8.適性
私たちの会話が聞こえていたのだろう。周囲の、早々に作業始めていた班からは特に、視線が集まってきているのを感じる。
だが、ゴルドは何も言わない。私が、きちんと答えるまでは、口を開くつもりはないのだろう。
背筋を伸ばし、“正解”を答える。
「私たちは技術候補生。整備補助を行うことは可能です。しかし、整備手順書に特例として技術候補生による作業を認める旨が書かれていない以上、指示なくアイゼルダートの整備作業を行うことができません」
実習で作業を行う場合は、『技能習得の一環のため特別に作業を認める』という文言があるため、学生でも作業ができるのだ。
共通規格通りの内容が書かれている場合は、作業者は規格通り、上級技術候補生以上に限定される。
「おい、なら、試験なんて__」
猫のような目を更に吊り上げ、後輩がゴルドに噛みつこうとする。が、ゴルドは鼻を鳴らし、視線だけで動きを制した。
「迂闊で未熟で生意気だが、理解力はあるみたいだな」
だが。第二格納庫全体に通るはっきりとした声で、ゴルドは告げた。
「作業していた班、全員纏めて不合格だ」
バッサリと切り捨てる一言に、学生達が反感を抱かないはずがなく。
「そんな、作業しろって言ったのはアンタだろう__!!」
誰かが発したその言葉に、同調する声が次々と上がる。
試験で、できるところまでやれ、と言われたら実力を示すもの。技術力の試験だと、普通は思うだろう、と。
その気持ちは理解できる。大学であれば正しい。
「最初に言ったな? お前たちはこの艦の、軍属の“メカニック”になるんだ。軍法を守れねぇ奴はいらん」
しかし、ここは大学ではない。何より軍のルールが優先され、上下関係は絶対となる、戦艦ティケオンだ。
「メカニックに必要な能力がわかるか?」
最も作業が進んでいた班のリーダー格が問われ、しどろもどろに答える。
「それは、知識と技術で……」
「慎重さだ。自身と、周囲、機械の安全を守ることが第一。散々言われてきたろ、“安全第一”ってな」
大学の作業場でも、この格納庫でも、必ず言われる、目にする言葉。安全第一。
自身の、周囲の、そして機械の安全に、常に気を配り作業すること。重要だが、慣れとともに忘れやすい“基本”だ。
「そんな、たかが一回の失敗で……」
たとえ失敗したとしても、人間が怪我をしなければ取り返しはつく。多くの場合はそうだ。大学でも、製造現場でも。機械は替えが聞く。
でも。戦場においては。
「その一回で、兵は死ぬ」
軽微な失敗でも、僅かに機体の反応が遅れれば。逆に、いつも以上の出力があれば。操縦者が、違和感を抱けば。
その一瞬が生死を分ける。
だから、失敗は決して、許されない。
「降りろ」
沈黙が流れる。誰も言い返せず、でも、足も動かない。そんな空気を打ち破ったのは、場違いなほどに明るい声だった。
「それは困るよ、シュタール主任」
入り口に立つ、黒い長髪の、比較的若い男性。軍服のデザインを見る限り、かなり身分は高いことがわかる。
だが、声にも、外見にも、全く覚えがなかった。
「…………何しに来た」
「人が足りないんだから、騙し討ちみたいな試験で足切りしてる場合じゃないでしょ」
「足手纏いはいらん」
「確かに、文書も読めないやつは“メカニック”としては失格かもしれないけど。“お手伝い”は必要だろう?」
話し方からすると、ゴルドより階級は上なのだろう。そして、技術にある程度の理解はある。この艦の中でも重要な人物のはずだ。
なのに、知らない。アニメでは掘り下げが少ない敵軍とはいえ、どう見ても、重要そうなのに。
ゴルドは、名前こそ出ていなかったものの、敵方メカニックとして顔は出ていたし、台詞はあった。でも、彼のことは見たことがない。
「指示が聞けねぇなら手伝いもできねぇだろ」
「ちゃんと指示をしてあげないと。鋏と同じ、使いようだよ」
だからね。草臥れた雰囲気を醸し出す、特徴的な灰白色の目が、私に向けられた。
「全員の作業を見たいな。特に、君の腕は、どのくらいか、とっても気になるから」
ごくり、と喉がなる。試されている。先程までとは比べ物にならない程に、何かを、量ろうとされている。
にこり、と私に向けて微笑んで。空気を変えるようにぱん、と手を叩いかと思うと、今度は皆に向かって語りかける。
「名乗るのが遅れたね。俺はエンブレイ・コンヴォルフ。階級は中佐。まぁ、この艦の二番手と思ってもらったらいいよ」
意外と偉いんだよね、と笑いながら頭を掻くと。黒髪の内側、青緑のインナーカラーが見える。
「人事権を持っている人間がいるんだ。積極的に実力を示してくれ」
その言葉を皮切りに、一斉に作業が再開される。エンブレイは私の横に移動してくると、するりとスパナを差し出してきた。
太めの手首、節張った手。指先は整えられてるが、所々爪の間が黒い。
現場を知っている、技術者の手だ。スパナを受け取り、そのまま作業を始める。
「エンブレイ。勝手な真似を」
人の作業を見ながら、口論が始まった。この程度で精神を乱していては、艦には残れないのかもしれないけれど気が散る。
「勝手なのはシュタール主任でしょう? 人が足りなくて困るのは主任ですよ。動員はラフィちゃんの指示ですし」
「フェニーチェ大佐、だろう」
「それ言うなら、コンヴォルフ中佐、ですよ」
話を聞いているだけで、どんどん艦内の人間関係がわからなくなっていく。年齢的にエンブレイはラフィネより年上なのだろうか。ラフィちゃんって何。愛称にしか聞こえない。
アニメは見たが、原作小説は買うより前に絶版になって入手できなかったので細かいところはわからない。
アニメと原作の違いは、どの程度あるのか。この世界は、どちらに近いものなのか。不安が頭をよぎる。
「ほら、集中しなきゃ。失敗しちゃうよ?」
「は、はい」
「俺たちも、邪魔してごめんね」
「いえ……」
指摘され、背筋を伸ばし、工具を握り直す。意外と手元も見ていたようだ。腹の底が探れなくて怖い。
「シオリ、大丈夫?」
「うん……」
取り敢えず、エンブレイは技術者としては信用できそうだが、人間として信じていいのか、全くわからない。
でも、今は作業に集中しないといけない。
だというのに。エンブレイとゴルドの会話は止まらない。
「全く、学生には戦場が酷だからって。ちゃんと面倒見れば問題ないでしょ? 負けたら意味ないんですよ?」
「おい」
ゴルドが何度か止めようとしても、聞く気がないのか、わざと聞かせようとしているのか。
作業がひと段落したこともあり、ちらり、と視線を向けると。ちょうど私を指して、エンブレイが言った。
「それに、トキタカ・インダストリーの娘さんを降ろそうとするなんて。ちゃんと引き留めて、って先に伝えたでしょ」
「……それは、グリュードラー上級候補生の専用機体に関する情報のためですか?」
名指しされて、思わず聞き返してしまった。
手は止めてしまったが、私の作業は殆ど終わりで、残りはベラと他二人の作業を待たないといけない。少し話しても問題はないだろう。
それよりも、言葉の真意が気になった。
「そうだよ。意外と冷静だね」
エンブレイは出来の良い生徒を褒めるように、柔らかく微笑んだ。




