5.襲撃
私は、アルバートを助けたいと思うだけで、それまで戦いについて軽く考えていたのかもしれない。
知識として戦争について授業で学んだり、それこそ、アニメで見たりしていてとしても。それはどこか、自分の現実と結びついていないもので。
前世で刺されて死んだ時も、この三ヶ月で軍事運用されている兵器について学んでも、いまいち現実感が薄かった。けれど。
「失礼しま__」
大学のものに比べて、分厚く質素な、人の手では開けることができない格納庫の扉。
中から開けてもらうため、扉の横の呼び鈴を鳴らしたところ。轟音と共に扉が内側から盛り上がった。
「え__」
一拍置いて、頬を切り裂くような爆風が、ひしゃげた扉の隙間から噴き出し、体勢を崩す。
ここで飛ばされては、まずい。直感的に判断して、扉横の手すりに全力でしがみつく。
吹き飛ばされそうになるのをなんとかやり過ごし、視線を扉に向ける。すると、その先にあったのは。
「どうして……」
距離にして、10メートルもない場所に佇む、薄いグレーの装甲を纏った、宇宙連合機関の主力機体。ゾナ・フロンティアにおけるロボット兵器、『アイゼルダート』だった。
だが、宇宙連合機関が用いる機体は、士官学校の候補生が使うものと同じ、黒色を主体としたカラーリングだ。
薄いグレーに機体を塗り直しているのは、敵味方と視認性を良くするためで。宇宙連合機関から奪取した機体を塗り替え、戦いに用いているのは。
「革命軍__!!」
黄色に輝くセンサーアイが、私に向けられる。ついで、右腕と一体化している大振りの剣が、扉の隙間をさらに広げ、周囲に嫌な金属音が響く。
量産機は、操作の簡略化とメンテナンス性のために目的に応じて腕ごと取り替える仕組みなのである。この機体は一般的な戦闘用、右腕に剣、左腕に盾が装備されているようだ。
剣、といっても、機体の大きさに見合ったものなので、刃の厚さが私の横幅を優に超えている。分厚い壁に力任せに押し当てても曲がらないところを見ると、相当な密度なのだろう。
「逃げられ、ない……」
まず、一歩の大きさが違う。逃げたところで剣を振り下ろされるか、相手も一歩踏み出した時点で、私は無事ではいられないだろう。
「こんなところで……」
知らなかった。アニメでは、主人公が所属する革命軍について、心象が悪い情報は出てこなくて。
戦術的には正しいかもしれないが、不意打ちのような形で、士官学校を襲撃したなんて、予想もしていなかった。
「せめて__」
お礼を、言いたかった。役に立てないままでも、助けてもらったお礼くらいは、しておきたかった。
そんなことを思ったとことで、目の前の現実は変わらなくて。私は震える手を押さえつけて、携帯端末を取り出した。
「気付いて……」
フラッシュを最大に。パシャリ、とシャッター音が鳴ると同時に『送信完了』の通知が表示される。
敵機体のセンサーアイが、一瞬、点滅する。が、携帯の光量程度で大きな影響が出るはずもなく。
私の行為は挑発と見做され、機体の体が、完全に私へ向けられた。重量の割になめらかな音を立てながら、右腕の剣が振り上げられる。
汎用機とは思えない、十分すぎる性能。実家の技術力を憎く感じながら、目を閉じる。
この距離で外れることはないだろう。なら、せめて恐怖が薄いうちに。痛みを感じる間もなく__。
「中に走れ!!」
耳に馴染む声。反射的に、体が指示に従う。機体の脚の間、駆動系の構造上生まれる隙間をすり抜け、格納庫の中へ転びながらも滑り込む。
直線上にいるのは、よくない。扉からの光が差し込まない場所まで、横に転がるように移動する。
「そのまま伏せろ__」
転がったまま頭を押さえて蹲る。大学に入ってからも散々やらされた、避難訓練の賜物である。
ヴィイン、とハッチが閉まるような音がした直後。青みを帯びた黒い剣が、真っ直ぐ扉へと投げられ、敵機体に突き刺さり。
少しの間を置いて、地震のように地面が揺れた。
格納庫の奥から、再びハッチが動くような音がして。顔を上げると、黒い機体の手のひらが、私の前に差し出されていた。
「無事か。良かった」
小さくても、はっきりと聞こえた。色気のある、少し気怠げな中低音。声を聞くだけで、誰なのかは理解できていた。
じわりと涙が滲んだのは、死の危機から脱したからか、それとも、別の理由か。差し出された機体の手に乗れば、ゆっくり開かれた胸部ハッチに近付いていく。
ハッチから身を乗り出した人物が、私に手を差し伸べ、笑った。
「先程は失礼しました。非常事態でしたので、お許しください。__直接話すのは二度目ですかね、シオリ嬢」
ぐ、と目に力を入れ、滲んだ涙を誤魔化し、精一杯の笑顔を作った。トキタカ・インダストリーの娘として、彼を推す人間として、情けない姿は見せたくなかったから。
「気にしていません。的確な指示に感謝します。この度だけでなく、二度も助けていただきありがとうございます。……アルバート様」
差し伸べられた手を取ると、私より一回り大きな手にしっかりと掴まれ。細身の体のどこにそんな力があるのか、予想以上の力で引き上げられ、コクピットに転がり込んだ。
距離が、近い。一人用のコクピットなので当然だが、殆どスペースに余裕がない。
恐る恐る中に入ると、奥へ移動するように伝えられ。心臓を押さえたまま、操縦席の後へ回れば、いつの間にかハッチが閉まっていた。
「まだ周辺に敵機体が潜んでいる可能性があります。ヘルメットもなく申し訳ないですが、避難区域までそちらで我慢してください」
「わかりました」
とはいえ、座席はないので、後ろから椅子にしがみつくような格好になる。椅子につけた体から、心拍が伝わっていないかが心配だ。
「動きます」
ゆっくりと機体が歩き始める。一歩、二歩と前に出ただけで格納庫の扉に辿り着き。敵機体の胸部、少し右に刺さっていた剣を、ゆっくりと抜いた。
「あの機体は……」
「コクピットは外しているので、パイロットは生きています。動力部は破壊してあるので、攻撃してくることはもちろん、自力で逃げることもできません」
襲撃を受けた時点で、士官学校は近くに軍部に救援要請をしていたようだ。
救援が到着次第、あの機体のパイロットを捕縛して、作戦内容や背後関係を炙り出す予定らしい。
「よく、手加減というか、動力部だけを狙えましたね……」
『金鷲』の異名は伊達じゃない、ということだろう。機体スペック自体が高いとはいえ、緊急時の正確な投擲精度は本人の技量によるところが大きい。
「あの時は、敵の意識はシオリ嬢に向いていましたから。囮のように使って、申し訳ありません」
アニメで見た彼の技量なら、正面からの戦闘でも、同じように勝てただろうに。はは、と笑って謙遜するのは、私が緊張しすぎないためだろうか。
「あ、いえ、私が、こんなところに来ていたのが悪かったので……」
操縦技術だけでなく、メンタルコントロールも最高峰。これが、アルバート・グリュードラーの強さ。
士官学校が認め、トキタカ・インダストリーが専用機を贈った、エースパイロット。
情報のためとは理解しているが、相手の命を奪わなかったというところも、私の彼への好意を強めた。
「……シオリ嬢? 大丈夫ですか?」
上限突破した行為により、変な悲鳴が漏れそうになる口を押さえつけ、下を向いて黙っていると、心配そうに聞かれてしまった。
「だ、大丈夫、です。あっ、付属大学側に、指揮官機が見えます。救援ではないですか?」
咄嗟に後方モニターに見えた、機影を指して話を逸らし。その隙に深く、深呼吸する。
「……事前に聞いていた救援部隊の特徴と一致します。合流しましょう」




