19.助力
目を覚まして真っ先に目に入ったのは、心配そうな顔のベラだった。
「シオリ。良かった、目が覚めて……」
落ち着いた声音だが、深く吐かれた息が、ベラの心配を物語っていた。
随分前に感じるが、半年と少し前にも倒れたばかりなので、彼女からしたら気が気でなかったのかもしれない。
「えっと、心配かけてごめんなさい……」
「そう思うなら気をつけて頂戴」
「はい……」
素直でよろしい、と頷く頃には、いつも通りの笑顔。事情を深く聞かないでくれるのは、とてもありがたかった。
流石のベラも、前世の記憶とか、この戦いを知っているとか言われても困惑するだけだろう。
まだ微妙に痛む頭をさすりながら、倒れていた間のことを聞く。
「疲れが溜まってたんじゃないかって、シャランド艦長が仰ってたわ」
機体責任者が集められた会議。ロヒュードルでの調査。その途中での革命軍戦艦の動き。確かに、疲れは溜まっていただろう。
「……戦闘は?」
途中で目覚めることなく、今まで眠れていた時点で大敗を喫していないことはわかる。が、ベラの表情から、快勝でないこともわかっていた。
「勝ったわ。でも、収穫はなく逃げられてしまった、としか言えない状況ね」
ティケオン側に、大きな損害はなし。多少、機体に傷が入った程度で、怪我人もなく母艦は無傷。
しかし、敵機を撃墜することはなく、すべての機体に逃げられたそうだ。
「やっぱり、威力が?」
「えぇ。そう聞いたわ」
「そっか……」
両軍共に、圧倒的な差を知ることになった戦いだったのだろう。此方は、機体性能の差を。彼方は、パイロットの技量の差を。
問題は、ユミト達の技量は今後、短期間で大幅に上がる一方で、機体性能の向上は大変難しいということだ。
特に、革命軍と違い、宇宙連合機関の正規軍である此方は踏むべき手順が多い。能力ある博士の発明がそのまま採用、とはいかないのがお役所である。
時は金なり、というが、本当に時間が欲しい。だが、現実は待ってくれない。意識を失っていた間にも、物語は着々と進んでいる。
『__全艦に通達。当艦はこれより、航行ルートを変更し、惑星オークニス近郊の戦線へ参加する。繰り返す』
艦内に響いたアナウンスに、決戦までの時間は殆ど残されていないことを確信する。
「……宇宙連合機関は、数的有利を保っていても、ゲリラ的戦法を取られると厳しい、か」
『ZONA粒子』によるエネルギー供給は、長期潜伏にも適している。戦闘宙域を広げ、奇襲を繰り返すことで大軍を釘付けにしているのだろう。
そのことを理解していても、宇宙連合機関側としては、戦力を投入せざるを得ない。戦闘宙域を放棄することは、惑星オークニスを見捨てることになるからだ。
「援軍として行くってこと? 私たちも乗ってるのに?」
「流石に後方支援部隊だと思うけど……」
戦闘宙域が広がれば、穴を埋める為の頭数が必要になる。学生も多いティケオンの手を借りたいほどに、戦力が足りていないということだろう。
「行き先のオークニス……。何年か前から閉鎖されてる、観光惑星よね」
「ベラ、詳しいね」
惑星オークニス。私は、今世でも前世でも、聞いたことがない名前だった。
「写真集で見たことあったのよ」
だから、本当に純粋な気持ちで、どんな惑星かと聞いたのだ。写真集に選ばれるほどの景色は、何だったのかと。
「宇宙一美しい湖があるの」
「__湖」
『人工で申し訳ないですが』
耳に蘇る、アルバートの声。士官学校近くの、穏やかな湖の風景。あの時の、反応。
アニメでは言及されることがなかったが、彼の出身地は、もしかして。上擦った声で、ベラに問いかける。
「ねぇ、ベラ。その、閉鎖って?」
観光惑星は、その名の通り、観光を主産業としている惑星だ。当然、閉鎖してしまうと外資を稼ぐ方法は少なく、自給自足できるだけの生産力もないことが多い。
そのため、惑星が閉鎖される、というのは、通常あり得ないはずだ。背中に、生ぬるい汗が伝う。
ベラは斜め上を見ながら、問いに対する答えを思い出そうとしてくれている。その間も、私の不安は膨らんでいく。
「あ、思い出した」
「……原因、なんだったの?」
「環境汚染だったはず」
なんでも、基準値を超える悪性物質が検出されたとか。ベラの言葉に、点から点へと、頭の中で、線が伸び始める。
閉鎖された惑星。『ZONA粒子』の禁止。明かされていない、実験の結果。
__惑星で行った実験で、事故が起き、人が住めない環境になっていたとしたら。
「シオリ?」
「あ、いや、ありがとう」
『ZONA粒子』は、一言でいえば、核反応を超効率化させるものだ。事故が起こればどうなるか、なんとなく、予想はついた。
そして、もし、オークニスで実験が行われていたのなら。惑星で大規模実験をする前に、軌道上に研究施設を作っているはず。
ユミト達が向かった研究施設が、そこだとしたら。全ての疑問が、綺麗に繋がる。
同時に、最終決戦に向かっている事実が、重く心にのしかかる。理解していたが、全く時間が足りない。
無茶をしても、覆せないほどだ。そんなことを考えていると、ぷすり、と頬を指で突かれた、
「シオリ、また無茶しようとしてるでしょ」
「……バレた?」
倒れないように気をつけるつもりではあったんだよ、と言い訳すると、軽く頬をつままれた。痛くはないが、喋りにくい。
「手伝えることない? 少しでもいいから」
「なんれ……?」
「私だって、不安なんだもの」
「ほれは……」
勝ち目がなさそうな戦いを目の当たりにして。前線に向かう、と言われて、不安に思わないはずがない。
でも、艦の資源は有限で、学生が気を紛らすための娯楽なんてない。
「だから、シオリがやらなきゃって思うことを手伝えば、少しはマシな気がして」
それなら、せめて役に立ちそうなことを、やれる範囲でやろう。それだけだ、とベラは笑った。
「人手がいるようなこと、ない?」
「__すごく、たくさんある」
「そ。なら、手分けしましょ」
一人増えたところで、時間が全く足りないことに、変わりはない。だが、ベラが手伝ってくれる、という事実は、とても大きなことに感じて。
「ありがとう、ベラ」
噛み締めるように、そう伝えると。ベラは、いつものように、勝気に美しく笑った。
「やりたいことが終わったら、カフェ奢りなさいよ」
「うん」
今日は寝ましょ、と、こんな状況でも変わらず微笑むベラが一緒なら、上手くいくような、そんな気がした。




