6.救援
救援部隊と合流する頃には、既に大部分の襲撃者が無力化されていた。どうやら、遊撃軍が近くを巡回中だったため、予想より早く救援が到着したらしい。
正確な指示が出されたお陰で、士官学生たちは平静を取り戻し。普段の訓練通りとはいかないものの、大きな被害なく切り抜けることができたようだ。
とはいえ、士官学校の設備は攻撃を受けたものが多く、襲撃者による罠が仕掛けられていてもいけないため、機体整備は救援部隊の戦艦内で行われることになったのだが。
「…………『ティケオン』」
救援に来た戦艦の名前は、ティケオン。徴兵されたアルバートが搭乗する予定の戦艦であり、主人公たちとは何度も戦う運命にある艦。
そして、戦艦ティケオンの最高責任者が。
「まさか、フェニーチェ大佐が士官学校の救援に来て下さるとは……」
ラフィネ・フェニーチェ大佐。燃えるような赤いポニーテールが特徴の、凛とした女性指導者。宇宙連合機関に対しても発言権を持つ名門フェニーチェ家の当主であり、ゾナ・フロンティア本編における事実上のラスボスである。
アニメ最終回では、アルバートとの戦いで機体を大きく損傷した主人公が復旧するまでの間、戦艦同士因縁の戦いが繰り広げられ。戦闘経験の豊富さから戦艦ティケオンが有利に勝負を運ぶものの、ギリギリのタイミングで主人公機の復旧が完了。逆転し、戦艦ティケオンは墜とされる。
軍部の象徴ともいえるフェニーチェ家の敗北により、母星エメリオスから距離の離れた惑星や周辺区画の独立運動も強まり、宇宙連合機関は革命軍との戦闘を停止。革命軍は攻撃停止の条件として、廃止予定のセラディア外縁居住群を取り戻し、宇宙連合機関による修繕も取り付けて物語は終わったのだ。
そんな、物語上超重要な舞台の登場に内心で焦っていると、突然、スピーカーに通信音声が流れだす。僅かなノイズの後、機体右側、視界を邪魔しない辺りに青色のモニターが展開される。
『その機体、グリュードラー上級候補生で間違いないな』
声と同時に画面に映し出されたのは、ラフィネ・フェニーチェ大佐。責任者からの通信に一瞬驚いた様子を見せたが、アルバートはすぐに背筋を伸ばし、返答をした。
「は。エメリオス軌道上第1学園区士官学校所属、上級候補生アルバート・グリュードラー。所属機、現状正常に稼働しています。指示をお願いします、フェニーチェ大佐」
『後ろにいるのは……、大学側から報告のあった、シオリ・トキタカ嬢か?』
大学からの報告、ということは、ベラが連絡を見て大学に襲撃の事を伝えてくれたらしい。この短い間に救援部隊にまで連絡が入っているということは、迅速に対応してくれたのだろう。
持つべきものは優秀な友人である。後でカフェとは言わず、ビュッフェくらい奢りたい気持ちだ。
「はい。士官学校内で保護いたしました」
『確認した。アルバート・グリュードラー候補生、機体はティケオンの第三格納庫に収容する。トキタカ嬢については後ほど医療班に引き渡せ。以降は当艦の管制に従うように。以上だ』
通信が切れると同時に、ティケオンの第三区画ドックが開かれている。アルバートは小さく息を吐いた後、機体を減速させ、誘導灯に従い示された着艦位置へと調整していく。
加減速や方向転換の度に揺れる体を、椅子にしがみつくことで必死に抑えながら、戦艦ティケオンの姿を瞳に焼き付ける。
戦艦らしい、無駄のない造形。それは内部にも言えることで。着艦位置には機体脚部を固定するためのアームが既に準備されていた。軽い振動の後、固定が確認されると、ガイドレールに沿ってアームが機体を運び始める。
搬送が終わり、個別の格納区画に到着すると、機体の腕部や胸部も別のアームに固定され、整備用の足場が周りからせり出してきた。その足場を通り、次々と作業着を着た、正規の整備員たちが機体周辺を取り囲む。
「グリュードラー候補生ですね。ハッチを開けて頂けますか」
「はい」
アルバートが答えると同時に、ハッチがゆっくりと開き始めた。ひんやりとした空気と、作業場らしい油のにおいが鼻に届いて、モニターを落としたコクピット内に光が差し込んでくる。
「眩し……」
思わず手で目元を覆う。すると、気分が悪いと勘違いされたのか、アルバートが心配そうに私を振り返った。
「シオリ嬢、立てますか?」
「大丈夫です、少し、眩しかっただけで……」
そう言って、コクピットから出ようとしたが、ズキンと足が痛んで操縦席に倒れ込んだ。今になって、地面を転げまわった痛みが襲ってきたのだ。自分では見ていないが、多分、膝も血だらけになっていたのだろう。頬や腕も所々が痛い。
「すぐに医療班が到着します。無理はしないでください」
「ありがとうございます」
アルバートにコクピットから引っ張り出してもらうと、丁度、医療班が到着したようで。私の様子を見ると、歩調を早め駆け寄ってきた。背筋を伸ばして挨拶しようとしたが、少し動くだけであちこちが痛みを訴える為、不格好な姿のまま頭を下げる。
「シオリ・トキタカ嬢ですね」
「はい」
「怪我の具合を確認します。座ってください」
言われるまま、置かれたパイプ椅子に腰かける。座った際に見えた膝は、予想通りと言うか、痛み以上に見た目が酷いことになっており、自分事ながら思わず目を逸らしたほどだった。
「グリュードラー上級候補生は別区画での待機命令が出ています」
「……了解しました。シオリ嬢、失礼します」
「アルバート様、本当にありがとうございました」
士官学校の関係者は、別の区画に集められているのだろう。医療班に引き渡した今、アルバートが私の傍についている理由もない。立ち去るのは当然の事なのに、一言告げてくれる優しさに私がときめいているうちに治療は終わったらしい。
「応急処置は終わりとなります。……よく、声も上げずに耐えられましたね」
「皆様の素晴らしい手際によるものです。丁寧な治療、ありがとうございます」
医療班から感嘆のまなざしを向けられ、少々恥ずかしく思いながらも椅子から立ち上がる。鈍い痛みは感じるが、耐えられない程でもない。
「この後は、集合区画に向かっていただきます。補助は必要ですか?」
「大丈夫です。自分で歩けます」
みっともない姿を見せるわけにはいかない、と自分を鼓舞しつつ、一歩前に踏み出す。医療班に礼を言ってから、指示された方向に真っすぐ進むと、開けた空間に人が集められているのが見えた。
そして、集団の後方には。辺りを見渡すベラの姿があって。私が声を掛けるより早く、此方に気付いた彼女が走り寄ってくる。
「シオリ!!」
「ベラ、良かった、無事だったんだね」
「それは私の台詞よ!! 傷だらけじゃない!!」
ベラは私の顔を見て、自分も痛そうに顔をゆがめた。
「連絡しても返事は無いし……、本当に、無事でよかった」
「端末、壊れちゃって。心配掛けてごめん」
私がベラに連絡をしたのは、士官学校が救援を呼んだのとほぼ同時だったらしい。救援部隊の到着が早かったこともあり、大学側は特に被害もなく、シェルターに避難していた関係者は既にこの艦や、少し遅れてきた別の戦艦に乗っているそうだ。
士官学校の被害状況確認が終わり次第、安全な、別の居住区画に移送されるのだろう。本来なら、そこで全員、艦から降りることになる、はずだ。
だが。この後、革命軍との戦いが起こるのだとしたら。ごくり、と私の喉がなると、見計らったかのように艦内放送が鳴り響いた。
『士官学校および付属大学関係者へ告ぐ。一般避難民はこれより安全区画へ移送する。士官学校、および大学の候補生以上は非常員として艦内に残留。各自、上官の指示に従うこと。以上』




