20.着手
「惑星オークニスまで、二ヶ月か……」
ユミト達との出会いから五日。惑星オークニス付近での戦いに参加することが決まってから、私とベラは、空き時間全てをアーカイブルームで過ごしていた。
机に向かい合う、互いの顔は見えない。複数開かれた半透明のウィンドウが、重なり合って壁のようになっているからだ。
「ねぇ、この補足資料何語?」
「どれ?」
「56番のファイル」
言われたファイルを開き、タイトルに目を通す。特徴的な基本文字。何度か見かけた著者名。
「ロヒュードルの独自言語だと思う」
「共通語で書いてよ……!!」
「本当だよね……」
外部発表論文は共通語が基本でしょ、と叫びつつも、ベラの手は止まらない。資料のまとめを抜き出し、メモに纏めて資料のリンクを一緒に貼って、私に送り返す作業を繰り返す。
「整理してる資料、バラバラだけど何するつもり?」
ベラと私では、資料の閲覧可能範囲が異なる。そのため、ベラには基本となる資料を幅広く調べて貰っていた。
だが、全く関係性のない内容同士ではない。引っ掛かりを覚えたからこその質問だろう。
私は、ベラの目を真っ直ぐに見て答えた。
「__新兵器開発、って言ったら笑う?」
「笑わないけど、なんで?」
好きじゃないよね、そういうの。言われて、笑う。確かに、実家が兵器会社のくせに、私は兵器開発なんて好きじゃない。
だから、研究していたのも、機体の運動性能を上げるといった__作業用機体にも応用が効く部分ばかり。大学では、直接的な兵器に関する授業は、最低限しか取っていなかった。
今だって、気は進まないけど、仕方ない。
「勝てないから」
「__そう」
ベラは聞き返すでも、否定するでもなく、資料に目を落としながら言う。
「でも、人手、全然足りてないでしょ? どうするつもり?」
それは、頑張るしか、ない。口の端を持ち上げ、笑顔の形を作るも、呆れた溜息を吐かれるだけだった。
「一人二人が頑張ったところで、でしょ。宛てはないの?」
少しだけ考えて、首を横に振る。大学ならまだしも、この艦の中で、私に協力してくれれ人は殆どいない。
どちらかと言うと、睨まれている立場だ。通常業務に支障が出ていないだけマシ、というのが現状である。
ベラも察したのか、苦々しい表情を浮かべながら考える。そして、ぽんと手を打った。
「__『金鷲』様とか」
「パイロットの手は取れないよ……」
機体についての知識がない訳ではないだろう。が、専門外な上に余計な作業を増やすわけにはいかない。
アルバートを生き残らせるための兵器開発なのに、疲労させて戦闘に影響が出ては本末転倒だ。
ベラも思いついただけらしく、そうよね、と頭を切り替え次の候補を考える。
「じゃあ、あの後輩くんは?」
「レックス? いや__」
「僕が何?」
気付けば、アーカイブルームの入り口付近に、バインダーを手にしたレックスがいた。
「シオリ先輩、これ」
突然、名前を呼ばれたことを不審がりながら、私にバインダーを突き出す。作業手順の確認に来たようだ。
作業を止め、内容を確認し、サインをする。差し出す態度はともかく、抜けのない、丁寧な内容だった。
「確認しました。手順通りお願いします」
「わかった」
小さく頷き、戻ろうするレックスと私を交互に眺めて。ベラは、ちょうどいいじゃん、と笑った。
「後輩くん。ちょっとお願いあるんだけど」
レックスは片眉を吊り上げ、ベラに鋭い視線を向けた。
「……手伝いする義理ないんですけど」
「一応、先輩なんだけど?」
「尊敬できる人なら従いますよ」
「うわ、生意気」
尊敬できる人ねぇ、とベラは呟いてから、私を指差した。
「シオリの手伝いならするの?」
「それなら……、まあ」
「ならここ」
ベラは、私も手伝いだからね、とレックスに座るよう促す。目の前に移動されたウィンドウを見て、レックスは眉を顰めつつも大人しく目を通し始めて。
「……アンタ、何する気?」
資料を三つ四つ読んだところで、訝しげに問うてきた。目的は明確にしておいた方が、資料を読む精度も上がるだろう。
「新兵器開発、かな」
素直に答えると、レックスは目を丸く見開き、口をもごもごと小さく動かし、暫くしてから言葉を発した。
「……これ、業務時間外に?」
「仕事の手は抜けないでしょ」
「押し付けられてる仕事が殆どだろ」
「……誰かが、やらないといけないでしょ」
レックスの指摘通り、時間があまり取れない原因の一つに、正規メカニックから押し付けられた仕事がある。
誰かがやらないの困るのは全員、特にアルバートだ。嫌々手抜き仕事をされるくらいなら、自分でやった方がマシだと思い、ついつい仕事が増えていく。
日々の作業時間があと一、二時間、伸びれば、やれることは増える。でも、できないことは仕方がない。
だから、レックスが手伝ってくれるなら、色々な意味で楽になる。そう思って、レックスを見ると。
「いいよ、手伝う」
「本当? ありがとう」
それなら、調べ物はベラとレックスに任せて、私はノイズキャンセリング機構を再現できるか試してみたい。
明日からどうしようかな、と作業分担を考え直す私に、レックスはにこりと、借りてきた猫のように綺麗な笑顔を浮かべた。
「でも僕、手段は選ばないんで」
最大限、シオリ先輩が作業できるようにしてあげる。そう言ったレックスが取った手段は、過激だった。
「それ、シオリ先輩の仕事じゃないですよね」
「あ、あぁ、そう、だったか?」
「はい。分担表、そこにありますよ」
はっきり分担を指摘して、私が押し付けられていた仕事を正規メカニックにやらせる。
「クレーン使いたいんですけど、いいです?」
「いや、今、俺たちが……」
「僕、あれ運びたいんです。まさか、このくらいが持てないんです?」
「__わかった、使えよ」
使いたい時に占領されていたクレーンも、使えるように交渉をして。
「消耗品は変わってませんよね? わざわざ確認しないとできないんです? 不安なら僕も確認しましょうか?」
「残業? ああ、書類ですか。作業は僕たちが終わらせましたもんね。お疲れ様です」
消耗品の補充や、作業記録の記入。その他、様々な業務について、『正規メカニックなのにできないんですか?』という煽り言葉で仕事をさせて。
お陰で私の仕事は減り、時間の確保は進んだものの。当然、正規メカニックとの確執は深まっていき。
三日もしないうちに、主任技術士官であるゴルドに呼び出されることになった。
「おい、お前ら、どう言うつもりだ」
特にそっちのガキ、とゴルドはレックスを睨みつけた。この場に私が呼ばれたのは、レックスの監督責任を問われているのだろう。
「すみません……」
謝罪するものの、当のレックスは不服そうにゴルドに訴えた。
「僕、別に間違ったこと言ってませんよね」
「レックス」
火に油を注ぐような物言いき、ゴルドは溜息を吐く。
「事情は聞いてる。お前ら、今迄は上手く__はねぇが、騙し騙しやってたろ。なんで今更、揉めるような真似したんだ?」
レックスは、私の方をじっと見た。今のうちに事情を伝えておけ、と言いたいのだろう。
確かに、最終的に上層部への報告は必要になるだろう。しかし、成果も何もない段階で伝えるのはどうなのか。
色々な考えが頭に浮かぶが、どれも上手くまとまらず、ゴルドの視線も私に向いたことから、諦めて口を開いた。
「__革命軍に勝つための、新兵器開発を、したいと思っていまして。その、レックスは時間確保のために、業務負荷の見直しをしてくれたんです」




