情になってアリスを見つめた。
「それに、アリシェスタさんは捕虜ではなく民間人、つまりは非戦闘員です。我々は非戦闘員に危害を加える事は、国の法律により禁止されています。だからアリシェスタさんには、人道的な配慮を受ける権利もあります」
「ジンドウテキ?」
「要するに、我々は貴女に対して傷つける事は絶対にしない。貴女のしたい事に、我々は一切邪魔をしないという意味です」
空閑の言葉に、安里三曹も微笑みながら頷く。阪井は、やや不服そうな顔で空閑を見ていた。
「無論、駐屯地いる間は俺や安里三曹が付き添う事になりますし、こちらの規則も守ってもらいます。ですが、少なくともアリシェスタさんがここに滞在している間、我々が貴女をお守り致します」
空閑の力強くも優しげのある口調に、アリスの鼓動が高鳴った。
今まで誰一人として、自分の味方してくれる人は居なかった。家族や侍女、騎士達でさえ。魔力が存在しない出来損ないの第二王女に価値は無いと言わんばかりに、ぞんざいな扱いを受けてきた。
エリシアやラザフォードが王国の重鎮らとの社交界で称賛と尊敬を受ける中、自分は一人王城の片隅で雑用をする日々を過ごしていた。
魔力が無い者は守るに値しない。それが当たり前だと思い込み、アリスもいつの間にかその事実を受け入れていた。
だが彼は今、守ると言ってくれた。何の価値も無い自分の事を。
何故、彼はここまでしてくれるのだろうか。
アリスの疑念は深まるばかりであった。
「勿論、ペットであるその子も同様ですよ」
空閑が、アリスの両腕に抱えられているフロルを視線を移した。フロルは興味なさそうに欠伸をしては、腕の中でまどろんでいた。
「……ペットではありません」
アリスは俯きながら、フロルを抱く腕をぎゅっと強くした。
「えっ?」
「フロルは……わたしにとって、大切な友人です……」
王城で孤独に過ごす中で、雄一自分の傍に寄り添ってくれた小さな友。フロルがいなければ、『精霊姫』という未知の力に気づくことができ、空閑とも出会う事ができた。あのまま森の中に置き去りにされたのが自分だけだったら、何もできずにいただろう。
異変に気づいたフロルが、心配そうにアリスの顔を見つめる。
「すみません。アリシェスタさんには大切な友人なのに、こちらの配慮が足りませんでした」
その言葉にアリスが顔を上げると、空閑は頭を下げていた。
彼は事あるごとに、謝罪の言葉を口にしていた。
ラザフォードや王国の騎士達のように威張り散らしり、侮蔑の言葉を言ったりもしない。それどころか、今まで自分が他者に対して王城でしてきた事を彼はしていた。
これまで謝る側にいたアリスにとって、空閑の行動は理解できなかった。
すると、隣にいた安里三曹が空閑に何か話し出した。
「ん? ああ、もうそんな時間か」
空閑が左腕に付けている黒い帯のような物を見た。
「そろそろ夕食の時間になります。話は一旦ここまでにしましょう。安里三曹、食堂に案内してくれ」
安里三曹が頷くと、小さな黒い本——テチョウと呼ばれる物に文字を書いた。一枚破いてアリスに見せる。
『わたしについてきてください』
安里三曹に促されて、アリスに立ち上がる。
「そうだ、安里三曹。糧食班(自衛隊で炊き出しを行う部隊)にペット……じゃなかった、フロルのご飯も一緒に用意してくれるように伝えといてくれるか?」
空閑の要請に、安里三曹が日本語で返事をした。
安里三曹と共に部屋から出ようとしたアリスは、ふと空閑を見た。
微笑みながら見送ってくれる空閑と視線を合う。最初に出会った時、空閑の顔には斑模様が描かれていた為に分からなかったが、空閑の顔をしっかりと見たのは初めてだった。
凛々しくも柔和な表情に、アリスは暫し見とれてしまった。
「アリシェスタさん、どうされました?」
空閑の言葉で、アリスは現実に引き戻された。
「い、いえ、何でありません!」
アリスは急に恥ずかしくなった。顔を赤らめているのに気づかぬまま、いそいそと部屋から出るのであった。




