↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

10.軋轢

 翌朝。第三格納庫に到着した私が、アルバート専用機を見上げていると。昨日同じ班だった後輩の男子が無言で隣に来た。


「……おはようございます」


 無言なのも気まずかったため、そう挨拶をすると。薄いキャラメル色の瞳を丸く見開き、口をへの字に曲げて答えた。


「……はざます」


 挨拶は返してくれたものの、会話は続かない。彼も気まずいのは同じようで、そばかすのある鼻付近をカリカリと掻いた。


「担当は、この機体?」

「……の、予定。アンタの下につけって」


 誰かに指示を出すとしても、同級生よりは後輩の方が気が楽という、ゴルドの気遣いだろうか。それとも、純粋な技術力による割り振りだろうか。


 どちらにせよ、見知った顔がいることは心強い。ベラとは同室ではあるものの、仕事は別のものを割り振られてしまったから、本当にありがたい。


「改めて自己紹介した方がいいかな。四年生のシオリ・トキタカです」


「知ってる。四年の首席で、トキタカ・インダストリーの跡継ぎ娘だろ。僕は、レックス・コーニッシュ」


「よろしく、コーニッシュくん」


 握手の為に手を差し出すと、眉を顰めて、一瞬だけの握手に応じた。そして、私から視線を逸らしたまま、ぶっきらぼうに告げる。


「レックスでいい。アンタが上だろ」

「レックスく……」


 くん付けで呼ぼうとしたら、鋭い視線で遮られた。彼なりに、上下関係をはっきりさせたいという意図があっての呼び方らしい。


「レックス」


 改めて呼べば、ふん、と軽く鼻を鳴らされた。


「よろしく、トキタカ先輩」

「シオリでいいよ」


 私も名前で呼ばせてもらってるし、と伝えたが、レックスは目を細めて薄く笑った。


「ああ、角が立つって言いたいのか。わかったよ、シオリ先輩」


 此処では、トキタカ・インダストリーの名前は重い。トキタカの娘だから残れたことは事実だが、正規メカニックからしたら気分が悪い話だろう。


「わかってるなら残るなよな」


 格納庫の入り口から、若い男性の声。距離は十分だったが、人の少ない格納庫には、存外声が響いた。


 規則正しい2人分の足音が近付いてくる。私は、何も聞こえていない振りをして、姿を現した2人に挨拶をした。


「おはようございます」


 2人の正規メカニックは、互いに顔を見合わせて。姿勢を正し、会釈を返してはくれたが、目は逸らし、声を発することはなかった。

 義務的な態度。気を許す気はない、という意思表示だ。見た目は若く、私たちと同じくらいだろうか。


 年が近い方が軋轢が少ない、との判断かもしれないが、年齢が同じでも現場経験はあちらが長い。実務経験の少ない女が上に立つのは気に食わないだろう。


 それでも、完全に無視されるよりはマシだ。そう自分に言い聞かせ、ゴルドからの連絡事項を伝える。


「……本日は、エメリオス軌道第1学園区から出立の後、宇宙空間でパイロット部隊の訓練。私たちは、訓練前後の点検が主な業務となります」

「「「了解です」」」


 今日から暫く、戦艦ティケオンは学園から離れる。とはいえ、学園区から大きく離れるわけではない。


 士官学生や私たちが宇宙に慣れるよう、二、三日周期の往来を繰り返してから、正式に出立する予定らしい。


 本日は、私たちにとっては、初めての無重力空間での作業になる。だが、目の前の2人にとっては、慣れたもので。


「……時間までは部屋で待機でいいですか」

「はい、艦内放送後に集まっていただければ」


 必要以上に同じ空間に居たくない、とでも言うように、さっさと格納庫から出て行った。


「シオリ先輩、僕は?」

「レックスも待機でいいけど……」

「わかった」


 レックスも格納庫を立ち去るのを見送り、深々と溜息を吐く。が、ぼうっとしているわけにはいかない。


 アルバート専用機の基本設計は知っていても、搭乗後に変更している、好みの設定は把握していない。訓練前の正常な状態で、彼の癖を確認しておいた方がいいだろう。


 本来なら、他の機体を整備した経験のある正規メカニックに話を聞きたかったが、あの様子では無理だろう。


 これは中々、上手くいかないだろうな。その予想は的中し、早速、報告をあげても揉み消される程度の嫌がらせがされるようになった。


 初日は、宇宙空間内での作業を確認したら、聞き取れるか怪しい早口での説明が、作業中に都度挟まれた。


「無重力空間での作業したこと無いんだったか」

「手を離す前にマグネット固定してくださいよ」


 作業経験はあちらが上だ。素直に聞いたが、教えるならもう少しわかりやすく、関わりたくないなら作業中に言わないでほしい、と思うのは、私が狭量なのだろうか。


「あれ……?」


 次に、部品の返却位置のズレと、共有工具の片付けの問題。


 機体整備のため外した部品は、ラインで区切られた指定の場所に置き、整備終了後に戻しやすいようにする。


 だが、その部品がラインから少しズレた、他の部品と混ざる場所に置かれていたり、別の部品と場所が入れ替わっていたり。


 部品の形が特徴的な上、違う部品は取り付けられない構造になっているとはいえ、作業効率は落ちる。


 そして、使い終わった共有工具は全て私のスペースに置かれている。片付けをしておけ、ということだろう。

 大きな手間ではないが、置かれている工具を見るたび、少しずつ、疲れが溜まる感覚がする。


 そして、初日に何も言わなかったのが悪かったのか、対応は徐々に露骨になった。


 まず最初に起こったのは、次の日の伝言ミスだった。


「シオリ先輩? 午後の作業は変更だろ?」

「え?」


 聞いていない。レックスに確認したら、午前の作業中に正規メカニックでのミーティングがあり、午後からは臨時含め全員第一格納庫で作業する予定だったらしい。


 よく見れば、私のスペースの机の上に会議メモが置いてあった。作業中だったから声を掛けず、メモを置いていた、という事らしい。慌てて向かったので遅刻はしなかったが、危なかった。


 普段の会話も、正規メカニック2人でするか、偶にレックスを混ぜた3人で話しているものの、私が近づくとピタリと話を止めてしまう。業務に関わる内容はレックスが伝えてくれるとはいえ、このような伝達ミスは何件か起こった。


「クレーンがない……?」


 一週間も経てば、作業がルーティン化したことで弊害が発生した。


 私がクレーンを使うタイミングで、別の作業に使用されていることがあるのだ。


 無重力でも質量は存在する。重いものほど、動き始めるまでに力が必要となるし、動きを止めるための力も必要になる。重量物が減速せずに壁に激突、なんて事故が起こる可能性もあるのだ。


 そのため、私は基本的にある程度の重さのものは纏めて、天井や壁に取り付けられているクレーンを使って移動させている。


「仕方ないか……」


 クレーン以外では運べないものの時は、やらない。分割して何度も運べば、どうにか終わるものの時だけ、使えなくされている。


 運ぶ最中は平気だが、動きを止める、という行為は慣れないし気を遣う。止まりきれずに壁にぶつかった時も、気付かない振りをされているのは、中々にキツい。


 だが、報告しても無駄だし、工学系はまだまだ男社会であることもあって、耐え性がないと思われるのは嫌だ。私だけでなく、ベラも正規メカニックからの当たりは強いらしい。ここで弱音を吐くわけにはいかない。


 小さなストレスを積み重ねながら、二週間。


 明日、学園区で補給を終えたら、いよいよ別の区画を目指して出立という日の業務終わり間際に、過去最大の嫌がらせは起こった。


「シオリ先輩。この部品、数が足りなくなるかも……」


 レックスが作業記録を付けていた時だ。オイルや洗浄液といった消耗品の数が、移動中になくなることに気付いて青い顔で報告してきた。


「主席様でも抜けがあるんだな」


 直後、後ろからそんな言葉が投げ掛けられる。


「今日の担当は僕達ですよ」


 すぐにレックスが返事したことで、そうだったか、と正規メカニックも納得したが、真っ先に疑われて何も思わないわけではない。


「あ、そういえば、買い出しを忘れてたんでした。この機体、オイルも他とは違うので、トキタカさんの指示を仰ぐのが一番いいと思って」


 確かに、アルバートの専用機は、量産機と違う部品や消耗品も多い。私が確認するのが一番早いが、それにしても、在庫が少なすぎる。


 明日、丸一日買い出しをしないと間に合わないだろう。だが、通常の整備作業もあるため、手分けをして買い出しは不可能。


「申し訳ないけど、トキタカさんに買い出し頼んでもいいですか?」


 そう言われては、断ることはできない。私がやらなければ、艦全体に迷惑が掛かるのだから。


「…………はい。予定通り、定期点検はお願いします」

「「了解です」」


 レックスが視線を落としているが、彼には別の仕事もある。助けは見込めない。


 取り敢えず、買い出し品のリストを作らなくてはいけない。配達可能な物を早めに頼み、残りを自力で運ぶしかないだろう。


 他3人には帰ってもらって、リストを作っていると此方に近付いてくる足音が聞こえ、顔を上げると。


 アルバートが、私を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。