11.接近
何故、アルバートが此処に。いや、此処には彼の専用機があるから当然か。でも、今迄、私たちの作業時間に来ることはなかったはず。
あまりの驚きに何も言えなくなっていると、アルバートが先に口を開いた。
「シオリ嬢、こんな時間まで作業ですか?」
「あ、いえ……これは、明日の補充品を確認していて……」
答えながら、時計を見る。すると、既に終業時間から2時間は過ぎていた。集中していて気付かなかったようだ。
笑って誤魔化そうとしたが、アルバートは私の手元を覗き込んできた。
「俺の機体用ですか?」
「はい。アルバート様の機体は、量産機とは違うものを使っている部分が多いので」
専用機は、量産機と違い5本指の“手”があることが最大の特徴だ。
量産機に比べ、武器換装が楽という長所はあるものの、細かな関節部分の手入れは気を使う必要がある。
そのため、指部分には専用の低摩擦オイルを使い、過酷な環境下でも滑らかな動きを可能としている。
他にも、肩や膝といった大きい関節に使うグリスは高い出力に耐えられるもの。ブースター周りのコーティングは耐熱性の高いものを使っている。
関節を動かすサーボの冷却も、空冷式の量産機とは違い専用のゲルを使っている。
__つまり、買い出しの量は凄く多いということだ。
「かなりの量ですね。買い出しは、シオリ嬢一人で?」
「移動が長くなるので、その分、買い込む必要はありますね。他の仕事もあるので、私一人の予定です」
一度区画を離れれば、しばらく補給は勿論、本格的な整備も難しくなる。一番面倒な買い出しを押し付けられたとはいえ、残って整備をする3人も決して暇ではないだろう。
だから、私でなくとも、誰が買い出しに行くとしても、一人で行くことになっただろう。
そう説明すると、アルバートは小さく頷いた。
「だったら、俺も行きます」
「え、訓練は……?」
聞き返した声は、自分でも驚くほど上擦っていた。だが、幸いなことにアルバートは気付かなかったようで、話を続ける。
「明日は完全休養日ですから。士官学校から離れる前の、最後の休みですね」
「でしたら、ゆっくり休んでください」
今は、まだ訓練とはいえ、これから先、『ゾナ・フロンティア』本編と同じことが起こるのなら、アルバートは常に戦いに身を投じることになる。
ゆっくりと過ごせるのは、明日が最後かもしれない。折角の休みなのだから、心も体もしっかり休めてほしい。
__休むことで、少しでも、生き残る確率が高くなってほしい。
そう思って断るも、アルバートは逆に気持ちが休まりませんから、と笑った。
「俺の機体の事ですし、荷物持ちくらいさせてください」
「く、車を借りますので、大丈夫です」
「車までの運搬があるでしょう。それとも、俺と出かけるのは嫌ですか?」
「そういうわけでは……」
嫌なはず、ない。今だって、少し話すだけで嬉しい。アルバートが生きている、笑っているだけで心が満たされる。前世由来の感情だとしても、確かに、私は彼が好きだと感じている。
でも、疲れさせたくない。万全の状態でいてほしい。私が上手く立ち回れなかった肩代わりをさせたくない。
だから、この提案は受け入れられない。
もう一度、はっきりと断ろうとしたが、私が口を開くより前に、アルバートは言った。
「なら、連れて行ってください。機体のことも覚えたいから」
今後、士官学校が襲われた時のように、一人で機体と接する機会があるかもしれない。その前に、少しでも機体についての知識をつけたい。
少し敬語を外した、本心のように聞こえる言い方をされると、断れるはずもなく。
「わ、わかりました。お願いします」
思わず頷くと、アルバートは満足そうに微笑んだ。
「では、明日、部屋まで迎えに行きますので」
「は、はい……」
足取り軽く立ち去っていく彼の背を見送ってから、2人で出掛けることに気付き。冷たい壁に背をつけ、体から熱が引くまで、暫くの間、その場から動くことができなかった。
「で、朝からばっちり身支度してるのね」
翌朝。いつも以上に早く目が覚めた私は、何度も買い出し品のチェックをしたり、最適なルートを考えたりとしていた。
しかし、昨日考えた以上の結果は出ない。かといって、ぼうっとしていることもできず。
何か、手を動かしたい気分になった結果。いつも以上に身支度に気合を入れてしまっていた。
そして、私よりおしゃれに気を遣うベラが、外見の違いを見逃すはずもなく。私は昨日の出来事と今日の予定を全部伝えることになったのだ。
「今日は随分早起きだと思ったら……」
その言葉を遮るように言い訳をする。
「だって、時間を決めるの忘れてて……」
「待たせればいいじゃない」
「私の買い出しなのに、そういう訳にはいかないでしょ」
ふぅん、とベラは口元に笑みを浮かべて、私の顔をじろじろと見た。別に、見苦しくないように化粧をしているだけで、今日はただの買い出しなのだ。
現に、服は作業着なので、洒落っ気は一切ない。作業着にあわせているから、化粧だってナチュラルメイクだ。
そもそも化粧道具を手に持ったのが、二週間ぶりだけど。
「シオリが運転するの?」
「その予定」
自動車の運転免許は大学入学前に取得している。純粋に、前世から車の運転が嫌いでないことも理由の一つだが、機械系を選ぶ以上、重量物を運ぶ機会が多いことを見越して取得しておいたのだ。
学生寮に入っていたので、今迄は大した機会がなかったが。今回、大いに役立つのだから、人生無駄な技能は無いのかもしれない。
そんなことを思いつつ、昨日借りておいた軽トラックの鍵を見せると、ベラは少し考えてから、私に提案をした。
「帰りに金鷲様が好きな場所に寄って来たら?」
「え?」
「時間、少しは余裕あるんでしょう?」
軽トラを借りることはできたし、一番心配していた荷物の積み下ろしはアルバートが手伝ってくれる。そのため、当初の予定より、時間の余裕はあると言っていいだろう。
「でも、迷惑じゃないかな」
「だって、倒れた時のお礼もできてないでしょう」
そういえば、倒れた時のお礼は、士官学校が襲撃されたときに有耶無耶になってしまっている。そのうえ、襲撃時に助けて貰ったお礼もある。
「艦が出たら、話す時間なんてなくなるかもよ?」
「確かに……」
「ちゃんとお礼はしないと、ね?」
ベラの言うことは尤もだ。頷いたが、問題が一つある。
「でも、どうやって好きな場所を聞いたら__」
アルバートを疲れさせてはいけないし、私が彼を特別気に掛けていることや、前世の記憶があることを察されてはいけない。だから、必要最低限以上は話さないつもりだったのだ。
そもそも、気軽な会話は苦手だし、どうやって聞き出せばいいのか。自然と聞き出すなんて絶対に無理だ。
ベラに助けを求めようとするも、返事はあっさりとしたものだった。
「それは自分で考えなさいな。ほら、迎えきたわよ」
言われてみれば、廊下から足音が聞こえる。でも、声を掛けられるより先に出るのは、ちょっと気が早すぎではないだろうか。
「いいから、早く出なさい」
頭の中を見透かしたベラに、背中を押され。私が近付いたことで、プシュ、と軽い音を立てて部屋の扉が開く。
「ベラ……」
「いってらっしゃい」
再度、軽い音と共に閉じた扉を、振り返るより早く。
「丁度いいタイミングでしたね。おはようございます、シオリ嬢」
いつもは、ハーフアップにしている金髪をきっちり一つに結び、制服ではなくゆるめの作業着を着た、アルバートの姿に。
私は、一瞬、言葉を忘れた。




