第十話 キャンプ・ガイカイ
※お知らせ※
内容を一部編集しました。
——陸上自衛隊外界駐屯地、医療棟——
「以上が、本件の報告となります」
空閑はベッドの端に座りながら、目の前いる五十代ぐらいの年のある男性に向けて言った。
「了解した。後はこちらから防衛省と官邸にも通達しておく。先ずは体力の回復に努めるように。分かったな、空閑三尉」
「お気遣い感謝します。南場陸将補」
空閑は、外界駐屯地の司令官であり、陸自部隊の最高責任者である南場正伸陸将補に深々と頭を下げた。
「陸将補、念のため三尉から詳しい状況の報告書を作成した方が宜しいかと」
南場の隣にいた自衛官、阪井純二等陸尉が声を掛けた。
「しかし阪井二尉、医官(医師資格のある自衛官)からは今日一日は安静にしている様にと……」
「ですが、外界においてようやく確保できた貴重な現地人です。早急に対策を練らなければなりません」
「しかしだな……」
南場は、空閑に目を向ける。
「自分は構いません。阪井二尉、聴取をお受けします」
「三尉もこう仰っておりますし、後はお任せ下さい」
南場は二人をそれぞれ見据えると、嘆息をついた。
「分かった。だが、くれぐれも無茶はしないようにな」
「ありがとうございます、陸将補」
部屋を出ていく南場に、阪井は敬礼をした。
扉をしまると、阪井は空閑に振り返ってにんまりと笑った。
「また随分と無様にやられたじゃねーか、隼人」
「仕方ないだろ、あんな化け物に出くわすなんて思わねーんだし」
阪井の挑発的な言葉に、空閑はいらつきながら答えた。
空閑と阪井は、通っていた一般大学が一緒の同期であり、共に陸上自衛隊の幹部候補生課程に進んだ仲だった。
空閑と決定的に違っていたのは、阪井は国際学科在学中に海外のボランティア活動へ積極的に参加していた。幹部候補生課程終了後、ボランティアを通して学んだ多言語スキルを活かして、様々な国の在日大使館の武官として勤めていた。
その為、阪井が空閑よりも一つ上の階級に昇格していたのだ。
「”水機団”から転属して来て良かったじゃねーか。犬にビンタされて怪我したなんて知られたら、おめぇ一生笑い者になってたぜ」
「だったら、お前も偵察小隊に来い。特別に小隊長をやらせてやる」
「嫌だね。俺は陸自の幕僚(補佐官)としての勤めがあるんだ」
空閑の嫌味を、阪井は軽く受け流した。舌打ちをしつつも、空閑は話題を変えた。
「それで純、俺に何を聞きたいんだ?」
空閑が真剣な表情で阪井を見た。しばらくの沈黙後、阪井が口を開いた。
「おめぇから見て、あの嬢ちゃんはどう思う?」
「……アリシェスタさんの事か?」
空閑の言葉に、阪井は頷いた。
「おそらくだが……彼女はそれなりに地位の高い人間だと思う」
アリシェスタが着ていたドレス、佇まい、口調、どこか気品のある仕草。それらを総合的に考察した結果、かなりの上流階級、恐らくは貴族と呼ばれる地位の人間の可能性がある。
現代の日本において爵位制度というのは馴染みが薄いが、外界からやって来た武装勢力の武器や身なりから、そういった社会構造がある事は自衛隊内でも推察されていた。
外界へ派遣される際に、こういった知識や内容も幹部である空閑の頭に叩き込まれていた。
「問題は、どうしてあんな危険な森の中に一人で居たって事だ。こういうは普通、護衛かなんかが一緒にいる筈だろ」
「……何か訳アリって事か?」
「だろうな……」
空閑は天井を見上げて答えた。
「で、”おめぇ個人”としての見解はどうなんだ?」
空閑は再び阪井に視線を戻した。
「俺個人?」
「とぼけんなって。おめぇの部下共から聞いたぞ。おめぇを見つけた場所と戦闘服(自衛隊の迷彩服)に、かなりの血があったってな。医官にも見解を聞いたら、あの量からしておめぇは確実に重傷だったらしい」
阪井の顔から笑みは消えており、空閑を射抜く視線になった。
「けど、おめぇの身体には”例外”を除いて傷痕一つもなかった。普通じゃあり得ねぇ。十中八九、あの嬢ちゃんが原因と考えるのが当たり前だ。だが、さっきの報告で言っていたのは”三頭犬に襲われて気を失っていた所、森にいた現地人に発見された”だ」
「……」
阪井はパイプ椅子を空閑の前まで持って来た。乱雑に腰を下ろして空閑に迫った。
「……何でそのことを隠した、隼人?」
空閑は暫し考えた後、おもむろに口を開いた。
「……聞こえたんだ、あの子の声が」
空閑は、あの時の記憶を阪井に語った。
三頭犬に襲われて崖から落下した後、暫くして空閑は意識を取り戻した。しかし、全身に痛みが走り、指一本すら動かす事が出来なかった。
空閑は本能的に悟った、自分は確実に死ぬ事を。
視界もぼやけて呼吸もしづらくなっていく中で、微かに女性の声が聞こえてきた。
次の瞬間、身体中が温かくなるのを感じた。同時に痛みが引いていき、呼吸も楽になっていった。
やがて目を開けて飛び込んできたのはドレスを着たアリシェスタと、彼女に迫るブラックドッグだった。咄嗟に身体が起こしてアリシェスタの前に飛び出し、89式小銃で撃退する事ができた。
アリシェスタが日本語を話せる事には驚いたが、その声色から空閑は確信できた。
彼女が自分を助けてくれたのだと。
「何だそりゃ、ド三流脚本家が書いた様な陳腐な小説みてぇなお決まりの展開だな」
「茶化すな、民間人の防護と保護は規定の範囲内だろ」
「”得体の知れない”民間人の間違いじゃないか?」
空閑は、じろりと阪井を睨み付けた。
「そう睨むなって。まぁ、現地人を獲得できたのはこちらとしても好都合だ。だが、外界側の連中には『魔法』らしき特殊能力が使われていたって報告がある。あの嬢ちゃんにも何かしら特殊能力を持っているなら、警戒しない訳にはいかない。万が一、駐屯地で破壊工作でもされて、他の連中にも被害が出る可能性だってあるんだからな」
阪井に正論を指摘されて、空閑は押し黙ってしまった。
「取りあえず、嬢ちゃんは陸自で保護する事が決まった。後の世話は頼んだぞ、隼人」
「えっ? 俺?」
「たりめぇーだろ。嬢ちゃんと会話出来るのは、おめぇだけなんだぞ?」
「だけど、彼女の寝床とかはどうするんだ? 隊舎用のプレハブにもう空き部屋はない筈だぞ?」
「司令本部の空き部屋に住まわせる事にした。南場陸将補の許可も取ってる」
「そうか、なら安心だな」
「それと、おめぇは今から嬢ちゃんの隣の部屋で寝泊まりする事になったぞ」
「はぁ⁉」
空閑は素っ頓狂な声を上げた。
「意思疎通が出来る奴が傍に居れば、嬢ちゃんも安心するだろ? 良かったな、南場陸将補も融通を利かせたみたいだから」
「おい、勝手に話を進め——」
「後、念の為に言っておくが……手出すなよ?」
「出すか、馬鹿野郎!」
空閑は怒号が部屋に響き渡る中、扉をノック音が響いた。
「……空閑小隊長、入っても宜しいでしょうか」
扉から入って来たのは、アリシェスタと一緒にいた筈の安里三曹だった。
「あっ、阪井二尉もいらっしゃいましたか」
安里三曹は、慌てて阪井に敬礼をした。
「いや、構わん。それよりも安里三曹、何の要件だ?」
安里三曹は、一呼吸置いてから口を開いた。
「実は……ご報告したい事がありまして」




