16.邂逅
ラヴィテスの鋭い指摘を受け、迎えたロヒュードルでの買い出し調査当日。
「おはよう、シオリ」
私は出発前から、柔らかく微笑む推しの姿に、膝から崩れ落ちそうになっていた。だが、気力で堪え、ぎこちなく挨拶を返す。
「……おはようございます、アルバート」
今日の為、お互いを呼び捨てで呼ぶ事になったのだ。任務とはいえ、距離が近付いたように誤解してしまいそうだ。
「今日は何を買う予定?」
「食料です。この星の主産業ですから」
「了解。運転は俺でいい?」
「お願いします」
運転免許の男女別取得率を考えると、男性が運転している方が自然だ。買い出しの内容は、二人で購入してもおかしくない量の食料。
1番の目的は、この惑星の人が革命軍に与しているかの調査なので、内容にも時間にもかなり余裕がある。
「意外と順調ですね」
買い物袋をそれぞれ手に持ち、車まで歩いていく。指示されて場所は地元民が多く利用する商業施設群で、人気は多過ぎず、待ち時間はなく買い物ができる。
観光客を珍しがるほどではないが、暮らしぶりの会話も漏れ聞こえるような、調査にうってつけの場所だ。
他の音が聞こえるよう、穏やかな声音で話しながら歩いているが、今の所、革命軍と関連しそうな話はない。
星侯も話題に出ないなら、強権を振るっている訳ではないのだろう。
「そうだね、あまり心配する必要もなかった__」
言い掛けたアルバートの言葉が途切れると同時に、とすん、と軽いものが地面とぶつかる音がして、視線を落とす。
茶髪の、男の子だ。10歳くらい、少し跳ねた元気の良さを表すような癖毛。正義に燃える赤い瞳。
「わっ、ごめんなさい!!」
子供らしさの残る、芯のある声。その子に、アルバートが手を差し伸べる姿が、目の前の光景と重なって見える。
「『大丈夫?』」
次に、その子は、差し伸べられた手を取り立つと、『平気です。前見てなくて……、お兄さんは?』と聞く。
「平気です。前見てなくて……、お兄さんたちは?」
アルバートは、『俺は大丈夫だよ』と答えて、その子が怪我をしていないか確認をする。
私の位置からは見えないはずなのに、男の子の小さく汚れた手と、アルバートの大きく硬い手が、脳裏に大きく映し出される。
「俺は別に。シオリは?」
私を振り返るアルバートに、答える声は出なかった。どうして、こんなところで。そんな疑問が頭を支配していたからだ。
男の子の背後から、軽い、子供の足音が、近付いてくる。
「ユミト、走っちゃダメだよ〜〜!!」
「ごめんって」
「すみません、ユミトが迷惑かけたみたいで」
「もう謝ったし、ヴェンは心配性だな」
繰り広げられるのは、『ゾナ・フロンティア』第3話冒頭と殆ど同じ光景。
故郷を旅だった主人公__ユミトが、相棒ヴェンと共に仲間になりそうな人を探している時に、後に最大の敵となるアルバートと出会うシーンだ。
だが、違う点が二つ。私がこの場にいることと、出会う惑星がロヒュードルであるという点だ。
「君たち、親御さんは? 幾ら昼間とはいえ、人通りも決して多くはない場所を子供2人で歩くのは危ないよ」
本来、第3話で主人公たちが訪れているのは、もっとエメリオスから遠い惑星だったはずだ。名前は思い出せないが、林業が主産業のはずなので、確実に違う。
そこは人柄も穏やかな人が多く、子供だけで歩く姿も珍しくない。だからアルバートは何も言わずに2人と別れるのだ。
「えっ、と……」
「2人で、お使いに来てて……」
そのお使いは“革命軍の仲間に加わりそうな、宇宙連合機関に不満を持っている人を探す”というものだろう。関係のない人に漏らすわけにはいかない内容だ。
私たちの服装な雰囲気から、今の生活に不満はなさそうだと判断したのか、2人は言い淀んでいる。
「俺たちは車だから、近くまで送って行こう。……シオリ、構わないか?」
アルバートの発言は、全面的に正しい。だが、2人の帰る場所は革命軍の主力戦艦“リヴォルツィオーネ”だ。
「私は構いませんが……」
この2人は、どう返答するのだろう。アルバートが士官学生とは気付いていないだろうから、受け入れるだろうか。
それなら、今、革命軍の主力を押さえることができれば。今後の戦いの規模を小さくすることができるかもしれない。
ユミトが、戦場に立てなければ。アルバートが死ぬ未来は変えられるかもしれない。ティケオンに乗る、他の人たちの安全も確保できるかもしれない。
ドクン、と心臓が一際大きく跳ねる。緊張のし過ぎか、鼓動がそのまま耳に届いているようだ。
「ユミト……」
「わかってる」
戸惑いを隠せていないヴェンを、説得すれば。戦艦の近くまでは、車で送られてくれるだろうか。そんな期待を抱いていると、突然、地面が大きく揺れた。
「え……」
「みんな、伏せろ__」
反射的に、その場にしゃがみ込む。アルバートの手が、私を支えるように、腰に回ってきた。ゴトン、と持っていた荷物が地面に落ちる音がした。
アルバートは次いで、ユミトとヴェンにも、安全な姿勢を取るよう指示したのだが。
「ヴェン、行くぞ!!」
「う、うん……!!」
2人は、これ幸いと揺れる地面の中を走り始めた。慌てて追いかけようとするが、体がぐらつき、転びそうになったところをアルバートに引き寄せられた。
「安全確保を最優先に」
「……すみません」
敬語の抜けた、鋭い口調で言われ、素直に謝罪した。そして、此処が宇宙空間の居住区ではなく、惑星上であることを思い出す。
居住区であれば、破壊し損ねた小隕石や宇宙デブリが外壁に衝突することは稀にある。衝撃も一度か二度くらいで、大したことにはならない。だが、惑星上では、その程度の衝突で揺れを感じることは無い。
地震。日本にいた頃は、真っ先にそう疑ったはずなのに。自身の感覚が、この世界のものになっていることを痛感した。
「あれ……?」
だが、地震にしても、おかしくないだろうか。遥か昔の、高校地学の記憶を手繰り寄せる。
地震ならば、最初に初期微動__細かな縦振動の後、主要動__本格的な横揺れが起こる。今の揺れは、強い、縦揺れ。初期微動も感じなかった。
余程、震源地が近いのか。それにしては、揺れは小さく、長く続いている。そして、規則的に揺れが強まったり、弱まったりしている。
まるで、大型の機械が、ホバリングしようとしているようだ。
――ビーッ、ビーッ、ビーッ!!
辺り一帯に、鋭い警告音が鳴り響く。訓練時にしか聞くことのない、敵襲を知らせる非常警報だ。
一拍置いて、私とアルバートの携帯端末が、同時にけたたましい音を立てた。
「……戻ろう」
「はい」
手放した荷物はそのまま、転ばないように手を引かれながら車へ急ぐ。すぐにエンジンを掛けるアルバートの横で、携帯端末を確認する。
「所属不明の戦艦__推定、革命軍の戦艦が浮上を始めたそうです」
「こんな、街の近くで……」
十中八九、ユミト達が乗っている“リヴォルツィオーネ”だろう。戦艦ティケオンがロヒュードルに寄港していることに気付いて、慌てて行動を開始したのだろうか。
「正規の軍港を利用せず、潜んでいた地中から直接浮上をしたのでしょう。それなら、あの規模の揺れが発生しても納得です」
すぐに追いたいところだが、正規の手続きが必要なため、ティケオンは出航まで時間が掛かる。
本来はもう少し先の、別の宙域で行われるはずの、アルバートとユミトの初戦闘。それが、間近に迫っている気配を感じて。
私は、両手を体の前で組み、フロントガラス越しの景色を、まっすぐに見つめた。




