綺麗な服よりも
大樹から告白されてから、数日後。
真知子は、服を買いにショッピングモールに来ていた。
今回は美園は一緒ではない。が、服を選ぼうと歩き回ればまわるほど、美園に来て貰えば良かったと後悔の気持ちが湧き上がってくる。
おしゃれなヘアサロンを予約しようとして、ハッと「何を着ていけば良いの?」と気づき、自分がそういう「垢抜けた」場所に行く為の服さえ持っていない事を、恥ずかしくて美園にすら言えなかったのだ。
かくして、今に至る。
おしゃれな音楽が流れるショッピングモール内、おしゃれな服を着て、おしゃれな男性と腕を組んだ、キラキラした若い女の子たちが、どちらを向いても視界に入ってしまう。
対して、うっすら毛玉の浮いた地味なセーターと、ジーパンというどうでも良い格好の自分。恥ずかしくて、情けなくて、泣きたい気持ちになってきた。
私は、大樹さんには相応しくないんだわ・・・・。
もう帰ろう、と思って出入り口へ歩き始めた時、ショッピングモール内の掲示物が目に入った。
「籠屋ひさる 最新作!『百目百味怪奇談』‼︎」
「これぞミステリー小説の真髄!」
「発売記念!先着100名様に作者サイン入りポストカードプレゼント‼︎」
「・・・・・・」
気がついたら、ショッピングモール内の書店にいた。
手には、『百目百味怪奇談』。
他のファッション誌などには目もくれず、流れるようにレジに並び、会計へ。
「カバーはおかけしますか?」
「お願いします」
「レジ袋は有料となっておりま・・・」
「要りません」
店員さんの言葉を遮ってレジ袋を断り、サイン入りポストカードをゲットし、再び流れるようにショッピングモールをでる。
もう、服はいいや。今日は家に帰ってこれを読もう。いや、今すぐ読みたい。喫茶店に寄ろう。
ハードカバーの本を両手でぎゅっと抱きしめ、にほにほ笑いながら駅の近くのコーヒーショップへ入った。
明るい午後の光が差し込む窓際の席に陣取り、ホットカフェラテ(Lサイズ)をそばに据え、真知子はハードカバーの表紙を、
めくった。
ねえねえ、あそこで本読んでるお姉さん美人じゃない?
肌、白っ!
芸能人?
オーラ消すために地味なカッコしてるとか?
指ほそーい。爪きれい。
うわ、今髪がはらりって肩から落ちた。はらりって。
やばー‼︎
「・・・真知子さん・・・」
「・・・・・・」
「真知子さん」
「・・・・・・」
先程から名前を呼ばれている。が、ミステリーの世界にどっぷり浸かった真知子の脳内には届かない。
「・・・・壁の二つ目の額縁を指でずらすと、そこにはやはり」
「!?」
今まさに読んでいた文を誰かに朗読され、真知子は驚いて顔を上げた。
見ると、大樹が「やあ」と手を挙げた。
その顔が少し寂しそうなのは気のせいだろうか。
「大樹さん・・・」
「集中してたよね、ごめん」
「全然気が付かなかったわ。いつからそこに?」
「5分くらい前かな、俺もその小説買ったよ」
「ここ座ってもいい?」と、大樹は真知子の向かいに腰掛けた。
「今日はその本を買いに出かけたの?」
言われて真知子は今日の哀れな自分を思い出し、項垂れた。
「本当は、服を買いに来たの。髪を切りに行く服も持っていないの」
支離滅裂な説明でも、大樹はうんうんと聞いてくれる。
「私にはおしゃれな世界は相応しくないの」
「うーん」
「大樹さん、やっぱり私と別れてください」
「うー、えっ?」
大樹は真顔になる。
「なんでそうなるの?」
「私は大樹さんの隣に相応しくないの」
真知子は両手で顔を覆った。
大樹は視線を落として、少し考えた。
「真知子さん、アクセサリーの新作が出来たから、見てくれない?」
そう言うと、上着の内ポケットからチャリ、とアクセサリーを出す。
真知子はまだ顔を覆ったままだ。
「鉄火深雪先生の・・・」
「『清水寺の二人』でしょう」
「・・・・・」
「作中で主人公が恋人に最初に贈る簪をイメージしているでしょう」
「・・・・・手の隙間から見えてるの?」
真知子は首を振る。
「なんとなくわかるの」
大樹は目を瞬いて真知子を見た。
「そんなに俺の事、わかってくれるのに、おしゃれじゃないって事くらいで俺に相応しくないって、どうなの?」
真知子は両手をずらして目だけを出す。
「・・・私の言ってる事、変かしら」
「変です、さっきの言葉は撤回してください」
真知子は顔を半分覆ったままため息をつく。
「おしゃれになりたい・・・」
「じゃあ、今から一緒に服を買いに行こう。俺の好みになるけど、いい?」
大樹の提案に、真知子は目をぱちぱちした。
その目がゆっくり弧を描く。
「嬉しい。最初から大樹さんに相談すれば良かった」
大樹は真知子のその笑顔を満足そうに眺めた。
俺のものでいて欲しい。
俺だけのもので。
彼女は自分の世界に入ると、内側から魅力が溢れ出して、どうしようもなく周りの人間を惹きつける。
どうか遠い世界に行かないで。
綺麗な服など要らない。
そんなものは外見を誤魔化すだけのものだ。
彼女にはそのままでいて欲しい。
隠された井戸は、俺だけが知っていれば良いのに。




